第9話 ③
「緊急で集会を開く要因となった議題だが――」
沢口君は目ざとく俺を見つけると、厳しい視線をぶつけてきた。
「――――2年6組、高坂宏彰!! 今すぐその場に立て!!」
「!?」
突如として大きく響き渡った怒号にビクッとなったけど、言われたとおりに立ち上がった。
みんなの穿る視線が一斉に集まって居心地が悪い。
「さあて覚悟しろよ高坂宏彰。貴様への断罪の時間だ。皆には僕の主張を聞いた上で判決を下してもらいたい」
なるほど。沢口君の目的は2科生徒全体の前で俺を晒し首にすることか。1科生徒もおらず、彼の言動を制止する先生もいない排他的な空間を最大限活用して。
学科総会は沢口君が俺を糾弾するのに実にうってつけのフィールドなのだ。
『断罪……?』
『彼、何かやらかしたの?』
『遠足で辻堂とやりあったアレかな? 断罪されるほどのことか?』
『1科と何度も揉めてる件かもよ』
『僕らが知らない何かがあるのかもしれないね』
体育館内にはざわめきが起こる。ある程度俺のことを知っている2年生はともかく、1年生と3年生は完全に状況が飲み込めていない様子。
「では皆聞いてくれ。奴の犯した罪の数々を」
沢口君は大仰に両腕を広げて俺の罪らしい話をはじめた。
「まず一つ目。この高坂宏彰という不届き者は2年生の皆が知ってのとおり、なにかと1科にたてついては学園の秩序をかき乱している。GW明けの1科との学科紛争が最たる例だ。アレによって学科間の溝はより深まったのは言うまでもない。また学園内の一部設備を破損した。ご多忙な教師陣にいらぬ負担を負わせた。多方面に迷惑を与えたのだ!」
学科紛争では様々な仕掛けを空き教室に施した。ギミックは画鋲やらバスケットボールやサッカーボールやら、果ては簡易プールやら。また多くの生徒が乱暴に走り回った。その影響で設備に一部被害が及んだのは紛れもない事実だ。
――俺個人は一つも破損してないけどね! あたかも俺が全て壊したような言い草だけどさ。
『派手にやりあったらしいねー』
『ふふん、僕も参加したんだよ!』
『自慢することか?』
『学科紛争って――高校生にもなって暇人かよ』
やっぱりいの一番に突いてきたのは学科紛争か。
何度でも言うけど、1科と争うきっかけを作ったのは俺だけど、学科紛争の開催者は俺じゃないんだよなぁ……。それすら俺の仕業にされているのはなんとも腑に落ちない。げんなり。
「それだけじゃないぞ。二つ目。コイツの真の目的は2科の地位向上なんかじゃない!」
沢口君は手で演台をバンと叩いて続けた。
『どういうこと?』
『本当の目的があるの?』
いや? 真の目的もなにも、普通に2科の地位向上しか考えてないんですけども。
「皆、スクリーンの映像を見よ!」
沢口君はステージ後方に表示されているスクリーンに腕を伸ばした。
富田君が手慣れた操作でとある画像ファイルを開く。
スクリーンに映し出されたのは――
『これ……高坂君が1科の星川さん、それと遠藤さんと一緒にいるところじゃないか』
『なんだ、この両手に花は……』
『羨ま――いやけしからん……っ!』
俺が1科側の階段の踊り場で星川さん、遠藤さんと談笑している光景だった。この前図書室に向かう途中で二人と出会った時のものだ。
『なんで高坂は1科側の階段にいたんだ?』
「いや、図書室は1科――」
「うるさいぞ高坂!! 今は沢口さんが説明してる時間だろうが!!」
……側にあるからそこの階段を使っただけ――と弁明することすら封じられた。高畑君のバカでかい声はマイクなしでも体育館に響き渡った。
(俺には一切発言を許さない……一方通行かよ……)
「……ふっ。容疑者がやかましいな。ま、焦って自己弁護に躍起になる気持ちは分からないでもないがな」
少ない情報で誤解を招いてるから真相を伝えようとしてるだけなんだけど。
映像では俺と遠藤さんが笑顔、星川さんが微笑を浮かべていた。この映像を見ると三人で楽しげに会話に花を咲かせている印象を与える。
「コイツは2科に甘言をほざきつつも裏で自分は学園で人気の星川や遠藤を落とそうと奔走している。殊勝なこと言っていても蓋を開けてみれば本性は所詮はこんなもんだ!」
「そんなことは!」
「黙れっ!! 今は沢口さんが話してるっつってんだろ! 最後まで聞きやがれ!」
すかさず異議を唱えようとしたものの、またもや高畑君の怒号に阻まれてしまう。
