第12話 ①
『明日の夜九時、磯口公園に一人で来い。真面目な話がしたい。 2年8組 沢口修平』
学科総会から数日が経った朝。
登校して机の引き出しに教科書を突っ込もうと中を覗くと、見覚えのない一枚の紙が二つ折りで入っていることに気がついた。
「また沢口君か……」
差出人は沢口君だけど――あからさまに怪しい。まるで果たし状だ。呼び出し側なのに命令口調だし。この前学科総会で口論したばかりだというのに今度は何事?
というかラブレターならいざ知らず、一ヶ月ちょいの期間で二回も男から呼び出しの手紙をもらったところでちっとも嬉しくない。ちなみに前回手紙を寄越したのは辻堂だった。
磯口公園といえば貴津学園の最寄り駅の磯の口駅からほど近い閑静な住宅街の一角にある自然公園だ。自然だけではなく、公園の一部には子供が楽しめる遊び場やギミックが密集している。
しかし夜は街灯が少ないため薄暗く視界が悪い。昼夜で別の顔を見せる公園だと聞いたことがある。俺は昼行ったことはあるけれど夜はないんだよなぁ。
手紙を眺めていると、
「いよう宏彰――ん? 何見てんだ?」
野球部の朝練があり先に登校していた誠司に俺が手に持つ手紙を覗き込まれた。
「……まさか、行くとか言い出さないだろうな?」
怪訝な表情を作って訊ねてくる。
「なんで?」
「なんでってお前。沢口だぞ? こんなん罠でしかないだろ」
これまで沢口君が行使してきた手口を考えると、これに関しても見え透いた企みなのだろう。
「むざむざ罠にかかってく必要はないだろうよ」
「そうだけど、無視したところで別の方法で嫌がらせされそうだ」
彼らの歪んだ倫理観を考えれば目的のためなら無関係な人間すらにも牙を向きそうでおぞましい。俺一人をターゲットにしている今の状況ならば第三者に危害が及ぶ心配はない。
「つくづくお人好しだな。野球じゃ人が好くてもレギュラー取れないってのに」
スポーツの世界ではそうだろうな。しかし対人問題は目に見える数字や結果以外の部分も大いに影響するのだ。
「――ま、バカ正直に行ったとしても平気だろうがな。いざとなったら持ち前の超能力で脅してやればいいさ。奴ら度肝を抜かれるぞぉ」
誠司はかめ●め波のポーズを決める。残念ながら俺の球電放出のポーズはその形ではない。
「あんな脳内お花畑な連中に超能力が使えるほどの過去はないだろうしな」
確かにあの三位一体の不気味さと沢口君のヨゴレ芸は脅威だけど、こっちには超能力があるんだ。威嚇するには十分だ。
「連中は三人揃ってはじめて一人前になるんだ。そんなしょっぱい奴らに宏彰がやられるわけがないわな」
向こうに超能力がない前提だとそうなんだけど、沢口君の悪知恵は厄介なんだよなぁ。予想だにしない武力を行使してきそうで不安しかない。
「朝から二人で盛り上がってるね」
「お、おはよう、み、みんな」
今しがた教室に入ってきた太一と豊原が揃って俺たちのところにやってきた。
「うっす。宏彰が沢口と直接対決することになったぞ」
誠司が太一たちに沢口君からの手紙を見せる。
「待ってよ。あくまでも話し合いだからね?」
文面のとおり受け止めれば沢口君の要望は話し合いなのだ。最初から臨戦態勢で臨むつもりはない。
「彼らに話し合いが通用する人の心と頭脳があるとは到底思えないけど」
「太一まで……」
まぁ、心のどこかでは単なる話し合いになるはずがないと思っている自分もいるんだけど。
「行くなら俺たちも影から追撃しようか?」
こういう時にいつも太一は協力すると言ってくれる。なんだかんだ言っても長く友達やってないよね。
「ちょ、超能力といえば、ぼ、僕だよね」
豊原も両手で三角形を作って戦力アピールしてくれる。
豊原は俺と同じく能力者で炎を生み出す力がある。戦闘要員としては強い……と言いたいけど、そもそもの運動神経がない場合はどうなんだろうな?
