第10話 ①
☆
「あっ、昨日の――」
「ご、ごめんよ高坂君。今度にしてくれ」
「悪いけど、もう力にはなれないから」
翌日の昼休み。
昨日放送してたテレビ番組の雑談をしたかっただけなのに見事に煙たがられてしまった。まさに腫れ物扱いだ。
元々俺の行動に懐疑的だった人はもちろんのこと、球技大会でサッカーやバスケを選択してくれた面々もよそよそしくなった。沢口君が開催した学科総会の影響だ。
けど、「俺と志を同じくしたなら俺が厳しい状況下でも最後までついてこい!」なんて傲慢な要求はできない。俺は王子でも俺様系男子でもない、ただの地味メンなのだから、という冗談は置いておいて、有志で協力してもらっていた身なのだから。
今日は登校して教室に入った瞬間からクラスメイトの俺を見る目が違っていた。沢口君が望んでいた展開だ。
「……高坂君。話いい?」
トイレを済ませて教室に戻るべく廊下を歩いていると、前方から歩いてきた別クラスの2科男子に話しかけられた。
「あ、うん」
俺は足を止めるも、彼から感じるただならぬ雰囲気に戦慄が走る。目は血走っており、只事ではないと思わせる。
「昨日の学科総会、沢口君は俺からは言いにくかったことをよくぞ代弁してくれたよ」
「………………」
表情で察しはついたけど、彼は反高坂派の人だった。
「君は実害を思い知らないと自分のやったことがどういうことなのか分からないでしょう」
「実害?」
「まぁ俺の話なんだけどね」
俺が首を傾げると、男子は神妙に頷いて口を開く。
「この学園でいい雰囲気だった女子がいたんだ」
良い感じの子がいた。過去形ということは、そういうことなのだろう……。
「だけど、とある出来事がきっかけで気まずくなってそのまま……ってなったのさ」
「とある出来事って……?」
「分かってるくせに。学科紛争だよ」
学科紛争――俺が辻堂に啖呵を切り、1科に対抗したことをきっかけに勃発した紛争。
「学科紛争のせいで相手の子は2科の俺と関わることを恐れて避けていったんだ。2科と懇意にしてるのがバレたら何を言われるか分からないからね」
明確に相手を敵対してる人からしてみれば、相手と仲良くしてる人を見つけたらなぜ? となるのは当然だ。
「俺としてもその子が1科から迫害されることは望んでない。だからそれぞれ違う学科で生活することに決めたけど――――そもそも学科紛争なんかが起きなければ……っ!」
男子は両手で拳をぎゅっと作って身体を震わせる。
「今頃も彼女と一緒にいられたはずだったのに……なんで俺の邪魔するんだよ」
「………………」
歯を食いしばり、刺すような目つきで俺を睨む。
邪魔する意図なんてなかった。
「君さえ――お前さえ……この学園に、いなければ……っ!」
「………………」
はっきりと、明確にぶつけられた敵意。
学科紛争によってひと組の男女の恋愛が壊れたのは紛れもない事実。俺が発端とした争いによる被害。
「…………何か言えよ。反論すらできないか?」
「……ごめん」
俺に、この件で反論する資格はない。ただただ彼の言葉を全て受け止めて、深く頭を下げるしかない。
許されるとは思ってないけど、それでも謝ることでしか彼に償えることはなにもないのだから。
「……君は1科と張り合って気持ちいいのかもしれないけどさ、ちょっとは俺みたいな立場の人間の気持ち考えてみてくれよ」
これは氷山の一角。もしかしたら学科紛争によって仲が引き裂かれた生徒が他にもいるかもしれない。それはなにも男女の関係だけではなくて、同性の友情だって。
「頼むから、これ以上迷惑をかけないでくれるかな。お願いだ」
男子は俺の肩に軽く手を置くと、ゆっくりとその場を去った。
彼の言葉は俺の心に強く、深く突き刺さったのだった。
★
「くくくっ……あーっはっはっはーっ! わーっはっはっはゲフンゲフンッ!!」
「沢口さん、大丈夫ですか!?」
「ゴホッ、ご、ごの程度雑作もないざ……ゴボォェッ!!」
「大丈夫には見えませんが……」
