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保健室登校が最高なワケ  作者: 車屋旗魚
朝比奈千晴 編
3/22

3

「ごめんなさい」


 俺は迷うことなく答える。そして、片手でごめんと合図をした。


 朝比奈は、おそらく疲れているだろう。毎日の自主練により、体に疲労が蓄積しているはずだ。だから、眠れなくても目を閉じて休むべきだ。


「つれないなぁ。私ね、ホントは体調悪くないの。それなのに連れてこられたんだ」


 勝手に語りだすタイプか。そう思いながら、朝比奈千晴を観察する。普段の彼女を知らないため、体調が悪いかどうかは分からない。しかし、比較的には性格は明るく、元気なタイプなのだろう。


 うん…苦手なタイプかもしれない。


「うわぁエッチな目で見てる~」


「見とらんわ」


 確定だ。苦手なタイプ。このような女子は笑い声が大きく、もしや自分が笑われてるのではないかと疑惧の念を抱く。ひそひそ話は全て自分の陰口を言われているのではないかと不安になる。

 

 …偏見かもしれないな。


「私、再名生くんともっとお話ししてみたいと思ってたんだよね。この前は、自己紹介だけで終わっちゃったし」


「そうか」


 端的な言葉を返す。彼女を苦手なタイプと言っておいてなんだが、少し気になっていた。毎朝あの時間に学校にいる生徒は朝比奈以外、目にしたことがない。


「再名生くんって、私のファン?」


 突然、訳の分からない質問を投げかけてきた。


「なわけないだろ」


「じゃあ、ストーカーさん?」


「ちげーよ」


 朝比奈千晴、彼女は頭がおかしい少女なのかもしれない。


「そっかぁ。違うのかぁ」


 腕を組み、首をかしげる朝比奈。俺は彼女の人となりを図りかねていた。


「なんで、そう思った?」


「だって、毎朝見てくるし」


「体育館の横を通っているだけだ」


 そのように、弁明していると保健室の扉が開いた。透子先生が帰ってきたようだ。


「おや、来客かい」


 透子先生はベットにいる朝比奈の様子を伺う。体調が悪いのか、などと実に養護教諭らしいことをしていた。珍しい。


「私は書類を取りに来ただけなんだ。だから直人、その子のことよろしくね」


 透子先生は茶目っ気たっぷりにウインクまでしてきた。そして、扉の前で何かを思い出したかのように口を開いた。


「そういえば朝比奈ちゃん、君のこと直人が褒めてたよ。『毎朝、ものすごく頑張ってる子がいるんです』ってね」


 それだけ言って、彼女は去っていった。


 褒めたのは事実だが、誇張しすぎだ。人づてに伝わることは、どうも極端になることが多い。脚色され、異なった情報へと変わっていくのだ。それは伝える人間が増えれば増えるほどに。だから噂は当てにならない。


 どうしたら正しい情報を伝えられるか。


 ただ、変に否定するとかえって本当のように思われるかもしれない。それならば、伝わってしまった時点で詰んでいるのかもな。


 そんなことを考えながら朝比奈に目を向ける。


 目が合った彼女が、息を呑む。その頬は僅かに紅潮しているようだった。


「…っ!見るなぁ〜」


 ベットにある枕。それをぶん投げようとしている。


「保健室で暴れんなよ」


◇◇◇


 ふぅ、と息を吐いて少し落ち着いた様子を見せた彼女は口を開く。


「再名生くんって、私と話すようになる前から、毎日私のこと見てたよね……変態だから」


 最後の一言は無視するとして、俺は少し驚いていた。


「気づいてたのか?」


「うん。視界の端っこに誰かにいるなーって」


「悪かったな」


「ううん。まあ、何というか、その……嫌な感じじゃなかった」


 朝比奈はどこかくすぐったそうに言った。


「むしろ、ちょっと嬉しかったんだと思う。誰かがちゃんと見ててくれてるって。しかも、褒めてくれてたなんて聞いて…なんか、報われた気がした」


  彼女は視線を逸らし、ベッドのシーツを指でつまむようにいじった。


「…そうか」


「変だよね。誰かに褒められたくてやってたわけじゃないのに、褒められたって聞いただけで、こんなに安心するなんて」


 朝比奈千晴はいっぱいいっぱいなのだろう。普段では傷つかないところで傷つき、喜ばないことでも喜んでしまう。


「なんでそんな頑張ってるんだ?」


 それは俺の口から自然と出た言葉だった。


「周りの人が簡単にできることが、私にはできないんだ。試合をやったら、みんなが何本もシュートを決める中、私は焦って全然決まらない。バスケだけじゃないんだよ。他のスポーツでも、勉強でも、みんなできるのに私だけ……」


 そこまで言って、朝日奈は首を横に振り、渇いた笑み、そして笑い声を上げる。


「だめだね私。他人と比べてばっかりで」


 その表情は酷く悲しそうで…こんな俺にでも、その感情が読み取れるほどのものだった。だから彼女を少しでも楽にしてあげたいと思った。


「別に比べてもいいんじゃないか?」


「…え」


 人間は些細なことでも比べてしまう生き物だ。それは息をするように自然なもの。だから──


「大切なのは、比べるってことの使い方だろ」


 自分と他人を比較して、自分が劣ってるなら、相手の優れた面を真似ればいい。どこがどう違うかまで比べて、自分に生かすのだ。


 それに劣っている面だけじゃなく、自分の優れた面だって探してあげるべきだ。比較するならとことん比較しなきゃ、それは比較したことにはならない。


 それでも、自分の強みが分からなかったら、そのやるせない気持ちを、悔しさを、劣等感を、力に変える。


 比べることと落ち込むことはイコールじゃない。比べるってのは物事を客観的に見る手段にしか過ぎないのだ。


「……」


 朝日奈の目は俺の瞳を捉えているはずだ。なのに彼女と目が合ってる気がしなかった。


 しばらくして、彼女は小さく微笑んだ。朝の練習で見せていた、あの張り詰めた表情とは違う、年相応の少女の表情だった。


「再名生くんって意外とクサいこと言うんだね」


 こいつ急に元気になりやがって。


「うるさい。朝比奈だってさっき『褒められたって聞いただけで、こんなに安心するなんて』とか言ってたじゃねーか」


「っ!乙女デリケートゾーンに触れるな!」


 デリケートゾーンって言い方やめろ。しかも、そんなデカい声で。






 後日、朝比奈から聞いた。保健室にはエッチなことをしている奴らがいる、という噂が流れているらしい。


「再名生くんダメだよ。保健室でなんて」


 自分が当事者だとは、1ミリも思っていないようだ。やはり、俺はこの子が苦手である。


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