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あの日以来、俺はクラスメイト達から妙に避けられることが増えたように感じている。
表立って俺を責めるやつはいない。だが、疑念は着実に増幅しているようだった。
ふとした瞬間に、逃げ場のない声が鼓膜を刺す。
「あの財布盗まれた件、ぶっちゃけ犯人は直人だろ。あいつんち、親が離婚して金ないって聞いたことあるし」
「マジかよ、金に困って同級生の財布かよ。引くわー」
「あとさ、あいつ犯人だと疑われた時の顔、見た?めっちゃキョどってたじゃん。自分で『やった』って言ってるようなもんだったよな」
「……とか言いつつ、実際はお前だっりして」
「俺んちは金あるっつーの!」
「あはは、やめてやれって!」
廊下に出れば、他クラスの生徒からも好奇の視線に晒された。
「ねぇ、あの人だよ」
「あー、財布を盗んだって噂の……」
「なんで普通に学校に来てんのって感じ。怖ーい」
「ふふっ、言いすぎだって」
そんな外野のノイズは、俺と真里菜との間にも影を落としていた。
「なんで真里菜ちゃん、あんな人と付き合ってんだろ」
「ダメ男にハマるタイプなんじゃない?」
すれ違いざまに聞こえた心ない言葉。真里菜が傷ついたように視線を伏せるのを見て、胸の奥が焼けるように痛んだ。
逃げ込むように入ったトイレの個室でさえ、安息はなかった。
「直人って悪いやつだったんだなぁ」
「いや、犯人だって決まったわけじゃねーだろ。阿久戸もかばってたんだし」
「あ、お前知らないんだ。直人が阿久戸がパシってる噂」
「え、なにそれ?」
「それがさ、購買のパンとかジュースを阿久戸に買いに行かせてるらしいぜ。しかも代金は踏み倒し」
「やば、あいつ」
「他にもさ、無理やり勉強教えてもらったり、自分の課題やらせたりとかもしてるって話だ」
「阿久戸も断れわばいいのにな」
「人が良いから断れないんじゃねーの……もしくは弱み握られてるとか」
「ありえるな、それ!」
部活動も例外ではなかった。部室の入り口で足を止めると、中から聞き覚えのあるチームメイトたちの笑い声が聞こえてくる。
「そろそろグローブ、買い替えようかな」
「お、いいじゃん。心機一転って感じで」
「でも、金かかるんだよなぁ」
「じゃあ、お前も誰かの財布、拝借してくれば?」
「おい、やめろって。あいつと一緒になっちまうじゃねーか!」
「ぎゃはは!冗談だって!でも、いいよな。直人の新しいグローブ」
「結構良いやつだよなぁ……まぁ、奪った金で買ったやつだろうけど」
「アハハッ!」
面白半分で言ってる奴もいるのかもしれない。しかしながら、俺には本気か冗談かを判別する余裕なんてなかった。そもそも本気か冗談かで受け取り方を変えるなんて器用な真似もできない。だから、全部そのまま受け止めた。受け止めようとした。結果、受けきれなかった。
◇◇◇
「再名生くん、大丈夫?」
体育の授業が始まる直前、阿久戸がいつものように親しげに顔を覗き込んできた。周囲には、着替えを終えたクラスメイトたちがまばらに残っている。
「ああ、大丈夫だ」
俺は視線を合わせることなく、短く答えた。
そんな風に気遣ってくれるのは、クラスで阿久戸くらいのものだ。その優しさが、卑屈になっている今の俺には少しだけ眩しすぎた。
「そう? 無理しないでね。何かあったら、いつでも言ってよ」
阿久戸は満足げに一つ頷くと、俺の肩を軽く叩いた。その仕草に悪意なんて微塵も感じられず、俺はただ小さく頷き返すことしかできなかった。
授業の中盤、俺は腹痛に襲われた。原因は分からない。変なものでも食べたのか、それとも積み重なったストレスせいか。
「先生、トイレに行ってきます」
断りを入れ、体育館を抜け出す。個室に駆け込み、扉を閉めてようやく一つ、深く息を吐いた。
数分後、少しだけ落ち着きを取り戻してトイレから出ると、更衣室の扉が開く乾いた音が聞こえた。
そこから姿を現したのは、阿久戸だった。
あいつは今日、体調不良で見学していたはずだ。俺と目が合うと、一瞬だけ驚いたように目を見開く。しかし、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべてこちらへ歩み寄ってくる。
「あ、再名生くん。どうしたの、お腹痛くなった?」
「……ああ。お前こそ、見学だろ。何してたんだ」
「ちょっと忘れ物をしてね。……お大事に」
阿久戸は軽く手を振ると、体育館の方へと戻っていった。その足取りは軽やかで、妙に上機嫌だなと感じさせた。
「……俺も行くか」
自分を気遣ってくれた友人の顔を思い浮かべながら、俺も重い体を引きずって、体育館へと足を進めた。




