17
ある日の昼間、私はいつも通り彼らと一緒にいた。今日は休日で父親がいるから、夜でなくても外に出る。まあ、最近は平日の昼間も出歩くようになっているのだが…。
行き先は決まっていなかった。ただ、結果的に、いつもの場所に行き着く。
コンビニの前。車が出入りする駐車場の端で、何人かが地面に座ったり、フェンスにもたれたりしている。
見慣れた顔。別に仲がいいわけでもない。でも、ここに来れば一人じゃなくなる。
誰かが笑って、誰かが悪口を言って、誰かが通行人を睨む。それを見て、私も同じ方向を見る。そうしていれば、変じゃない。
正直、好きなわけじゃない。睨みつける理由も、威圧する意味も、よく分からない。だからと言って、分からないって言えば、浮く。
浮けば、また一人になる。それだけは嫌だった。
昼間のコンビニは、人の出入りが多い。学生も、家族連れも、作業着の人も通る。
彼らが通るたび、誰かが舌打ちをしたり、面白がって視線を向けたりする。
そんな喧騒を割って、店の中から一人、出てきた。コンビニの制服を着た男。たぶん、バイトの店員。
その人は、謝った。
「すみません」
それを聞いた瞬間、少しだけ、居心地が悪くなった。
謝るような立場じゃないのに。悪いのはこっちなのに。
その言葉が、呼びかけに使われただけに過ぎないことは、分かってる。しかし、私の心に何かが引っ掛かるのだ。
やがて、私達の仲間の一人が声を荒げた。
大きな声。威嚇するみたいな目。なぜか私は一歩、後ろに下がった。
注意をしにきた店員の手は、震えていた。ビビっている。でも、逃げない。変な人だな、と思った。
胸ぐらを掴まれても、感情を見せない。怒りもしないし、媚びもしない。ただ、淡々と頭を下げる。
その様子を見て、周りが笑い出した。
弱いと判断した瞬間の、あの感じ。私は、それが嫌いだった。見ているだけで、胸の奥がざわつく。
「さすがに、やりすぎじゃ――」
気づいたら、口が動いていた。自分の声が、自分の耳に遅れて届く。
その瞬間、視線が集まった。
無理だ。
続きが出てこない。喉が詰まって、言葉が引っかかる。普段通りに喋ればいいはずなの
に、それが一番難しい。
私はそこで止まった。言えなかった。いや、言わなかっただけだ。言わないことを選んでしまったのだ。
「君たち、何をやってるんだ!」
割り込んできた声の方へ全員が一斉に振り向く。
自転車に乗った警察官が、こちらへ向かってきていた。
誰か1人が走りだし、私も追いかけるように走った。
走りながら、なぜかあの店員の顔が浮かんだ。
情けないくらい怖がっていたのに、逃げなかった人。それが妙に引っかかっていた。
◇◇◇
夕方になっても、家には帰りたくない。だから私は、もう一度コンビニに向かった。コンビニを選んだ理由は色々ある気がする。でも、それを整理する気はない。
キャップを深くかぶって、マスクをつける。金髪は隠しきれないけど、気にしない。
レジに立っていたのは、昼間の店員だった。
「42番、一つ」
声は低く、短く。目は合わせない。
タバコ。別に吸いたいわけじゃない。でも、吸わない理由もなかった。ただ、みんな吸ってる。それだけで、理由になる気がした。
それに、この人なら売ってくれるかもしれないと思った。
昼間、あんなにビビってた。強く出れば、折れるんじゃないか。そんな、嫌な考えが頭をよぎった。
「年齢確認できる物はお持ちでしょうか?」
その一言で、苛立ちが込み上げた。
なんで。さっきは、あんなに弱そうだったのに。
帽子のツバを上げて、睨む。私の目つきは鋭い。それなりに圧があるはずだ。
それでも逃げない。目を逸らさない。タバコは決して売らない。
その事実が、胸に残った。
「……身分証忘れてきたんだ」
この人には通じないと思いつつも嘘をついた。
「それでしたら売ることは出来ません」
淡々とした声。正しい。正しすぎて、腹が立った。
「……チッ、ケチ」
そう言って、店を出た。外の空気は、思ったより暖かい。
私は歩きながら考えた。タバコが買えなかったことじゃない。
あの人は、群れにも頼らず、一人で立っていたということだ。
怖がっていたのに、逃げなかった。
それが、どうしてか頭から離れなかった。
◇◇◇
それから、何度かあのコンビニに行った。コンビニアルバイトの名前は再名生直人と言うらしい。同じ陽桜高校の生徒であり、私の一個上で2年生だそう。
最初はムカつくやつだと思っていた。冗談はズレてるし、年確ばっかりしてくるし…。
それに加えて、直人先輩はよく分からない人なのだ。言っていることと、やっていることが、噛み合っていないようで、でも完全にズレているわけでもない。一貫性がないように見えて、どこか芯だけは動いていないような気もする。掴みどころがない、という表現が一番近いのかもしれない。
だが、分からないからといって、彼と話すのを避けようとは思わなかった。理解できないことと、不快であることは、必ずしも同じじゃない。
直人先輩と話していると、不思議と、身構えなくて済む。彼は気を遣ってこないからだ。いや、気を遣って、あえて気を遣わないのかもしれない。
モップがけを任された時は、嬉しかった。そこに居ていい役割を与えられた気がしたから。でも、そんな役割なんか本当はなくてもいいのだ。
何かを証明しなくても、ただそこに居ていい。そんな空気が、確かにあったのだ。