「魅力的な提案だけどやめておくよ。あくまでもサシのイベントだからさ」
沢口君のことだ。命令を無視したらどんな手段を使ってくるか分かったものじゃない。
「そっか。君がそう言うならいいけど――くれぐれも気をつけなよ」
「あぁ」
当然警戒はしつつも、俺は一人で磯口公園に行くことに決めたのだった。
☆
翌日。夜九時の五分前。
俺は約束どおり磯口公園の入口に到着した。
面積がそれなりに広い自然公園ながら、入口側は子供が遊べる砂場やジャングルジム、ブランコ、シーソー、滑り台、うんてい――懐かしいと感じる遊具もちらほら。自分がもっと子供だった頃を思い出すなぁ……。
「――来たな。高坂宏彰」
公園で遊んでいた過去を掘り起こしていると、ふいに背後から響いた声に警戒心が一気に高まった。
「……沢口君」
沢口君は俺をすり抜けて公園の中へと入ったところで振り向いた。薄暗さもあるけど、その表情からは感情が読めない。
彼は俺と同じくジャージ姿だった。ちなみに俺は万が一に備えて動きやすい服装としてチョイスしておいた。
服装以外では、沢口君は小型のショルダーバッグを背負っている。
「なぜこんな時間になぜこんな場所?」
長話になるなら座った方がいいと思った俺はベンチを指差したけど、
「――俺はこれまで貴様に様々な教育を施してきた」
沢口君は首を横に振って拒否した。座る必要はないようだ。
教育……はて?? いつ施されたのだろうか。全く記憶にございませんが。
「しかし間抜けな貴様には一切効果がなかった……もはやお手上げだ」
言葉のとおり、わざとらしくお手上げのポーズを作ってきた。
「今宵は学級委員として、最期の教育をしてやろう」
「俺は8組の生徒じゃないんだけど?」
それ以前に学級委員に生徒を教育する義務はないと思うんですけど。
「最期の教育、それは――」
しかし最後とか言ってるし、適当に分かったフリでもしておけば満足するか――
「――『死』の実体験だ」
「…………はいぃ??」
あまりにも想定外の台詞をのたまってきたのでつい間抜けな声を発してしまった。
一瞬渾身のギャグなのかと疑ったけど、沢口君に普通の感覚は通用しない。だいいち彼の目は全く笑っておらず、据わっている。
「真面目な話をするんじゃなかったの?」
「至極真面目な話だが? 俺が思い描く人生の過程で貴様は存在が邪魔、目障りなんだよ」
沢口君はビシッと俺に指を差してくる。
「俺のバラ色の人生実現のため、貴様にはこの世から消えてもらう」
「いよいよ物騒だね」
死とか、消えてもらうとか、高校生なら悪ふざけや暴言程度で発する人はいるだろうけど、本気で言い放てる常軌を逸する人間はそうそうお目にかかれない。
「貴様のような輩が俺の人生の障害になるんだよ」
沢口君は鞄から何やら取り出した。
「コイツに当たると痛いぞ。気を失ってしまうかもな」
電気を作り出すそれは――スタンガンだった。
「スタンガンに当たって気絶した貴様の息の根を止める。今宵は安らかに眠るには絶好の気候だ」
確かに今夜は風もなく温かい、雨の心配もない穏やかなコンディションだ。
「痛みは一瞬。すぐさま楽になれるさ」
けど俺は気候よりも沢口君の奇行が気になって仕方ないよ。
「あばよ高坂宏彰――!」
スタンガンを握りしめた沢口君は足を蹴ってこちらに直進してきた!
「くっ――!」
俺は路傍に落ちていた直径五センチ、長さ三十センチほどの木の枝を拾い上げて沢口君へと向けた。これでスタンガンから身を守るしかない。素手で立ち向かうのは無謀だし、避け続ける自信も体力も持ち合わせていない。
「そう身構える必要ないぞ。潔く極楽浄土へといざなってやるから」
バドミントンの羽をラケットで叩く要領で沢口君が突いてくるスタンガンに枝をぶつける。
「こんな危ないものじゃなくて、得意の柔道技を使えばいいじゃないか!」
せっかく日々柔道の鍛錬をしているのに実にもったいない。
「はぁ。貴様はとことん愚かだな。スカンガンを使った方が楽だからこうしてるんだろ」
沢口君はわざとらしく溜息を吐き出した。
「これに限らずなんでもそうだ。若いうちの苦労は買ってでもしろとほざく輩がいるが、そんなもの古臭いおっさんどもの勝手な価値観の押しつけだ。無駄に苦労しなくても手に入る手段が用意できるのなら、そっちを選ぶのは至極当然だろ――!」
「っ!!」
咄嗟に避けたものの、左頬に電気がかすり、微かな痛みが襲いかかる。かすっただけでこれだと、直撃したらひとたまりもないぞ。
「結果が全ての世の中では過程なんざどうだっていい。苦労だか努力だかを美談にするなよ。そんなもん、失敗した時の往生際が悪い言い訳にしか聞こえないんだよ」
自己主張をする中でもスタンガンを振り回す動作は止まらない。
俺もひたすらかわすけど、いつまでもこの状況ではいられない。
「往生際が悪いな。最期くらい潔く、男らしく散ったらどうなんだ」
「命を落とすのはまだまだ――早いんだよな……っ!」
木の枝を駆使してスタンガン攻撃から身をガードし続ける。
「最期まで見苦しい輩め」
そもそも沢口君の個人的都合で落としていいほど生命って軽くないでしょう。
スタンガンを避けた俺は即座に沢口君の右手めがけて枝を振りぬいた。
「いってっ!?」
枝がスタンガンを握る沢口君の手に直撃し、彼は痛みでスタンガンを放した。
俺は即座にスタンガンを拾い上げ、沢口君に気づかれない程度の電流を流してショートさせた。これで物騒な真似はできなくなった。
さて、沢口君がこれしきで諦めるとは到底思えないけど……。




