14
日もすっかり落ちた夜、コンビニはいつものように蛍光灯が煌々と光っている。
レジ横のホットスナックを整えていると、聞き慣れたドアの電子音が鳴った。
また来た。
長い金髪、鋭い目つき、堂々とした歩き方の少女。
「よー直人先輩」
「はいはい、いらっしゃいませ」
笠井天。気づけば数日間連続で来てる変なやつだ。
「直人先輩、常連客に向かってその態度は酷いな!」
腕を組んだ仁王立ちでそう言った彼女。ずいぶんと偉そうだ。俺はそんな様子を一瞥し、鼻で笑う。
「常連客?迷惑客の間違いだろ」
ちょっとした軽口を叩く。モップがけを任せたあの日から、俺達の距離はだいぶ縮まった。彼女の鋭い視線にも慣れ、今では冗談も言うことができる。
「なんだと?」
その瞬間、空気が変わった。まるで獲物を狙う捕食者のように、双眸が俺を貫く。今この場では、生物として確実にあちらが格上である。その事実を否が応でも理解させられる。自分がいかに矮小な人間かを思い知らされる。
まだ冗談を言うのは早かったのかもしれない。
冷たい汗が背中を伝い、さっきまでの余裕が一瞬で吹き飛ぶ。猛獣との遭遇を前に、本能が警鐘を鳴らしていた。
「ごめんなさい」
あっさりと降伏宣言。情けない?知るか、命は大事だ。
◇◇◇
肉食獣、野良豹、視線で相手を屠る女、野生帰りの高校生、威圧界のトップランカー、近寄ると死ぬランキング第1位、圧で殺しを可能にする猛禽類、エトセトラ、エトセトラ……そんな恐ろしい異名をいくつも背負っていそうな笠井天。しかし今はイートインスペースの席に腰を落ち着け、雑誌棚から取ってきた漫画に目を走らせている。ページをめくるたび、眉を寄せたり口元が緩んだりと、忙しない表情が浮かぶ。つい先ほどまでの殺気や猛獣のような雰囲気は、ひとまず影を潜めていた。
まあ実際のところ、そこまで危険ってわけでもない。怖いは怖いし、視線ひとつで寿命が縮む気配すらある。けど、話はちゃんと通じるし、常識がないわけでもない。任せたモップがけでは、アルバイトの俺より丁寧に行う。また、筋の通らないことを嫌うタイプだ。
そうしたことを考えながら、ぼんやりと笠井の方を眺めていると、彼女がピタリとページをめくる手を止めた。
「……なんだよ、その目」
鋭い声が飛んできた瞬間、思わず肩が跳ねた。
どうやら視線に気づかれていたらしい。漫画から顔を上げた笠井の目が、真っすぐこっちを射抜いてくる。
安易な答えを選ぶと、怒られそうな気がする。眠っている猛獣を起こさないためにも細心の注意を払わなければならない。思考がぐるぐると回る中、ふと視界の端に笠井の読んでいるページが映った。
「……お前、結構気が合うな」
それは男が好む王道バトル漫画だった。俺も好きな作品で、最新話が気になっているやつだ。
「何がだよ」
「いや、その漫画。いいよな、それ」
「……ふん。わかってんじゃん」
笠井は鼻を鳴らし、どこか機嫌がよさそうだ。そのわずかな変化に、俺は安心する。そして、人は安心すると調子に乗ってしまうもの。
「じゃあこれも読んでみろ。ジャンルは違うが面白いぞ」
雑誌棚からある一冊を抜き取り、ポンと机に置く。
「ん?どれどれ……」
笠井が手に取る。
その直後――
「エロ本じゃねーか!!」
笠井は漫画を机に叩きつけ、頬を真っ赤にして怒っている。
「……流石にここまでの趣味は合わないか」
「当たり前だろバカ!!」
「……まあ、照れんなよ」
「照れてねぇ!!」
腕を組み、ぷいっと横を向く。そのまま黙り込んでしまう笠井。そっぽを向いたことで耳まで赤くなっているのがよく分かる。視線だけこちらを警戒しているように揺れている一方で、口はギュッと固く結ばれている。
俺は声をかけるべきか迷ったが、下手に刺激するとまだ怒鳴られそうで、とりあえず様子を見ることにした。
気まずいような、でもちょっとだけ面白い静けさが停滞する。
その沈黙は、コンビニの入店音によって破られた。
「いらっしゃいませー」
「よー直人。今日も働いてんな」
軽い口調で入ってきたのは、派手な金髪にピアスをいくつも付けた男。
「なんだ、真かよ」
「なんだとはなんだ!……まあいいや。とりあえず、いつもの頼むぜ」
そう言われた俺は笠井のもとを離れ、レジ横へ。ホットスナックのショーケースから肉まんを取り出す。
「ほい、いつもの」
「ちげーよ!俺がいつも頼んでんのはアメリカンドッグだろ!」
「『いつもの』なんて常連ぶる奴には、あえて違う商品渡すって決めてんだ」
「最悪だなお前!……まあいいや。そこの嬢ちゃん!肉まんいるか?」
俺へのツッコミを入れた後、体の向きを変えて笠井の方に肉まんを差し出した。
「誰……ですか?」
その中には警戒と困惑が混じっていた。普段の口調とは違う少し丁寧な言い回しが、笠井の素の反応であることを際立たせている。
「俺は鍵屋真。直人のマブダチだ」
「いえ、知らない人です」
わざとらしく言ってやると、笠井の方を向いていた真が勢いよくこちらへ振り返った。
「おいテメェ、なんでそんな冷たくすんだよ!……まあいいや。そんで嬢ちゃん。肉まんいるか?」
鍵屋真という男は大抵のことを「まあいいや」で流すようなやつだ。見た目だけなら基本的には関わりたくない部類なのだが、わけあって仲を深めることとなった。
笠井は、真に肉まんを差し出されて固まった。受け取るべきか迷っているのか、そっと俺の方へ視線を滑らせてくる。
「……いいよ。もらってやってくれ」
俺が軽く頷くと、笠井は小さく息を吐き、恐る恐る肉まんに手を伸ばした。
「あ、じゃあ……いただきます」
その声はさっきまで怒鳴ってた同一人物とは思えないくらい小さくて素直だった。怒鳴った原因を作っ
た俺が言うのもなんだがな。
「笠井は食い物が関わるとやけに素直だな」
「うるせぇ!」
いつもの鋭い声。でも、少しだけ柔らかい気がした。




