16 愛する人
結婚式から数日後。
シュトラウスの離れにて、フレデリカとシュトラウスが争っていた。
争う、といっても、新婚夫婦の可愛らしい攻防なのだが、シュトラウスのほうは必死だ。
「ねえ、シュウ。どうしてもダメ?」
青い瞳を潤ませたフレデリカが、両手でぎゅっとシュトラウスの手を握る。
妻にそんなことをされたシュトラウスは、その可愛さに負けないよう、彼女から目をそらす。
「……式で顔を見せたばかりだから、まだダメだ。俺たちだとすぐに気付かれる可能性が高い」
「……どうしても?」
「どうしてもだ……」
フレデリカが、こてんと首を傾げる。
シュトラウスはといえば、もはや苦悶の表情であった。
せっかくの休暇に街でデートしたいフレデリカと、それをとめるシュトラウスの戦いが、繰り広げられている。
色々あって疲れているだろうからと、二人は王からしばらくの休暇をもらっていた。
完全に警戒が解かれたわけではないが、フレデリカも、式の前に比べるとずいぶん自由に動けている。
危機を乗り越え、無事に結婚し。休暇ももらい。
フレデリカはシュトラウスの離れで過ごし、二人の時間を満喫していた。
「シュウ……」
フレデリカの身長は、女性としては平均的か、それよりほんの少しだけ大きいぐらい。
しかし、シュトラウスが長身なため、二人の身長差はそれなりだ。
そのため、フレデリカが彼を見上げると、自然に上目遣いとなる。
愛する人にじっと見つめられ、デートがしたいとおねだりされ。
シュトラウスは、折れる寸前になっていた。
それでも必死に、ダメだと繰り返す。
フレデリカがまだ5歳だった頃から、彼女を守り続けてきた男だ。意思は固かった。
「ダメ、だ……。きみの安全が、最優先だから……。もうしばらく、我慢してくれないか。落ち着いた頃になら、いくらでも一緒に行くから」
「……ほんと?」
「ああ、約束する」
「やったあ! 言ってみるものね!」
「フリッカ……?」
シュトラウスから「いくらでも一緒に行く」という言葉を引き出し、フレデリカはご機嫌だ。
おねだりしてはいたが、フレデリカだって、街へのお出かけはやめたほうがいいとわかっていた。
けれど、夫となった彼にわがままを言ってみたくて、こんなことをした。
……ちなみに、一緒に行きたかったのは、本当だ。
ダメだと返されるのは想定内だったが、予想以上の収穫を得たフレデリカはるんるんだった。
そんな彼女を見て、シュトラウスは「やられたな」と1つ溜め息をつく。
フレデリカはもう、彼に話しかけること、誘うことを、恐れたりしない。
シュトラウスも、彼女から距離をとるために断ることなど、もうしない。
今回はフレデリカのおねだりを却下したが、それは、フレデリカの安全を第一に考えてのことだ。
シュトラウスはいつだって、フレデリカにとってなにが一番いいことなのかを、考えている。
今のシュトラウスが、フレデリカのためにできることの1つとして、アルフレドとルーナの仲を応援することが挙げられる。
フレデリカは、二人が婚約することを望んでいる。
ルーナは隣国の姫で、王女暗殺計画の首謀者の元婚約者だ。
彼女に厳しい目を向ける者もいるが、自分の身を危険に晒してでもフレデリカを守ろうとした姿勢が評価され、王子との婚約を前向きに考える者が多い。
シュトラウスも、彼女の働きと、フレデリカとの友情について、リエルタの重鎮たちに語った。
ルーナの母国であるハリバロフにとっても、自国の姫を差し出した相手が、友好国の王女を暗殺しようとしたなんて、とんでもないことだったようで。
ルーナとの婚約を望むならそれでいいと、リエルタの要求を全面的に受け入れる姿勢だ。
少し時間はかかるかもしれないが、アルフレドとルーナの婚約は、実現するだろう。
フレデリカに、大きな望みが他にもあるとしたら、イヴェルクとの戦争回避も挙げられる。
現時点では、王女暗殺計画はイヴェルク王国の公爵家次期当主・テネブラエの独断であると考えられているが、国との繋がりはないと証明されたわけではない。
国は関係がないと示すこと、テネブラエに相応の処罰を与えること。
少なくとも、この2つがクリアされなければ、リエルタとイヴェルクの関係は急激に悪化し、開戦に向かうことも考えられる。
もちろん、リエルタだって争いたいわけではない。
けれど、結婚式で王女が狙われたのだ。
国として、きっちりとけじめをつける必要があった。
***
「シュウ! お茶をいれようと思うんだけど、なにがいい?」
ふんふんと歌いながら、フレデリカが茶器を用意する。
シュトラウスは茶葉を選びながら、彼女の歌声に耳を傾けた。
――このシュトラウス、生涯あなたをお守りし、国の発展に尽くすことを誓います。
思い出されるのは、婚約の儀で、まだ5歳のフレデリカに向けた誓い。
シュトラウスはこれからも、愛しい人を守り続けていく。
己の一生をかけて、フレデリカを守り通すと決めたのだ。
婚約時の年齢は、5歳と12歳。
紛れもない政略結婚であったが、二人の間には、確かな愛があった。