「ふむ。被告人が騒がしいな。高坂宏彰よ、貴様もステージ上に上がってこい」
「………………」
沢口君の指示に従いステージまで上った。
すると、高畑君が俺の背後についた。俺の監視要員ってわけね。
「スリーショットの写真はなにもこれだけではない」
沢口君の指パッチンを合図に、スクリーンには別の画像が表示された。
そこには遠足の昼休憩時に俺が星川さんや遠藤さんとお台場公園にて昼食をともにする光景が映っていた。
(いつの間に撮っていたんだ――あっ)
思い出した。
あの時、視線を感じていたんだった。正体は沢口一味だったんだと今だから分かる。
(さすがに言い逃れできないや……)
俺から誘ったわけではないにしろ完全に役得だ。俺に発言が許されていても余計なこと言ってドツボにはまるだけだ。
『おいおいおいおい! なんだよこれは!?』
『僕なんか入学してから一度たりとも女子と会話すらできたことないってのに!』
『自分だけ美少女二人を独占とは!』
『1科に接触する理由はこれだったのかよ』
館内からはいっそうざわめきが強まり、俺を非難する怒声や大声もとどろいてくる。普段自己主張をしない2科の生徒たちは思い思いに発言している。
最悪なことに、よりにもよって二人が俺にあーんしようとしてる決定的瞬間が激写された映像だ。俺を攻撃する兵器としての破壊力がエグい。
生徒たちが自分寄りになっている感触を得た沢口君はニヤリと人相の悪い笑みを浮かべた。
「高坂宏彰。貴様、体育委員でも三年生の豊原朱音先輩に取り入ってお情けで副委員長にしてもらったそうじゃないか。やることがいちいちこずるいぞ!」
沢口君はこちらに向かってビシッと指を差して糾弾してきた。
いや、あれは普通に豊原先輩が色々考えて俺を副委員長に指名したんだけど。もっと言うなら俺は好き好んで体育委員になったわけじゃないし? 運悪く柴山先生から指名されて委員にされただけだし?
『豊原先輩ともだなんて、超羨ましい!』
『普通に高坂君が妬ましくなってきたぞ』
『あいつは何人の女子と接点を持てば満足できるんだ? 猿かよ』
『豊原先輩って弟と全然似てないよな。本当に姉弟なのか?』
ちなみに豊原先輩はクラスメイトの豊原のお姉さんだ。
悲しいかな、見た目も性格も全然似てない。
あと俺の友達の方の豊原に失礼な発言をしたのは誰だ。6組の最前列に並ぶ豊原がこめかみに血管を浮かせているぞ。命が惜しくないのか?
「極めつけはこれだ!」
沢口君の号令で富田君がとどめの一発とも言うべき写真をスクリーンに映した。
『なんで2科の高坂君が1科の、それも女子とバドミントンをやってるの!?』
『自分の授業をサボってまで紛れ込んだの? 素行悪すぎでしょ』
……まさか、南条さんとバドミントン対決をしてる様子までこっそり撮られてたとは夢にも思わなかったよ。
しかも俺の無実を証明しうるもう一人の部外者である柴山先生は映っていない。この写真では柴山先生が審判をしている真実が隠れてしまっている。
「奴は2科の生徒でありながら堂々と女子の体育の授業に無断で乱入し、嫌がる女子生徒とバドミントンを堪能していた! ただ一人だけな!」
この映像に映る南条さんは真剣な面持ちでスマッシュを打とうとしているのでパッと見の印象では楽しくなさそうに見えなくもない。おまけに阿修羅のような形相で俺を睨みつけている蓮見さんの存在が沢口君の発言により説得力を持たせてしまっている。
演説を続ける沢口君の饒舌はとどまるところを知らない。
「2科の諸君! 思春期男子ならば誰もが女子と交流を持ちたいのに叶わぬ中、一人だけ影でコソコソと抜け駆けを繰り返す高坂宏彰の悪行を野放しにできるのか!? 僕は断じて許さん!」
このバドミントンも柴山先生に命令――頼まれて仕方なく参加しただけなんだけどなぁ。この場にそれを証言してくれる柴山先生はいない。沢口君はそこも計算に入れて学科総会を利用したんだ。
……あと、女子との件を話す沢口君の言葉には妙に私怨の力がこもっているような?
『確かに羨ましい……ずるい』
『なんで高坂ばかりが色んな女子にツバつけてるんだよ』
『1科の男子でさえ簡単にはお近づきになれないだろう、とびきり可愛い子ばっかりだし』
『結局彼は女のケツを追いかけてるだけの人間だったわけ?』
ステージを見上げる生徒たちの視線がどんどんきつくなってくる。
こんなの、ただの印象操作じゃないか……。




