第13話 ③
「さすがに理解できたか? お前が指定校推薦を勝ち取れる可能性が何パーなのか」
沢口君は顎に手を当てて数秒黙った末に口を開いた。
「四十%くらいですか……結構厳しいですね」
「むしろなんでそんなたけーんだよ。嘘だろ? なぁ嘘だと言ってくれよ。お前自己評価高すぎな。なんかこえーよ。どんだけ自分に酔いしれてんだよ。しょっちゅう鏡で自分のツラチェックするタイプだろ」
あの学園長をツッコミ役に回してしまうとは、沢口君、恐るべし……。
「じゃあ何%ですか!?」
「二十……掛けるゼロだ」
なにそのしょーもない上に意地悪な表現。結局一%すらなかった。でしょうね。
「じゃ、じゃあ俺は……」
「あぁ、お前は指定校推薦を取れない。早めに知れてよかったな。方向転換するなら早い方が賢明だからよ」
「そ、そんな! 俺には河嵜理科しかないんです!」
なぜそこまで河嵜理科にこだわるのかは不明だけど、確かに今からなら志望大のレベルを落とすことは有効な手立てだと思う……思うけど、沢口君の成績ではそれも厳しいとしか……。
「仮にお前の評定平均が基準を超えてたとしても、だ。お前の日頃の生活態度は目に余る。なんだあのふざけた学科総会は。幼稚な茶番劇で授業を潰すなよ。高坂へのストーキング行為も論外。しまいにゃ殺人未遂ときた。どっちみち推薦はせんよ」
「そんな……俺の未来設計が……」
沢口君は力なくつぶやいたのち、地面にくずおれた。
「さ、沢口さん……!」
「お気を確かにしてください」
「設計つーか妄想ばっかしてねーで実現できる力も身につけないと意味ないぞ。仮に奇跡的に大学に入れたとしてもだ。講義についていけずに留年コースが関の山よ」
現実をストレートに述べる学園長だったけど、ここでニヤリとワイルドな笑みを作る。
「だが喜べ。お前が志望大に入れる方法は他にもある」
「そ、それは……っ!?」
受験ドラマの主人公教師のような台詞を放つ学園長の次なる言葉を沢口君はすがりつくように待つ。
「一般入試で合格することだ」
「…………そ、そんな!」
だろうね。というかスポーツなど秀でてるものがない限り普通は推薦よりも一般入試が先に来ると思うんだけど。端から推薦狙いじゃ大学で上手くやっていけるか怪しくない?
「お前の成績でこの時期からだとかなーり辛い勉強漬けの毎日になるが――まっ、ガンバ☆ 夏休みに一日十五時間くらい勉強すりゃワンチャンっしょ」
「一番効率が悪い方法じゃないか……」
屈んだ学園長に肩を叩かれた沢口君はその場で頭を抱えた。沢口君にとって一番面倒な方法で、かつ学力を考えるといばらの道だ。おまけに勉強漬けをしてもなお合格ラインまで届かないんじゃないか。
「今から勉強漬け……バカな……」
「バカはお前だわ。柔道や内申点向上、他者への妨害工作ばっかじゃなくて勉強もしろや。学生の本分は勉強だぞ。そこんとこ履き違えんじゃねーぞ」
いつか俺に向けて放った言葉がブーメランとなって学園長から食らう沢口君だった。
「金なら出します! どうかご慈悲をっ! 施しをっ!」
「その金はお前じゃなくて親御さんが汗水流して稼いだものだろうが。自分で稼いだこともない金食い虫が二度と軽い気持ちで金を捻出するとかほざくんじゃねーぞ」
「?? 何か問題でも?」
「問題しかなくね? なに素でキョトンとしてやがんだ。価値観がズレすぎてて開いた口が塞がらんよ。どうしてくれるこの野郎」
愕然とする学園長は話を打ち切って高畑君たちに視線を移した。
「おい高畑、富田。お前らもつるむ相手は選べ」
腰巾着二人も咎める学園長だったけど、
「いえ、俺は沢口さんがどんな醜態を晒そうとも信じ続けると決めているので」
