第6話 ①
「これから球技大会の反省会をするわけだが」
誠司が淡々とした口調で話す。
ここで太一が俺に凍てついた視線を送ってきた。
太一だけじゃない。誠司と豊原も俺を見ていた。え、なんすか?
サッカー2年生枠は1組の優勝で幕を閉じた。
6組はバスケ、バレー、卓球は見事に一回戦大敗の結果に終わった。
俺の左手人差し指の突き指は、数日ほどテーピングを巻いて安静にすれば問題なく動かせるようになるとのこと。
そして今は大会翌日の昼休み。
例の四人で昼食をとりつつ球技大会の話になったんだけど、俺は三名の男から冷ややかな視線攻撃を受けているところだ。
「えーと。何かね諸君」
大方の予想はついてるけど。
「なぜ、君は5組戦でキーパーの仕事を放棄して稲田を介抱したんだい?」
「稲田君が心配だったからに決まってるじゃないか」
やはりその件だよな。そりゃ試合は勝ちたかったさ。けどさぁ、ピッチで倒れてる人が目に入った以上は放っておけないじゃないか。
「優勝して1科にギャフンと言わせたかったんじゃないの? それなのに、ワンチャンをみすみす捨ててしまったのはどうかと」
俺は今でも昨日の判断は間違っていなかったと思ってるけど、他の人たちから見たらそうではないのかもしれない。よりにもよって打倒1科を掲げた張本人が2科の勝利よりも1科の人間を優先して勝てたかもしれないチャンスを潰したのだから。
「空気読めてなかった?」
「介抱を優先したのは間違いとは言わないよ。ただ、稲田とクラスどころか学科すら違う2科の、しかも試合中だった君があえてする必要があったのかな」
「俺の立場上、放置して試合に専念すべきだったと?」
5組の連中がさっさと介抱して選手交代なりしてくれてさえいれば、そりゃ俺だって余計なお節介をせずに済んださ。
「君の悲願は辻堂をはじめとする2科を見下し、迫害してくる人間に勝つことでしょ」
太一の言葉に俺の脳内から5組への恨み節が消え去った。
「学内カーストが低い人間を舐めていると痛い目に遭うと認識させる。でしょ?」
太一の問いかけに俺は首を縦に振って頷いた。
「その道程で稲田を助けたところで宏彰個人の評価が多少上がるだけで、2科そのものの立場は変わらないんだ。今まで通りのままなんだよ」
確かに俺の野望は俺自身の意趣返しなどではなく、2科の地位向上が根底にある。
俺はターニングポイントで判断を誤ってしまったのか? そうは思いたくないんだけど。
「この際だから言わせてもらう。5組戦での敗因は――」
「俺でしょ」
5組戦では序盤以外は空気だった上、二度もキーパーを投げ出して怪我人を優先した。A級戦犯と糾弾されても反論の余地すらない。
「いや俺だけど?」
非難に対抗できる切り返しの言葉もないと思っていたら、まさかの太一戦犯論が噴出。
「って俺じゃないのかよ! しかも真顔で返すな真顔で」
「俺は宏彰が稲田を連れてグラウンドの外に向かう様子を見ていたんだ。けど、何も言わずに放置した。俺が代わりにキーパーをやることだってできたのにやらなかったしね」
「どうして見てたのに何も言わなかったの?」
「キーパーをやりたくなかったからに決まってるでしょ」
コ、コイツは……! 鯉の滝登りの如く、俺の頭に血が収束していく。一発殴らせろ!
「とにかく、試合中の善意は捨てた方がよかったと思うね」
「なんでさ?」
「いいかい。俺たちがやろうとしていることは善か、それとも悪か。2科が1科に虐げられていることさえ除けば、この学園はそこそこ平和だ」
学園の平和、特に1科が増長し続けている光景を目の当たりにして耐え続けるのは無理だ。少なくとも俺はね。
「その平穏を1科、2科の風評で塗り固められた、暗黙の了解でもある格差を崩壊させることで脅かす。俺たちが目指しているのはそういうことだ」
確かにその通りだ。革命なんて大それた表現をするつもりはないけど、既存の概念をぶち壊すからこその革命なのだ。特に既存権益がある1科からしたら迷惑以外の何物でもない。
「つまり、2科視点では俺たちの行為は成功すれば英雄ものだけど、その他の人間からは単なるクーデター集団としか思われず、悪者扱いされるのは必然なんだ」
俺はもちろん、誠司や豊原も太一が紡ぐ言葉に無言で耳を傾け続ける。
「今回の試合、仮に君が稲田に手を差し伸べてなかったとしても君はなにも悪くない。5組の生徒のフォローは本来なら同じ5組の生徒もしくは審判の役割だったんだから。俺たちの野望が野望なだけに、下手な善意は自身の首を絞めかねないと俺は思うね」
太一が珍しく真剣な眼差しで俺を見据えつつ、神妙な口調で語った。
悪者か、一理あるな。
俺は甘かったのか? 1科に勝とうとしつつ、俺は周りにいい顔をしたくて偽善的な行動を取っただけなのだろうか。自分のことながら、その深層心理は分からない。
「でもまぁ、まだやり合う機会はいくらでもあるだろ。次次!」
「た、谷田君の言う通り、だよ。きゅ、球技大会は、れ、れれ、練習だと思えば」
誠司と豊原の一声で、神妙な空気はどこかへと消えた。
「それもそうだね――ま、堅い話はここまでにして、さっさとご飯を食べようか」
一連の会話で弁当を食べる手が止まっていたので、俺たちは再度箸を動かしはじめた。
「そうだ宏彰、例のラノベを持ってきたんだけど昼食とり終わったら読む?」
「おおおおおっ、それは楽しみだなぁ――って! そんなわけないじゃないか太一君。何回も言ってるけど、俺は二次元に興味なんて」
「ちなみに表紙はこれだ」
そうそうこれこれ。俺が好きな作者とイラストレーターのコンビなんだよね!
