第11話 ②
「……ほっ! 星川や遠藤の話に戻すが、高坂宏彰が遠足で彼女たちからあーんされてたのはどう言い訳するんだ!?」
焦りからとっさに閃いたのだろう。沢口君はこちらが特に反論に困る話題を蒸し返してきた。
「それについての弁解材料は用意してません」
「は……」
太一がはっきりと言い切ったので沢口君は絶句する。彼だけじゃない、2科の生徒全体が呆気にとられている。
強いて言えば俺からではなく星川さんたちから声をかけられてあーんされたと弁解できるけど、それはそれで別の火種を生みそうなのでこれ以上掘り下げたくはない。
「しかし、さっきも言ったとおり宏彰がモテるのは万に一つもありえない。親友の俺が断言しよう。よってあのあーん映像は捏造だ」
真顔で嘘をためらいなく投げつける太一の演技力、いや表情筋の硬さに圧倒される。あと俺がモテないと改めて親友の口から断言されてしまったよ。とほほ。
「言うに事欠いて捏造だと!? あれは事実だっ!」
「沢口の勘違いでしょ。宏彰がモテるはずがないんだから。柴山先生も言ってたように、君は思い込みが激しいんだよ」
沢口君は自らの悪行が発覚して心証が悪い。太一はそこを利用しているんだ。今なら太一の捏造発言にも信憑性が出るからね。
『沢口君は映像を加工して真実を捻じ曲げてたんだ……最低』
『沢口の発言全てが嘘なんじゃないかと疑いはじめてるよ』
「い、いや、だからあれは本当なんだっ……!」
自身の行動を疑問視されている沢口君の弁論に館内は懐疑的だ。自分で蒔いた種、狼少年だ。
「ええい、次次! 次だっ! 高坂宏彰に付き合わされた者たちの成績下降はどう釈明する!?」
「球技大会の練習で勉強時間が減ったのは自己責任。2年6組の連中はそのことも織り込み済で練習に付き合ってくれたものだと考えてるが? 別に宏彰が強制して勉強時間を奪ったわけでもあるまいて」
太一に代わって誠司が館内に大声を上げた。マイクなしでも声が大きいのにマイクパワーで更に圧が増している。
「逆に問うが、沢口は球技大会で成績が下がったのは2年6組生徒の才能不足だと言いたいんだな?」
自身の発言が6組生徒下げだと主張された沢口君は慌てて左手を乱暴に横に振る。
「も、もちろん俺――僕は、球技大会で高坂宏彰に協力した生徒を責めるつもりは毛頭ない。悪いのは純朴な生徒たちを焚きつけて悪の限りを尽くす悪漢高坂宏彰ただ一人なのだ!」
あくまでも沢口君が叩きたいのは諸悪の根源である俺だけだった。
「球技大会に参加した連中の環境はだいたい同じだろ」
6組に限らず、2科は文化部所属の生徒が非常に多い。文化部は運動部に比べて活動時間が大幅に少ない。そのため球技大会の練習が部活や勉強との両立も不可能ではないと誠司は主張している。自身が野球部とかけもちしていたのにこちらの頭が下がるよ。
ちなみにさすがの沢口君も誠司の成績が下がってることは知らない様子。
「むしろ練習量が一番多かった宏彰の成績が下がってない点を褒めるべきだろ。宏彰は日々予習復習を習慣づけている。だから成績が維持できてるんだ。その姿勢はお前らも見習えってんだ!」
誠司は沢口君――ではなく、2科生徒たちに吠えた。
『確かにそうなんだけどさー……』
『とはいえ球技大会の練習が成績低下の原因なのは明らかなんでしょ? 生徒の自主性に丸投げするのはいささか無責任じゃ?』
『自己責任とはいうけど、無言の圧があって参加を断れなかった可能性もあるし』
この件に対する生徒たちの反応は賛否両論だ。
この状況に沢口君がすかさず口を開いた。
「所詮は谷田の主観だろ? お仲間の肩を持つ気持ちは分からんでもないが、その主張は無理があるな。協力を要請しておいて弊害は考慮せずに自己責任と切り捨てるのは思慮が欠けているとしか思えんぞ」
「む……」
明らかに思慮に欠ける沢口君から思慮なんて単語が飛び出したことに驚きだ。
うーん。反論としては弱かったか。
ここで誠司から再び太一へとバトンタッチした。
「では次ね。宏彰が廊下の窓を破壊した件だけど」
俺と辻堂が田中さんの餌食になった出来事だ。あれは色々な意味で痛かったなぁ。
「それは2年4組の田中の仕業だ。証拠の動画も撮った。今から証明しよう」
「い、いや……分かった。認めよう。証拠は提示しなくていい」
本件に対してなぜか沢口君はあっさりと折れた。そんなに証拠の動画を観るのが嫌なのかな?