「右に同じです。この程度で僕たちの信念は揺るぎやしませんよ。それに選んだ上で沢口さんと一つに溶け合ってますからね」
「あーっ、そ……」
二人のブレないハートを前に学園長は呆気に取られている。その情熱を他に向けられないのか。あと富田君の言い回しね。
「そうそう。言い忘れてたが沢口、高畑、富田。お前ら二週間の停学および反省文な」
「なっ!? 不当です!」
「むしろその程度で済ましてやってんだが? 本来だったら退学どころか少年院送りだぞ」
沢口君は俺に最期の教育を~とのたまってたけどやりたいことは人殺しだったからね。言葉を変えて本質を隠してたけど。
「我々がなにをしたとおっしゃるんですか!?」
「そうです! 俺たちは風紀を正そうとしただけです!」
「考え直してください!」
「お前らマジ? ほんの数分前の記憶すら失念するのか……? 風紀だって正すどころかこれ以上ないほど乱してたぞ?」
沢口一派は人を殺めてはいけないという法律を知らないようだ。来年政治経済の授業があるのでしっかり受けてほしい。
「まぁ高坂がこいつらに処分を下したいなら意見を呑むがどうしたい? 退学でも、少年院にぶち込んでもいいんだぞ?」
「……いえ、俺からは別に」
これ以上逆恨みされても厄介だし、親も有力者っぽいので目をつけられたくない。
「高坂宏彰! 貴様、この俺に恩の押し売りをする算段か!?」
どうして不問にすると言ってるのに食ってかかられにゃならんのか。
「黙れ沢口。……そうか。ただし――また今回のように高坂を物理的に殺りに行ったらその時こそお前らはおしまいだぞ。肝に銘じとけ?」
学園長は乱暴に沢口君の肩に手を置いて微笑んだ。しかし底知れぬ圧が隠せていない。いや、隠す気がないんだ。
「はっ、はいぃ……」
傲慢を地で行く沢口君をもってしても大人しく従うしかない。
「クソ高坂め、意外そうな顔してるな。いいだろう、教えてやろう! 沢口さんはなぁ! 自分より強い者にはへりくだり、弱い者は徹底的に叩くお方なんだよ! つまりは学園で一番立場が強い学園長には逆らえないのだ! どうだ、お利口さんだろう!」
高畑君はなぜ全く偉くないことを偉そうに語ってるのだろうか……?
「当然高坂をはじめ、松本らが超能力者ってことも漏らすんじゃねーぞ。漏らしたら退学――ふむ、それだけじゃ足りないな。この場では言えないきつーい罰を与えてやる。死よりもおぞましい罰をな。ゆめゆめ肝に銘じとけよ」
「は、ははははい……」
あの頑固一徹な沢口君がぶんぶんと首を縦に何度も振っている。
と、ここで学園長の視線が俺へと向かった。
「ところで高坂。考えてもみろ。沢口のようにあらゆる手段を行使し尽くすことはお前の願いを叶える近道になるんじゃないか?」
学園長は、沢口君のやり方には参考になる部分があると説いている。
「――そうは思いません。薄汚れた手で勝てたとしてもそれは敗北です。それで勝っても……誰も納得しませんよ」
1科だって到底納得しないし、誰よりも俺自身が胸を張って勝てたと思えないから。
「ふっ、甘ちゃんめ。それでいて頑固野郎だ。頑固さは沢口と変わらんな」
学園長にしては珍しく穏やかに微笑んだ。台詞には俺へのディスが散りばめられているけど悪意は一切感じない。
この人には聞きたいことが山ほどあるけどこの場では無理か。どこかで二人きりになれるといいんだけどな……あれ? この表現まるで俺が学園長に恋してるみたいじゃね?
「なんだぁ? あたしの顔ジッと見つめてよ。惚れたか?」
「なっ!? そんなわけないじゃないですか!」
「全力否定かよ。へっ、おばさんじゃ無理ってか? 失礼なヤツだなー」
学園長は大仰に肩をすくめた。しまった、確かに今のは失言だった!
