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学内格差と超能力  作者: 小鳥頼人
2巻 2科分裂編
63/83

第9話 ④

「三つ目。高坂宏彰の愚行に付き合わされた2年6組の生徒たちは中間試験の成績が下がった」

 沢口君の主張を聞いた6組の生徒からは「あー」と嘆息たんそくにも似た反応が生まれた。

「高校生の本分は勉強だ。それをおろそかにして、百歩譲って自分だけならいざ知らず、周りの生徒をも巻き込んで勉学を妨害している。しかも本人に自覚と悪気が一切ないのが殊更ことさらタチが悪い。高坂宏彰の道徳心、倫理観は一体全体どうなっている!?」

 そこを叩かれると痛いな。まともな反論が思いつかない。

 沢口君はわざとらしくおでこに手を当てて自分呆れてますよアピールを繰り出した。

「更に許されないのは、コイツは自分の成績、だけは、ちゃっかりとキープしている。したたかな男だよ!」

 だけの部分をやたら強調してきた。嫌味満載だ。


『他の生徒を巻き込んで色々やってたのに、自分だけ成績下がってないのかよ』

『他の生徒に悪いと思わないのかね?』


 ……ハイ、申し訳ないと心から思っております。

 成績が下がった生徒が多いのに俺は現状維持だった点も相当な悪印象だ。

「まだあるぞ。四つ目。先日の遠足でのことだ」

 続いて映し出されたのは俺がお台場でスタンプラリー中に道に落ちていた財布を拾い上げている映像だった。

「コイツは道に落ちていた財布を拾って中身を抜いた。もはや犯罪だ」

 いや、あの……さすがに濡れ衣すぎて異を唱えずにはいられない。

「いやいや、それは――」

「いい加減にしろ!! うるさい輩はこうしてやる!」

「ん~~~~!」

 高畑君と富田君から身体をホールドされ、俺の口はガムテープで塞がれた。更にどこから用意したのか、ロープで俺の手を前で縛ってきた。言葉を発することはおろか、満足に身動きすら取れなくなった。

 ここまでする必要ある? いくらなんでもやりすぎじゃない?


『嘘でしょ……』

『人として最低』


 生徒たちは俺の惨状よりも俺の悪行(濡れ衣だけど)に心底軽蔑した態度を示している。

「しかも抜くだけ抜いて財布は捨てた。貴様には人の心がないのか? やっていいことと悪いことの境界すら分からないか?」

 身動きが取れない俺の肩に手を置いた沢口君は哀れみの目を向けてきた。

「これ、なんていうか知ってるか? 横領罪、だぞ?」

 そもそもお金は抜いてないし財布だって交番に届けたんだぞ。でっちあげはやめてくれよ。俺が言い返せない状態だからって言いたい放題言ってくれちゃってからに。

「更には困ってるお年寄りのお願いを突き返して己の都合を優先した」

 スクリーンには俺がおじいさんの肩に手を置いている瞬間の映像が映し出された。

 お台場の歩道橋でおじいさんをおんぶして階段を上り下りした時のものだ。


『うっわ。マジじゃん』

『これは酷い』

『高坂君ってこんな人だったんだ……』


 決定打となる会心の一撃。俺の心証が地底へと堕ちた瞬間。

 これも運が悪く、遠慮から困惑したおじいさんの表情が俺に対して負の感情を向けているように見えなくもない。

「大した用事もないくせに、だ。人としてどうなんだ? ご立派に格差や下剋上を謳う前に己をかえりみるべきではないのか!?」


『さすがに擁護ようごできないかな……』

『やってることおかしいでしょ』

『絶対に許さない』


 スタンプラリー中だけど時間を割いて手を差し伸べましたけど? 誰かその光景を見てくれてないのかね。

 静止画だけじゃ見えない真実まで見据えてくれる聡明な人はいないのか。出来事の一部分だけを切り抜いて印象操作するのは陰湿では?

「五つ目! 次の映像を見てもらおうか」

 心中でぼやく俺のことなどお構いなしに沢口君の進行は続く。

(なんだ、これ……?)

 そこには、俺がモノレールの扉に挟まっている瞬間が映っていた。

「あろうことか、このうつけ者高坂宏彰は発車時間ギリギリで降車を試み、扉に挟まってモノレールを遅延させた。学園関係者以外の人々にまで迷惑を与えた。ここまで腐った人間、もはや対処のしようがないのではないだろうか!?」

 そんな記憶は一切ございません。記憶喪失? いやいやいや、絶対にない。

 辻堂だってそんな事実はないと分かるはずだけど……その辻堂も2科の総会にはいない。俺を擁護ようごしてくれるとも思えないけれど、辻堂すらをも渇望かつぼうしてしまうとは、俺も末期だな。

「遠足で学園に苦情が入った話は皆も聞いているだろう。名指しで苦情を言われた奴こそが、悪漢あっかん高坂宏彰に他ならない! 奴が多方面に悪影響を及ぼす確たる証明だ!」

 いくらなんでも――この映像はおかしいよ! 俺が不都合な過去を忘れてるだけなの? 無意識に現実逃避しちゃってるだけなの?


