第6話 ②
「学園長の大雑把さには毎回頭が痛くなるよ……まったく、なぜあそこまでしてコレを配りたいのやら」
「学園長がどうかしたんですか?」
「回想してただけだ。気にするな。あとお前うるさいぞ」
「高坂うるさいネタまだ続くんですか」
まぁ、別にいいんですけど……。
学園長ねぇ。普段は顔を合わせる機会すら滅多にないけど、あのインパクトは相当なものだ。
学園長とは思えぬ乱暴な言動、行動で、はじめは開いた口がしばらくの間塞がらなかった。
けれど案外気さくで生徒、教員思いの一面もあるので周囲からの信頼は厚い。
幼少時代は女性ながら学年で一番喧嘩をした回数が多く、中学時代も筋金入りのやんちゃだったとか。
しかしそんな性格にも関わらず、あの天王坂高校を主席で卒業しており、そのままアメリカの大学、大学院を卒業。卒業後はデイトレードと研究職で得たお金で貴津学園高校を創立。
そのため、貴津学園はまだ十年少しと歴史が浅い。良く言えばそれほど伝統に縛られていない。悪く言えばこれといった伝統が何もない。それがこの学園の特色だ。
ちなみに学園長――朝霧円さんのお子さんも天王坂高校に通っている。優秀すぎる親子だ。これらを何度思い返しても本当に学園長は偉大だ。
ちなみに年齢は四十手前くらい。背が高くスレンダーで、マゾヒストから好かれそうな精悍な顔立ちの美人だ。
「ほら高坂。お前も飲め」
「ありがとうございます」
栄養ドリンクが渡ってきた。
柴山先生は既に飲んだと言ってたけど、何ともなさそうだ。
あの学園長のお墨付き効果なのか、飲むのを拒否するクラスメイトはいない。
ちょうど喉が渇いていたところだし、ありがたく飲んでしまえ。
「プハー、生き返ったぁ」
「端から死んでないだろうが」
「先生、そんなツッコミはお呼びじゃないですよ」
もう、どうしてそう水を差すことばかり宣うんですか。
「みんなどうだ。身体に異常はないか? どこか違和感はないか?」
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、柴山先生は心配そうな表情で教室全体を見渡す。
心配してくれるのはありがたいけど、だったらはじめから配らなければ済む話では?
「学園長が調査してくれたなら大丈夫ですよ。美味しかったし、身体に違和感もありません」
「高坂、お前は別にどうなっても構わん。なんなら死んでもらっても結構だぞ」
「ちょ! そりゃないでしょ!」
あ、ああアンタそれでも教師か? 俺の担任なんですか!?
クラスメイトたちは、自身に異常が起こっていないことを柴山先生にアピールする。
その様子を確認した柴山先生は胸を撫で下ろすように言った。
「よかった……――じゃ、俺も飲めるな」
ん? 今この人なんて言った? 柴山先生は先に飲んでたんじゃなかったのか?
「どういうことですか? まさか、生徒に毒味させたんですか?」
誠司が睨みを利かせながら柴山先生に詰め寄る。
「はははは。記憶違いで実はまだ飲んでなかったと、たった今気づいたんだよ!」
柴山先生は弁明を終えるなり、全速力で教室から逃走してしまった。
月に何回か思うんだけど、あの人は本当に教員免許を持っているのだろうか? つい無免許ではないのかと疑念を抱きかける。
授業は楽しく分かりやすいので、その点には文句のつけようがないんだけどね。
「宏彰。ドリンクが一本余ったけど、みんないらないってさ。君は飲む?」
太一が差し出したのは、先ほど俺が飲んだものと同じドリンクだった。
このドリンクにどんな効能があるのかは知らないけど、くれるというならその好意を無碍にはできない。
太一に礼を言い、ドリンクのキャップを開ける。
「ゴクッゴクッ――ッハー!」
やっぱり炭酸飲料を飲むと生き返るなぁ。
「それにしても、このドリンクは誰が何の目的で送ってきたんだろうな」
自分が飲み干して空になったドリンクの容器を見つめながら誠司は呟いた。
「毒物混入とかの危険はないみたいだよね」
「あぁ。ただ、製造元の企業名が記載されてないのがどうにも解せないな。あえて記載を隠しているかのような……」