「い、いえっ! 決してそういうわけではなくてですね……!」
「……プッ。お前ホントおもしれーなぁ!」
俺の反応の何が面白かったのか分からないけど学園長は楽しそうに大声で笑った。機嫌を損ねずに済んでよかった。
「お前の理想が実現できるように精々頑張れや。ただし、あたしら教員は手を貸さねーぞ。困難な現状は自力で打破しねーとな」
分かってますよ。俺たちの手で理想を作り上げてみせるさ。
「そもそも、学科間で争わなくて済むように学舎を分離してくれれば全てが丸く収まる話ではないですか?」
誠司がそんな提案をしてきた。
「あいにくそんな予算はない。できるならとうの昔にやってるさ。実現するにはお前らの親御さんから長期的に高い学費を徴収しなきゃならなくなる。それは親御さん的に嫌だろう?」
「おうふ……」
学園長の問いかけに誠司は借りてきた猫のように押し黙ってしまった。
貴津学園の学費は私立としては破格の安さだ。そこが最大のアピールポイントとも言えよう。それを失うのは学園側も保護者側も望まない話だ。
「それとも学科を一つに合併するか?」
つまり、設立当初と同じ状態に戻すと。来年以降の新入生はともかく今の1、2年は結局元2科出身が蔑まれる未来しか見えないんだけど。更にそれを見た新入生にも差別的思想が伝染しそう。
「そ、それは、ぜ、絶対に、い、嫌、で、です……!」
豊原が強く拒否反応を示すのも無理はない。迫害は変わらず、更に同じ空間で生活しなければならない。1科も2科もお互いが嫌だろう。
「はっはっは! だろうよ」
学園長はこれまた大声で笑った。いや笑いごとではないんですが。
とここで真剣な面持ちで沢口君たちを見据えた。
「沢口、高畑、富田。ぶっちゃけ小物のお前らにここまでする度胸――いや、狂気があるとまでは思ってなかったが……完全に危険人物だと分かった今、考えを改めねーとな。あたしの見立てもまだまだってわけだ」
学園長は顎に手を当てて少し眉をひそめた。スタイルがいいのでポーズが様になっている。
「これからは要マークだ。監視に監視を重ねてやろう」
「勘弁してくださいよ……」
「自由に学園生活を送る権利がなくなるなんて……!」
「学園長から追われる身となる……不思議と悪い気はしませんね」
学園長から監視宣告を受けた二人がげんなりする中でなぜか富田君だけは悦んでいた……ドMか。
「……で、高坂。あたしに訊きたいことがあるんだろ?」
俺に近寄った学園長は小声でささやいた。うわぁ、近くで見ると改めてすごい美形だと実感する。
「沢口君たちのビーム、あれって超能力じゃないですよね?」
彼らの力について、MPの他にもう一つ違和感を感じていたんだよね。
『知ってるんだぞ。2科の中で超能力を手にした連中がいることくらいな。そして貴様が対象者ということもな』
完全に他人事で自分は対象に入っていないかのような言い回しだったけど、まさに他人事だったのだ。
「……そのとおりだ。既存の言葉を借りるならばアレは――魔法だな」
「やはりそうでしたか」
魔法が実現するなんて……いやそれよりも、だ。沢口一派のような悪意を持つ人間が魔法を身につけていたとしたら? 世のどこかで危険人物が何食わぬ顔で表舞台を歩いてることになる。想像しただけでも恐ろしい。
「なーに、難しい顔すんな。魔法については今度じっくり教えてやるよ。それに直ちに影響はない」
本当かなぁ? 学園長は飄々としていていまいちつかみどころがないんだよね。
学園長は俺の肩を叩いて話題を打ち切ったのだった。
「つーかもうこんな時間じゃんか。全員今すぐ家に帰れ。暗いから気をつけろよ」
今回も学園長の登場によって収束したのだった。
夜空を見上げると先ほどまで認識していなかった月と星々がきらめいていた。それはさっきまで雲がかかっていて見えなかったのか、はたまた戦いに夢中で気がつかなかっただけなのかは定かではない。