「気にするな祐介。それにしてもいい気味だ。高坂宏彰よ、自業自得ということわざを知ってるか? 自分の行為は良いことも悪いことも自身に跳ね返ってくることのたとえだ」
「さすがは沢口さん! 俺なんかそのたとえを因果応報だと思い込んでました! 沢口さんこそ、まさに歩く百科事典なのですね!」
「沢口さんが持っている知識の数は国公立大学の教授をも凌いでいるのですね。さすがです」
「気持ちは分かるが俺の栄誉を讃えるのはその辺にしておけ。ここから更に怒涛の追い打ちをかけてやらなくちゃな。それが人としての礼儀ってものだろう。何事も中途半端が一番良くない。やるなら完膚なきまでに叩きのめしてやらなくてはな」
「そのとおりです! 妨害工作に関してだけは全力で挑むその姿勢、心酔します!」
「沢口さんの流す労働の汗はさぞかし美味なんでしょうね。素晴らしい限りです」
「これで奴もおしまいだ。俺が突きつけた数々の証拠に対して論破はできまい」
「沢口さんの主張は完璧でした! 大部分を占める大味な箇所を勢いだけで押し通すストレートさには感激しました!」
「まっすぐ突き進まないと男がすたるからな」
「ああっ、沢口さん素敵です! 変化球が投げられない事実を物は言いようで誤魔化す話術、トークの鬼ですね!」
「沢口さんこそ男の中の男、ナイスガイです!」
「エビデンスとしては静止画はうってつけだからな。一部分で第三者へ印象を与えられるのだから」
「まさに! 生徒たちは高坂への嫌悪感から沢口さんの主張を妄信してましたね!」
「あの証拠映像の中では俺の指摘は事実だ。嘘など吐いてない。真実などどうだっていい。愚かな連中が一部の画像に躍らされ騙されさえすれば十分。事実っぽいものを真実だと思わせればそれでいいのだ」
「さすがは沢口さん! 強引なこじつけで主張を押し通す男気、俺が女だったら一目惚れ間違いなしでしたよ!」
「男に生まれてしまった運命を呪うがいいさ」
「あぁ……沢口さんはセンセーショナルなお方です!」
「先生のナショナル? 言葉の意味は分からんが祐介の言うとおりだ」
「はい! 意味は僕も分かりません! ですがすごいことなんだなぁとニュアンスは伝わってきます」
「ふっ。俺がすごくて偉大なのは今にはじまったことではないさ」
「そうです! 沢口さんのお父様は私立大学の学長、お母様は外資企業の副社長ですもんね!」
「うむ。つまり俺はとてつもなくすごい男なのだ!」
「はい! 改めて実感しました!」
「高坂宏彰は近々反論材料を持って学科総会を開いてくるだろうが、返り討ちにしてくれるわ」
「沢口さんを相手取って言い負かせる人間などいません!」
「当然。なにせこの俺は沢口修平だからな」
「あぁ、沢口さん……!」
「沢口さんと行動できる人生こそが、神のお導き……!」
「――ちょっと、そこ通してもらえるかな」
「おっと、佐藤ではないか。道を塞いでしまってたか。これは失敬」
「悪いね」
「完璧すぎず、少々ドジで隙があるからこそ皆が沢口さんの信者であろうとするのですよ」
「しかし佐藤は人気の少ないこの辺に何用だろうか?」
「分かりませんが、沢口さんのオーラに圧されていたことだけは分かりました!」
「そうだったか。それは悪いことしたな。しかしオーラというモノは意図して隠せる代物ではないから仕方ないな、はっはっは!」
「ははははは!」
「沢口さん、最高です! 至高です! よっ、世界最高傑作!」
「あまり褒めてくれるな。はーっはっはっはーっ!」
「「「はーっはっはっはーっ!」」」
☆
「ふぅ……」
さきほどの2科男子の言葉が頭に焼きついて離れない。
俺が求める2科の地位向上への行動によって一人の男子生徒の恋路を壊してしまっていたなんて。馬に蹴られるなんてレベルじゃない悪行だ。
「1科全体を敵に回す覚悟はしてたけど、まさか2科からも敵視されてしまうなんてね……」
四面楚歌に近い状況はさすがに参るな。
2科の生徒たちと溝を作った状態で打倒1科など夢のまた夢。
なんとかして、打開したいけど……。
「あー! 高坂せんぱーい!」
前方から明るいトーンで俺を呼ぶ声が聞こえてくる。