『打倒1科とか大それたことしてるようだけど、周りの足を引っ張りすぎじゃないかなぁ』

『俺は沢口君を支持するぞ』

『僕も』


 追い打ちをかける沢口君の主張を聞いた生徒たちの中には完全に沢口君側につく人もいた。

「おまけに遠足前も朝っぱらから1科との揉め事で廊下の窓ガラスを数枚壊した。己の目的のためならば器物破損すらいとわない歪んだ根性はなんとしてでも叩き直さねばならない!」

 俺と辻堂が田中さんに窓から殴り飛ばされた出来事を言っている。

 ……いやいや、あれは田中さんの凶行なんですが。あの件すらも全責任を俺に押しつけてくるとは、やることが横暴だ。

 行動やイベントの一部だけで俺を悪の帝王のごとく糾弾きゅうだんし、こちらには一切の反論を許さない。みんなそこをおかしいとは思わないの? 総会なら話し合いが基本じゃないの? これじゃあ単なる主張の押しつけじゃないか。

「そう、なにを隠そうこの悪名高き高坂宏彰という悪漢あっかんは2科の面々に希望をちらつかせてそそのかし利用しておきながら自分は女にうつつを抜かし、クラスメイトの成績を下げ、学科間の対立を決定的な形へと変え、あまつさえ学園の治安を著しく悪化させた。おまけに学園外でまで暴れ回る始末。更にはそれらが原因で一部大学の指定校推薦をパーにした。罪なき2科の純朴かつ勤勉な生徒を踏み台にしている! これらの罪は非常に、ひっじょーーうに重い! 相応の制裁が必要だと僕は考える」

 酷い言われよう。ここまでボロカスに言われたことが人生であっただろうか…………うん、何回かあった気がする。

 あと大学のくだり初耳なんですけど? なにかそういったソースはあるのでしょうか?


『大学の指定校推薦まで潰したの!? それはシャレにならないよ』

『高坂君の行動ってさ、本人しか得してないじゃん』

『これ以上やりたい放題させたくないなぁ』

『積み重ねた罪を全て償ってもらわないと』


「……ふ」

 みんなの反応が完全に自分寄りになったことで勝利を確信した沢口君はほくそ笑んだ。

「少なくとも僕はそんな奴と学び舎をともにしたくないし、自分の進路にも悪影響がないか不安で不安でたまらない。3年生の先輩諸君は特にそうだろう。日々怯えた学園生活を過ごす羽目になる。本当に勘弁してくれっていうのが本音だ」

 今の発言は彼の本心なのだろう。沢口君はかねてから理系の大学を狙っていると宣言していた。あれも俺に対して指定校推薦枠が減るようなことをするなと釘を刺す意図があった。

「ゆえに、高坂宏彰には学園を去ってもらうのが望ましい」

 沢口君から飛び出した言葉に館内のざわめきが最高潮に達した。

「おい! いくらなんでも横暴だろ!!」

 言葉を発せない俺に変わって立ち上がり声を荒げてくれたのは誠司だった。


『いいや、この際ハッキリ処罰を与えないと今後の学園生活が危うい』

『最低限の礼儀として、ちょっかいを出した1科に謝ってほしいね』

『学科間の亀裂を広げた罪は重いでしょ。ちゃんと償ってくれよ』


 しかし、ほとんどの生徒は俺に処罰が下ることを望んでおり、誠司の声に賛同する生徒は出てこない。

 今の状況では分が悪いのか太一は何も言わずに黙ってこちらを見上げている。

 まずいぞ。

 流れは完全に向こうへと渡ってしまった。

 2科のみんなは疑う余地もなく俺を悪者と断定して敵意のこもった冷たい視線を向けてくる。

 俺が救いたいと心から願った同じ学科の生徒たちが……。

 かつて球技大会や学科紛争で力を貸してくれたクラスメイトまでもが複雑そうな渋い表情を見せている……。

 それがこれほどまでに哀しく、悔しく、虚しいとは。

 俺が太一たちを巻き込んで2科を迫害してくる連中に抗ってきたのは一体なんだったのか。なんの戦果もなく、ただ2年生と2科全体からヘイトを生み出しただけじゃないか……。

