第11話 ①
☆
数日後。
沢口君に反撃するべく再度の学科総会を開催した。
短期間での再開催に教師陣はさすがに渋い反応を示したけど太一が上手い具合に丸め込んでくれた。鉄は熱いうちに打たないとだからね。
「先日に引き続き、今日も授業時間を削って学科総会を開催させたことを謝罪、また感謝します」
体育館のステージに立った太一はスタンドマイクに向かって声を発した。今回、主に説明をするのは彼の役割だ。渦中の俺が直接弁解したところで火に油だからね。
『高坂君側の弁解ターン来たな』
『分が悪いよなぁ。沢口君の指摘は結構理にかなってたしなー』
『何度も授業を潰さないでほしいんだけど。進みが遅れる……』
当然だけど、前回の総会の影響で俺の状況はアウェイだ。生徒たちからは俺に対する否定的な発言が聞こえてくる。
「学科総会を開く度に授業が潰れるんだ。手短にしてもらおうか」
前回同様ステージにいる沢口君がマイク片手に太一に茶々を入れてきた。
「皆の時間を奪っているんだ。肝に銘じてできる限り簡潔明瞭に、かつ、なる早で完結させてくれないと困るんだよ」
自分の時は授業時間を丸々使ったくせによく言うよ。
「善処します。それではさっそくはじめます」
太一はあからさまなブーメラン発言にも一切動じず。さすがは冷静沈着な男だ。
太一とともにステージ上にいるのは俺、誠司、豊原、そして沢口一派だ。話し手の太一を除いた全員がステージ両端に分かれてパイプ椅子に腰をかけている。
俺たちの主張に対して沢口君側が反論しやすいようにこの形式にした。反対意見を弾圧すると沢口君と同じになってしまうからね。
「先日の沢口の主張に対して一つずつ反論していきます。まず一つ目、宏彰が1科と揉めた件だ」
「あぁ。そのせいで2科に悪影響を与えたのは言うまでもない事実だろう?」
俺が辻堂に啖呵を切ったことを皮切りに何度か1科とやり合った。そのせいで学科間の仲はよりいっそう悪くなってしまったのは言い逃れができない現実だ。
「2年生では知ってる人もいると思うけど、宏彰の行動原理、ルーツはブレずにいる。1科に虐げられ、見下されている2科の底力を見せて、奴らにぎゃふんと言わせることだ」
太一は自身を見上げる生徒たちに淡々と主張し続ける。
「2科の生徒たちがよりよい学園生活が送れるようにする。同じ学費を払っているにも関わらず1科には許され、2科には許されざる数々の行為が気兼ねなくできる環境を作り上げたい。下らない不文律がもたらす制約を撤廃したい。宏彰の願いはそれだけだ」
太一は俺の思いを完璧に代弁してくれた。俺の思想を理解し共感してくれているからこその仕事ぶりだ。
「ついでに言うと設備を壊したのは宏彰だけじゃない。連帯責任だよ」
沢口君が放ったあらぬ言いがかりにもフォローを忘れない太一、さすが。……俺は設備壊してないけどね?
『確かに中庭のベンチや学食は使ってみたいけどさぁ……』
『勝てる確証もなく挑んだところでデメリットしかないじゃん』
『理想を語るのは自由だけど、ねぇ』
こちらの考えを聞いてもなお渋い反応の生徒たちを一切合切無視した太一は再び口を開いた。
「宏彰に共感してくれた人もいた。有志たちで1科と勝負した。ただし勝負事に関係ない生徒は直接巻き込んではいない」
確かに無関係の生徒が1科からの直接的な危害を被る事態には至っていない……しかしだ。
「けどそれが原因で発生した弊害については重く受け止めている」
良好だった1科女子との関係が壊れるなどの間接的な危害は現実問題として発生してしまった。
「そこは申し訳なく思ってるけど、危害を受けた者たちの想いに報いるためにも考えを曲げるつもりはない。それこそ彼らに失礼だからね」
太一は透徹した瞳で堂々と言い切った。
「宏彰の野望が達成できればそういった危害を受ける懸念も解消できる。そのために俺を含めた生徒たちは宏彰に協力を続ける」
声質は平坦ながらも強い意志を感じた。ただの演説ではない、太一の心からの言葉なんだ。重みがある。
「学園の治安など、不安に思う点もあると思う。だからなにかあれば俺たちに言ってほしい。全て俺たちの責任だ。俺たちのせいにしてくれて構わない。全部を受け止める。絶対に泣き寝入りさせたまま終わらせたりはしない」
そこまで話すと本件での太一の主張は終わった。
沢口君は腕を組んで太一を見据えた。
「これからも目的達成のために悪影響を与え続けると? 悲願のためなら犠牲はやむなしだと? よくもまぁろくでもない宣言を堂々とできたものだな」
「1科に抗わなくとも悪影響は出ている。それを拡げないようにするべく1科に挑むと解釈してくれ。犠牲については……一切出さないのは不可能だ。けれど、少しでも嫌な思いをする生徒を出さないベターな選択が1科と戦う道だと考えている」
「減らず口を……」
当然だけど、沢口君に俺たちの意見が響くことはない。完全に思想が違うのだから。
『清々しいほどの開き直りだな……』
『けど逆に不思議と悪印象は受けないね』
太一の話を聞いた生徒たちの反応は予想よりも上々だった。綺麗事だけでなく悪い点も開けっぴろげに話したことが功を奏したようだ。
「次ね。星川や遠藤とのあれこれは不可抗力、単なる偶然だ。だってこの宏彰だよ?」
嘲笑する太一は俺に向かって指を差してきた。
……ん? 少しばかり雲行きが怪しくなったような? 主に俺の尊厳的な意味で。
「宏彰が女子からモテるわけがない。モテるのなら高校2年生にもなってなお彼女いない歴年齢なのはおかしいでしょう。それだけじゃない。コレはちゃんとチェリーだ。メンズバージンだ。純潔を貫いている。いや、貫けないから貫かざるを得ないんだ」
……普通に俺の恋愛事情をバラしやがったーっ!?