ドリンクのラベルを眺めてみる。確かに企業名の記載すらない。
しかも、このドリンクの製品名が【ドリンク】ってのもどうなんだ。創意工夫を完全放棄したかのような投げやり感。
配合成分はタウリン、ビタミンB1、ビタミンB2、イノシトール、塩化カルニチン――うーん。市販の栄養ドリンクとさして変わらなそうだなあ。
多くの謎を残したまま、昼休み終了のチャイムが鳴った。
☆
「さてと、地獄へと赴くか……」
放課後になった。
本来なら久々の部活だけど、今日は体育委員会で球技大会の反省会があるので、委員の俺はもちろん参加しなければならない。あぁ、憂鬱ゥー。
あの面々は未だに慣れない。怖い人ばかりなんだもん。豊原先輩だけが心のオアシスだ。
「あっ高坂くん、昨日はお疲れ様っ♪」
「豊原先輩もお疲れ様でした」
あぁ、先輩の笑顔を見るだけで癒されるなぁ。つい鼻の下が伸びてしまう。
「…………チッ」
辻堂は俺を視界に捉えるなり睨んできたと思ったら、すぐに視線を逸らしてしまった。
「高坂くんのクラス、サッカー一回戦勝ったんだってね! おめでとー!」
昨日の奇跡としか言いようがない出来事を、豊原先輩は満面の笑みで祝福してくれる。
あ、燃料投下。と思った時には遅かった。
俺が座った席の斜め前から机を蹴る音がした。
「辻堂くん、大丈夫? 足痛くない?」
若干天然が入っている豊原先輩は純粋に辻堂の足を心配していた。
「たまたま一回勝てたからって天狗になってんじゃねぇぞ高坂ぁ!」
「天狗にはなってないけど……」
「あぁん!? 一回戦くらい余裕だったってか!?」
じゃあどんな回答をご所望なんだよ!?
…………ん?
一瞬、両手から静電気に触れたような感覚がした。気のせいかな?
「おいおい辻堂。コイツにはお前が引導を渡してやったんだろ? ならいいじゃねーか。そんなアホ放っとこうぜ」
「そうそう。そんなみそっかす2科野郎ごときにいちいち目くじら立てんなよ」
辻堂の取り巻き連中がご機嫌取りを試みるが、辻堂の険しい表情は変わらない。
「うるせぇ! あれは6組のボケがオウンゴールで自爆しただけだ! あれじゃ、胸を張って2科をぶっ潰したとはとても言えねぇんだよ!」
辻堂の憤りは収まらず、大声を上げ続ける。
「いいか高坂ぁ。体育副委員長。球技大会。二度も俺のプライドに傷をつけてタダで済むと思うなよ。そのうち2科全体に報復してやるから覚悟しとけ!」
お前の腐ったプライドなど、いくら傷つこうが影響ないと思う俺は変なのかな?
「辻堂くん。報復なんて物騒なこと考えたらダメだよー!」
豊原先輩に注意を受けた辻堂は瞬時に笑みを作って彼女に向けた。切り替え、はやっ。
「分かってますよ。今のはただの言葉の綾っすから」
言葉の綾と呼べるほど技巧的な言い回しだったか?
しかし、コイツは恐らく何らかの形で本当に仕返しをしてきそうだ。クラスメイトですら平気で切り捨てる奴なんだ。何しでかすか分からないから警戒しておくに越したことはない。
「全員いるな? 昨日の球技大会の反省点を洗い出すぞ」
体育委員の先生が登場し、会議が始まった。
「次回の集まりでは、体育祭について話し合うからよろしくな。では解散」
体育委員会の集まりが終わった。
反省会自体に大した話は出なかったけど、全委員が球技大会の総評を発表することとなったので、結構な時間を食ってしまった。
現在の時刻は五時半。今から部活に向かったとしても大した作業はできないな。
今日はもう帰ろう。
「高坂くーん、待ってよ~!」
教室から出ようとしたところで、豊原先輩に静止された。
駆け寄られた際にふわりと甘い香りが俺の鼻腔を刺激してきて精神的によろしくなかった。
「今日はもう帰ります。時間も時間ですし」
「私も帰ろうと思ってたんだよー。一緒に帰ろ?」
と、豊原先輩と二人で?
そういえば、今まで二人きりで下校したことはなかったな。
「そ、そうですね。じゃあ、帰りましょう」
俺は緊張状態で豊原先輩と一緒に教室を出て、下駄箱へと向かった。
教室を出る際に、私怨を込めた瞳でこちらを突き刺すように睨んできた辻堂は無視した。