 贅沢を言わせてもらうのならば、俺が2科の可能性を信じてるように、みんなにも俺のことを信じてほしかったけど――叶わぬ願いだと身を持って知った。

 みんなに真実を証明するには確かな証拠を揃えて出直さなければお話しにならないのだ。

 乱雑に飛び交う反応を確かめた沢口君は口を開いた。

「望ましい……と思うが、僕もそこまで鬼ではない」

 声のトーンを控えめにして話すけど、


「僕の案はこうだ。高坂宏彰が次に1科と少しでも騒ぎを起こした際には退学してもらう」


 その割には俺に対して重い処分を提案してきた。


『最後通告ってことか』

『それなら高坂君も下手に動けないね』

『今すぐ退学というのも後味悪いし、これが一番いい案じゃないかな』


「心優しき2科の生徒諸君! 寛大な心で哀れな高坂宏彰に最後のチャンスを与えようではないか!」

 沢口君はステージ上で両手を広げ、作り物の笑顔を生徒たちに差し向けた。俺にはその笑みが悪魔に見えた。

「沢口にそんな権限ないだろ」

 誠司が物申したとおり、学級委員が生徒に処罰を与える権限は与えられていない。

「そうだとも。だから誓約書を書いてもらうんだよ。『問題行動を起こしたら自主退学します』。いいな?」

 沢口君は演台に自前の誓約書とボールペンを置いた。

「――分かった、か?」

 有無を言わさず書けと圧をかけてくる。

「断っておくが、僕は学級委員の立場としてこうする他ないと思ったまでだ。決して個人的な私怨しえんで貴様を陥れようなどとは微塵みじんも考えていない」

(どの口が言うんだか……)

 個人的理由しかないくせによくもまぁぬけぬけと。

「そもそも僕をはじめとした穏健派は1科との衝突を望んでいなければ1科を倒してくれと頼んだ覚えもない。勝手に暴れてる貴様から巻き込み事故の被害に遭うのは御免なんだよ」


『確かにね。高坂が暴れて1科と揉めるだけならいざ知らず、1科の標的が2科全体に広まったら僕らだって無傷じゃいられない』

『これ以上1科とあつれきが生じるのは阻止したいな』


 館内では俺を排斥はいせきする動きが高まっている。万事休す、か……。

 諦念ていねんしてボールペンを手に持つ。

 その時だった。


「――――待ってくれないか」


 よどんだ空気の中、一人の生徒が立ち上がった。

「なんだ? 異議申し立てか?」

「沢口の主張は分かった。けど高坂宏彰側にも反論する権利はあるはずだよね? それすら一切なく一方的に好き放題言って幕を下ろすのはよろしくない」

 凛とした面持ちでみんなの視線を集めたのはここまで沢口君の独壇場を静観していた太一だった。

「……ふん」

 正論だと思ったのか、沢口君も強くは否定してこない。いや、できないんだ。

「学級委員なら分かるよね。生徒の声に耳を傾けるのもクラス、いや学科を代表する学級委員の務めではないかい?」

「……そうだな」

 渋々ながらも太一の言葉に耳を傾けている。

「そこで俺が高坂宏彰の所業について調査する。調査結果を報告した上でみんなの意見を確認したい」

「…………仕方ない。高坂宏彰への判決は一旦保留としよう」

 溜息を混ぜて俺の判決保留を言い渡した。

「しかし――見下げ果てるぞ、高坂宏彰。1科に興味がない層のことも考えた上で行動してほしいものだがな」

 しかし俺ヘの口撃は終わらなかった。

「志を同じくする反高坂派よ、今こそ皆で立ち上がって奴に鉄槌てっついを下す時だ!」

 すかさず次なる舞台に向けてアピールをはじめた。


『高坂にはペナルティを与えたいなぁ』

『佐藤が何を考えてるか知らないが、高坂を擁護ようごできる点なんてないでしょ』


 結構な人数の生徒が沢口君の主張に頷いている。俺が不利な状況は変わらない。

「ともに戦おう! 皆にできる奴への抵抗は、有罪判決で奴を叩くことだ!」

 沢口君は握り拳を作って天井へと振り上げる。

「安全安心で健全な学園生活を過ごすために! 明るい進路を決めるいしずえとなるように!」

 政治家の選挙の演説よろしく、熱気溢れる主張。

「そして高坂宏彰に同調する者たちよ! 貴様らもここで自重しなければ高坂宏彰と同じ運命を辿ると警告しておく。ゆめゆめ余計な行いは慎むのが賢明だぞ」

 そして、俺に賛同してくれた――高坂派への脅しも忘れない。

「これにて今回の臨時学科総会は閉会とする。今日は貴重な授業時間をいただき感謝する」

 沢口君は満足げに微笑んで演説を終了した。

「……ふっ」

 最後に俺を一瞥いちべつして口角を吊り上げたのは見逃さなかった。

 高坂潰し、ここに極まれり。


『遠足での件もそうだけど、これから先また学科紛争みたいなトラブルを起こされちゃたまらないよなぁ』

『進路に影響したらまずいしね』

『高坂君には今後大人しくしてもらわないとだな』


 そうか。学科総会の場を有利に進めるために沢口君たちが遠足での辻堂とのいざこざを広めておいたんだ。予め俺のネガキャンをしておき、心証を悪くしておくことで自身の発言に対して賛同を得られるようになるから。


 事実上、1科挑戦への道が閉ざされた形となった。

 処遇はひとまず保留になったものの、俺の苦難はまだ終わりそうもない。

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