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保健室登校が最高なワケ  作者: 車屋旗魚
笠井天 編
13/22

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 保健室の静けさを破ったのは、ドアをノックする音だった。


「失礼します」


 その声は澄んでいて、どこか芯の強さを感じさせる。まあ、聞き覚えのある声なのだが。


「朝比奈、どうかしたのか?」


 ドアが開き、顔を覗かせたのは 朝比奈千晴。高い位置で結ばれたポニーテールが、窓から差し込む光を拾ってやわらかく揺れている。

 その髪色は、陽に透けると少し明るく見える ハニーブラウン。まるで、元気そのものを背負って歩いているような子だ。


「私じゃなくてね……」


 そんな彼女が少しだけ身を引いた。その肩越しから、ゆっくりともう一人が入ってくる。


「……失礼します」


 か細い、しかし丁寧な声。姿を見せたのは 西遊真里奈だった。

 普段の彼女は、成績優秀・人当たり良しの模範生。しかし今日は、どこか影を落とした表情で、軽く眉を寄せている。

 肩より少し下まで伸びたライトブラウンの髪は、いつもよりきつめに巻かれていない。自然なゆる巻きがそのまま落ちていて、動くたびに光を吸っては鈍く揺れる。

 それが、体調の悪さを物語っているようだった。


 千晴が申し訳なさそうに説明する。


「さっき体育館で倒れかけちゃって……連れてきたほうがいいと思って」


 真里奈は視線を下に落としたまま、小さく「ごめんなさい」と呟いた。

 普段の彼女なら、周囲に弱っているところを絶対見せないタイプだ。

 

 猫をかぶっているというか、完璧でいようとするというか……そんな彼女が、こうして寄りかかるように千晴の後ろに隠れている姿は、どこか妙に胸をざわつかせる。


「とりあえず、ベットで寝とけ」


 声をかけると、真里奈は一瞬だけこちらを見た。

 その瞳には、普段俺に向けるツンとした棘がほとんどなくて――弱っている分、素直に見える。


「……ありがとう」


 かすれた声。

 ライトブラウンの髪が頬に触れ、影が落ちる。


 千晴は心配で仕方ないという顔をしながら、真里奈の背をそっと支えた。


「直人くん、透子先生呼んでくるね!」


 そう言ってバタバタと駆けていく千晴。ポニテが元気よく揺れる。


 俺が透子先生を呼びに行きたかった。二人きりになるのは非常に気まずいからな。それに真里奈だってお友達が側にいた方が心強いだろうに……まあ、朝比奈は俺に手間をかけさせないよう自分が呼びに行くことを選んだのだろう。その好意は素直に受け取っておくべきだ。


 そもそも透子先生は何故いないのか。この前もそうだが、あの人は席を外すタイミングがいつも悪いな。


 保健室に取り残された俺と真里奈。

 静まり返った空間で、カーテンの隙間から入り込む光だけが時間を進めていた。

 真里奈はベッドの端に腰を下ろし、視線を落としたまま指先でシーツをいじっている。その仕草は、緊張を誤魔化しているようにも見えた。


「……そんなに見なくてもいいでしょ」


 小さく吐き出すような声。刺々しさが混じっているのに、弱っているせいで全然迫力がない。


「別に見てないけど」


「見てたじゃない……」


 むすっと言い返す。その頬は、体調のせいだけではない赤みが差しているように見えた。


「お前のこと見るほど興味ないって」


「はぁ? なによ…その言い方……」


 弱々しい。いつもの西遊真里奈なら、もっと強く刺してくるはずだ。だからこそ、今の歯切れの悪さが心配になる。


「本当に大丈夫かよ。顔色悪いし」


「……大丈夫じゃないから、ここにいるんでしょ」


 そう言ったあと、真里奈はベッドにゆっくり倒れ込むように横になった。

 彼女の髪が枕へ流れる。表情は少し苦しげだ。


「……倒れそうになったの、初めてじゃないの」


 天井を見つめたまま、ぽつりと呟く。普段なら絶対口にしなさそうな弱音だった。


「それ、誰か他に知ってるやついんのか?」


「……いないわよ。いるわけないでしょ」


 誰にも頼らず、完璧を保とうとするあの性格。こんな時にも出てしまうのか。


「……朝比奈には?」


 真里奈は少しだけ躊躇して、小さく首を振った。


「千晴に心配かけたくなかったのよ……あの子、真面目だから」


 その一言にどう返すべきか迷っていた時、保健室の外から足音が近づく。


「真里奈ちゃん! 連れてきたよ!」


 勢いよくドアが開き、彼女は透子先生を連れて入ってきた。


 朝比奈は真里奈の顔を見ると、ほっとしたような表情を浮かべる。


「よかった……とりあえず無事で」


「別に無事じゃないわよ……倒れかけてるんだから」


 弱々しく言い返す真里奈に、朝比奈は苦笑する。

  

 いつも強く見えるやつほど、実は脆い。いや、脆いからこそ、強くあろうとしているのか。

 その簡単な事実を、改めて思い知らされた瞬間だった。


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