「是非とも読ませて! 巻頭カラーページのイラストにも期待大――じゃなくて!」
まったく。ラノベを読ませてくれるのは嬉しいけどもう少し場所というものをだね――
「おうおう~! 相変わらず湿っぽい教室だな~おい!」
何の生産性もないやり取りをしていると、教室の扉が開かれ元気な声が響くとともに、柴山先生が白色の段ボール箱を持って教室に入ってきた。
「先生、今は昼休みですけど」
「高坂、お前うるさいぞ」
「あ、はいすいません」
昼休みと言っただけなのに叱られたんですけど。なんすかこれ。
「お前ら刮目せよ! これはな、誰かからの差し入れだ。中身はなんら変哲のない栄養ドリンクだ。俺も飲んだが、本当に普通のドリンクだったよ。お前らも全員飲め」
誰かからって、差出人不明ってこと? 本当にただのドリンクなの?
「どこの誰が送ってきたか分からないドリンクを生徒に飲ませるんですか!? 正気の沙汰じゃないですよ!?」
えらくいい加減な担任に対して誠司が詰問する。俺もまったくもって同じ意見だ。
「安心しろ。専門機関の検査で人体に悪影響がないと証明済みだ」
たとえ悪い影響がなくとも、普通に考えたら誰かに飲ませる代物じゃないよね。
「先生も理科担当じゃないですか。個人的に何か分からなかったんですか?」
「はぁ? 物理担当の俺が分かるわけないだろ」
「……あのー。委員決めの時から感じてたんですが、先生って俺のこと嫌いですよね?」
「んなコトないぜ。中学でバドミントンをやってたのになーんで高校ではバドミントン部に入ってくれなかったのかなぁこの裏切者とは少ーしばかり思っちゃいるけどなー」
この人、顔は笑っているけどこめかみに血管が浮き出てるんですが。
いやでも。入学式翌日のオリエンテーションでのバドミントン部はエグかったぞ。数人のギブアップ者を出すほどのスパルタだったじゃないですか。積載重量十キロの鞄を背負いながらのラリーは異常でしたって!
そんな部に入ったら、貧弱な俺は下手したら死んでるぞ。
俺との絡みを早々に切り上げた柴山先生は再度教卓前から教室を見渡す。
「学園長も承認しているから安心して飲め。酒だ酒だー!」
「いやどう見ても酒じゃなくてドリンクですよね」
それにしても、学園長の承認付きか……。
★ ★ ★
数日前――――
「学園長、よろしいでしょうか」
「渡辺か。どうした? まーた嫁さんに愛想でも尽かされたか?」
「ち、違いますよ! 宅配でこんなものが届きまして」
「お? だいぶ重いな」
「これと同じ箱が何十と届いてます」
「差出人不明だと? 宅配業者もよくそんなモンを配送したもんだ。なんも不審に思わなかったのかよ」
「どうしましょうか?」
「破棄するのもアレだから生徒に配っちまおうぜ! うぉお、栄養ドリンクじゃねーか」
「いやいやいや。待ってくださいよ」
「あ? なんだよ柴山」
「どんな成分が入ってるか分からないんですよ? 毒が混入してるかもしれません。それを検査も通さずに配って、生徒の身にもしものことがあったら大事ですよ! そもそもそんな不審物、僕だったら迷わず警察に引き渡しますね」
「まーそうだわな。うし、ちょっくら知り合いの専門機関に調べてもらって、問題がなければ生徒に配るか。もちろん、あたしも検査に参加するぞ」
「警察の件は無視ですか……僕も一応は理科教師ですのでお手伝いします」
「んぁ? あーいい、いい! お前は物理担当だろ。だらーんと待ってろ」
「は、はぁ……」
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