12
「お前、暇なのか?」
放課後、今日も俺はコンビニでアルバイトをしている。すると、女の金髪ヤンキーもとい笠井天が尋ねてきた。
「暇じゃねーよ!」
強い口調でそう言い返され、少しビビる自分が恥ずかしい。俺はどうやら小心者のようだ。
「それじゃあ、昼間は何してんの?」
ビビっていることを悟られぬよう平然と質問を続ける。
「……ゴロゴロしてるか、アイツらと一緒にいるか、だ」
アイツらとは、先日コンビニ前をたむろしていたヤンキー集団だろう。しかし、彼女は見た目こそ寄せているが、彼らの中で浮いている。なんとなく雰囲気的にそう感じた。そして、おそらく笠井自身もそれを自覚している。それならば、代替案を出してみよう。
「ママの手伝いでもしてた方が有意義なんじゃないか?」
「…いねぇよ」
しまった。これはどう考えても俺がいけないな。自分の当たり前を相手にも押しつけてしまった。それに俺だって父親はいないしな。
「じゃあ父親の手伝いをしろ」
「家には…居づらいんだよ」
なるほどな。気持ちはわかる。
「だったら、モップかけといてくれ」
俺はモップを持ってきて、笠井に手渡す。拒否されると思ったが、意外にもあっさりと受け取る。そして、彼女は少し眉をひそめながら言う。
「私にやらせていいのかよ」
気にするのはそこなのか。てっきり文句でも言われると思っていたが、まさか“やっていいか”の確認をされるとは。
「店長にバレたら怒られる。でも、俺は忙しいんだよ」
「じゃ、じゃあ仕方ねーな。やってやる」
頬を少し赤くして言うその声には、どこか照れくささが混じっているように聞こえた。
「さて、休むか」
「忙しいんじゃねーのかよ!」
「赤ちゃんは泣くのが仕事っていうだろ。だから、俺は休むのが仕事だ」
俺は椅子に腰を下ろしてやる気のない顔をしてみせる。笠井は呆れたようにため息をついた。
「休んで時給発生とはいいご身分だな」
なんだかんだ言いながらも律儀に手を動かしていた。
◇◇
掃除を終えた笠井はコンビニのイートインスペースで休んでいる。机に突っ伏し、かなり疲れた様子だった。
「ほいっと」
その机にこの店で売ってるシュークリームを乗せる。彼女が気づくよう少しだけ投げるように置いたため、ビニール包装の音がクシャッと鳴った。
顔を上げてこちらを見る笠井。その目つきは相変わらず鋭い。
「何だよこれ」
「やるよ、それ。モップかけてる時、シュークリームちらちら見てたんもんな」
「う、うるせぇ」
「まあバイト代だと思って貰ってくれ」
「私の賃金は187円かよ。訴えてやる」
訴訟をチラつかせて美味しそうにシュークリームも頬張っている。ほっぺのクリームにつけてるし。
「ほっぺ、ついてるぞ」
「うっせぇ」
笠井は手の甲で頬をぬぐう。だが、拭き取れていない。むしろ、少し伸びて白い線になっていた。
「いや、逆に広がってるし」
照れ隠しのように顔を背ける笠井。その耳まで赤いのが、なんとも分かりやすい。
「見るな!」
「はいはい、悪かったよ」
俺は店のティッシュを差し出す。笠井は俺の手を見つめ、少しだけためらってから受け取った。
「……ありがと」
ぼそっと小声で言って、今度はちゃんと拭く。
コンビニから見える空は、日が沈み始め青から橙色へと変わっていた。
ガラス越しに見える街灯が一つ、また一つと灯っていく。
「……なあ、直人先輩」
初めて名前を呼ばれ、少し虚をつかれる。
「…ん?」
「その、暇なとき、また来ていいか?」
その発言でまた虚をつかれた。彼女の瞳は、いつもの鋭さが少しだけやわらいでいる。
「……暇なときって、暇じゃねーんだろ」
「ちげぇよ、それは言葉の綾みたいなやつで……」
焦る笠井の言葉に、思わず笑いがこぼれる。
「冗談だよ。別にいいぞ、また来いよ。どうせ俺も暇……じゃなくて、忙しいし」
「どっちだよ」
笠井が苦笑する。表情は、いつもよりずっと自然に見えた。
電子音が鳴る。客が入ってきたようだ。俺は立ち上がって制服の襟を整える。
「じゃ、バイト戻るから。笠井は暗くなる前に帰れよ」
「……あぁ」
笠井は小さく頷き、残りのシュークリームを一口で食べきった。
その姿を横目で見ながら、俺は少しだけ笑った。
ヤンキーだなんだと見た目で判断してたけど、案外、普通に人懐っこいところもあるんだな。まあ、本人に言ったらドスの効いた声でキレられるだろうが。
「じゃあな、コンビニ店員」
「ああ。気をつけてな。変な奴に絡まれんなよ」
「心配すんな。絡まれたら、逆に絡み返す」
意味不明なことを言いながら、ニヤッと笑って去っていく笠井。
自動ドアの向こうから夜の冷たい風が吹き込んできて、店内の空気が揺れた。背中を見送りながら、俺はふと、胸の奥がくすぐったくなるような感覚を覚える。
なんだろうなこれ。別に恋とか、そういうんじゃない。ただ、あの強気な金髪が、少しだけ柔らかく見えた。俺にとってはモップがけを任せただけだが、彼女には大きな意味があったのかもしれない。