「……醜いツラをドアップで見るのはゴメンなんだよ……」
顔面蒼白でなにやらブツブツ呟いてるけど……はて。
「指定校推薦をパーにした件は!?」
沢口君から次なる議題が叩きつけられた。
「そんな事実はない。教師にも確認した。今年度取り消しになった推薦はゼロだ」
誠司は沢口君を睨む。
「推薦取り消し『も』沢口の勘違いだろ」
「うぐぐぐっ……!」
誠司め。「も」の部分をやたらと強調して煽りにきてるな。プライドと自尊心の塊の沢口君にはクリティカルヒットだ。
いとも容易く論破された沢口君ははじめの頃の態度はどこへやら。今は一切の余裕はない。頬を引きつらせて唸っている。
「続いて遠足で宏彰がモノレールのドアに挟まった件。あれはフェイク映像だった」
太一の証言に「それもかよ」「嘘ばっかりじゃん」と沢口君に対する非難の声が上がってくる。
「……フェ、フェイクの証拠は!?」
「豊原はパソコンの申し子だ」
パソコンに滅法強い豊原を相手にフェイク映像で誤魔化してもすぐさま見破られてしまうっていうのによくやったよなぁ。
「こ、この画像を、か、加工前に、て、手修正することも、で、できるけど、も、もっと簡単な方法が、あ、あるんだ」
豊原はバージョン管理ソフトのメニューを開いた。
「この映像ファイルはバ、バージョン管理されて、い、いる」
手早い動作で一つ前のバージョンのファイルを開く。
「つ、つまり、しゅ、修正前……ひ、一つ前の、バ、バージョンを見ると――こ、これ、さ、ささ、沢口君だね」
そう。ドアに挟まっていた真の人物は沢口君だったのだ。
大方俺の監視中に俺が急に降車したものだから自身も慌てて飛び出したのだろう。沢口君が乗っていた車両は俺と辻堂がいた一つ後ろの車両だった。
『なんだよこれ……なにもかもでっちあげじゃん』
『嘘吐きは沢口君の方じゃないか』
『これで高坂君を断罪してたわけ? 卑劣だ!』
『完全にブーメランだよね』
「う……ぐ……」
沢口君はあからさまに動揺している。
「し、しかしそっちが映像に細工してる可能性だってあるだろう!?」
「そう言ってくると思ったぜ。スタンプラリーで宏彰が学園の評判を落としたとのことだが、モノレール会社に問い合わせたら、ドアに挟まったのは紛れもなく沢口だったと証言ももらった。これが起因でモノレールが遅延したことも聞いた。沢口がクレーム対象だとさ」
誠司の言うとおり、遠足の件で学園に苦情が来たのは沢口君のせいだったのだ。
「それ以前にこの映像が最新バージョン、つまり誰もこれに手を加えてねーんだよ!」
「っぐ……」
これだけの証拠材料を前に沢口君が反論できるはずもなく。
『自分が原因なのに人に罪をなすりつけてたのかよ……』
『偉そうに御託並べてたくせに』
流れがどんどんこちらに傾いてゆく。ここで更なる追撃が欲しい。
「こ、高坂宏彰がモテないのは事実として、星川や遠藤のケツを追いかけてるのは事実だろう! どう説明をつける!? さっきの偶然なんて主張では俺は認めないぞ!」
ここに来て沢口君はなぜか星川さんたちとの件を蒸し返してきた。なんだろう、この女性絡みの執着心はどこから現れてるんだろうか?