しかも最後はマジで意味不明。いや言わんとすることは分かるんだけど。
物申したい気持ちをぐっとこらえる。話の腰を折る場面ではない。同士が集まる2科の生徒しかいない場だったことが幸いして俺の精神的ダメージは最小限で済んだし……あれ? 俺しれっと2科のことディスってない?
「次は豊原先輩の件だ。先輩が宏彰を体育副委員長にした理由を動画で証明する。みんなスクリーンに注目してくれ」
俺の心情なんぞ知ったこっちゃないとばかりに続ける太一の言葉を合図に豊原がスクリーンに動画を再生させた。
『――あっ、もう録画はじまってるのー?』
『豊原先輩だ!』
『眼福だなぁ』
スクリーンに大きく映し出されたバスケ部の妖精の御姿に館内が沸いた。
体育委員の集会場所である3年2組の教室の椅子に座る豊原先輩はカメラに向かってまばゆい笑顔を振りまいている。
『は、早く、し、しろ』
『はぁーい』
ちなみに撮影者は俺の友達であり、先輩の弟でもある豊原だ。
『豊原め! 豊原先輩になんて言い草だ!』
『豊原のくせに豊原先輩に生意気な!』
……弟の言動を咎める生徒がいたのはきっと気のせいだよね。
『こほん。高坂くんが体育副委員長の職に就いているのは私が推薦したからなんだー。弟のタカシとも交流があって、ある程度人柄を把握してる高坂くんならお互いサポートがしやすいと。それが彼を推薦した理由だよー』
『豊原の発言に嘘偽りは一切ないぞ。体育委員の集まりで決めたことだ。俺が証人だ』
ここで、見目麗しい豊原先輩の横に見目麗しくない見た目のいかつい男性が顔を見せた。体育委員の先生だ。相変わらず愛想が悪くて怖いけど、今この時ばかりは神様に見える。
『というわけで。高坂くんにはなんら非はないからみんな責めるのはやめてね~』
最後に豊原先輩が笑顔で両手を振って映像が切れた。
『豊原先輩に取り入ろうとする思惑はなかったのか……』
『早とちりしてしまったな……』
『先輩に指名されるとか、どっちにしろ羨ましいのには変わりないけど』
「くっ……エビデンスに動画を使うなど小癪な真似を……っ!」
沢口君は悔しげに歯ぎしりしてるけどどの口がそれを言うのか。
「で、では体育の授業を受ける1年女子に交じってバドミントンに洒落込んでいた件はどう説明をつける!?」
「それは――」
沢口君が太一に指を差したと同時――突如体育館入り口の扉が開き、一人の教師が入ってきた。
「それは俺が説明しよう」
「し、柴山先生!?」
本来なら学科総会に干渉しない教師の登場に生徒たちがざわめく。
「なんのつもりですか!? 今は学科総会の時間ですよ!? なぜ、教師のあなたがここに現れるんですか!?」
声を荒げる沢口君に対して柴山先生は堂々とした立ち振る舞いを崩さない。
「俺の教え子があらぬ誤解を受けてると耳にしてな。担任として見過ごすわけにはいかないんだよ」
「柴山先生……」
「依怙贔屓するつもりですか!?」
「うるさいぞ沢口。お前は思い込みの激しさをなんとかしろ」
俺に毒を吐くいつもの先生じゃなかった。俺のためにわざわざ駆けつけてくれたのか。
「あれは自習時間に俺がバドミントン部の1年を鍛えるために経験者の高坂を狩り出したんだよ。俺が許可――半ば強引に体育館まで招いたんだ」
「では蓮見という女子生徒が高坂宏彰を睨みつけていたのはどうしてですか?」
説明できるものならしてみろ、とばかりに柴山先生相手に声を張る沢口君。相変わらず強いメンタルだこと。
「どうしてもなにもない。普通に高坂が嫌いなだけだろ」
「はぁ……普通……」
しかし柴山先生のあっさりとした返答を聞いた沢口君は間の抜けた声を出した。ついでに俺も蓮見さんからガチで嫌われてる現実をストレートに食らってヘコみましたよ。
柴山先生は肩をすくめる。
「大体なぁ。俺に旨味がないのに高坂が女子に交じって身体を動かすことを許すと思うか? コイツはバドミントン部に入らなかった裏切り者なんだぞ。いい思いさせてたまるかっての」
……出た出た。柴山先生の私怨砲。実家のような安心感。ある意味柴山先生はこうでないと。
俺を擁護してくれる人たちがちょくちょく俺を貶してくるものの、証言を聞いた生徒たちからは納得の表情が浮かんでいるのを見て少しだけ安堵する。
「そういうわけだから。俺は去る」
嵐のように現れた柴山先生は颯爽と体育館から出ていった。それはいいけど入り口の扉開けっ放しですかーい。
『あれも誤解だったのか』
『というかさぁ、そもそも沢口君たちはなぜ高坂君が女子の体育に混ざってる写真が撮れたの?』
『自分たちもその場にいたわけでしょ? 自分の授業はどうしたわけ?』
『高坂君と違って呼ばれてもいないのに女子の体育の現場に侵入はまずいだろう』
「う、ぐっ……!」
自身に疑惑の眼差しが多数向けられた沢口君はたじろぐ。