「だから――」
太一が口を開いた瞬間、
「――高坂は沢口が言ってるような人間じゃない!」
体育館の入り口から大声がとどろいたため、一同が入り口に視線を向けた。
そこにいたのは――球技大会の日に遠藤さんにビビって萎縮していた1科男子二人組だった。
「なぜ1科が2科の総会に乱入してくる!?」
沢口君は案の定1科男子二人を糾弾する。
「高坂断罪の話を聞いて、今日また2科の総会が開催されると知っていてもたってもいられなくて、授業を中抜けしたんだ!」
「中抜けって……勉学を疎かにするとは浅はかな……嘆かわしい……!」
いやいや、学業成績が壊滅的な沢口君がそれ言う?
二人はステージの前まで来たところで2科生徒たちへと向き直った。
「俺は高坂が打算的な人間とは思えない! だってさ、俺たちが遠藤さんと喋るきっかけをくれたのが高坂なんだから!」
「俺たちと遠藤さんに交友関係の架け橋をかけてくれたのは高坂なんだよ! 少なくともあの時のコイツからは下心も思惑も感じなかった! 沢口は根拠もないことで高坂を悪く言うんじゃねーよ!」
「お前ら……さては賄賂だな! いくらで高坂に買収された!? 洗いざらい吐け!!」
まさかの遊軍射撃を受けた沢口君は再び声を荒げる。
「はぁ? そんなわけないだろ……沢口、だからお前はダメなんだよ」
二人は心底呆れ果てた表情でステージを見上げた。
沢口君はそれっぽいことを言うけど矛盾まみれでしかもいざとなったら嘘と勢いで押し通そうとしてくる。学級委員として――それ以前に人として最低の行為だよ。
『高坂君に女子のケツを追いかけている事実はなかった、と』
『むしろ、沢口君が高坂君をつけ回してね? どんだけ好きなんだよ』
『沢口は高坂が好きすぎるあまりパパラッチ、もといストーカーに走ってしまったのか……』
ここに来て沢口君に高坂ラブ説が浮上。いや勘弁してくれ。歩夢といい、辻堂といい、俺に執着する男多くない?
「……なっ!? 心外だ! この俺が高坂宏彰なんぞに恋焦がれているかのような表現はやめたまえ! 不適切だぞ!」
(俺だって心外だなぁ……)
沢口君が逆風に吹かれて事態は好転してるというのに、全く嬉しくない捉え方をされてしまってはやるせない気持ちにもなる。
「遠足で財布の中身を抜いて財布を捨てた件はどう言い訳するんだ!?」
「お前、とことん浅はかだな。視野も激狭ときた。宏彰の善意があんな静止画に負けるわけねーだろ」
「なんだと!? この俺を愚弄するか!?」
沢口君は誠司をギッと睨んで喚く。
「宏彰が財布を届けた交番に電話で問い合わせた。証拠の音声もある。ちょっと調べればすぐに真相が分かる事柄を印象操作しやがって。心底身勝手ではた迷惑な輩だな! 宏彰のこと言えた立場かよ?」
「なっ……ぐっ……!」
俺が直接交番に電話して聞いたやつだ。
「宏彰は財布を拾って交番に届けた。のちに、落とし主も見つかって感謝してたってよ。中身も綺麗に残ってたとさ。なにが中身を抜いて財布を捨てた、だよ。勝手な妄想をあたかも事実のようにドヤ顔で主張しやがって」
「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎ……」
「さ、沢口さん……」
「ま、まだ反撃の芽は摘まれちゃいないさ! ――な、ならば!」
沢口君は切り札を開示するとばかりに歪んだ笑みを浮かべた。
「歩道橋で困ってる老人を突き放したのは!? 無罪の証拠が出せるか!? どうなんだ!?」
「む……」
誠司が顔をしかめると沢口君はニヤリとした。
確かにこの件は証拠もなく、どこかに問い合わせて真実が証明できる希望もない。俺以外に真実を知る者もおじいさん本人以外誰一人として存在しない。
太一、誠司ともに口をつぐんだ瞬間――




