第3章 6節 麻薬カルテル
収容所は整理されて、治安維持社が来る前通り、宮廷として使われることになった。宮廷はとても広くて、いまだに改修作業と掃除が続いている。
ヴァルは宮廷で治療され、安静にしている。酷い失血で生きていることが奇跡らしい。意識も戻って、何回か話した。うん、話せるようになって良かった。
さて、宮廷には君主がいなくてはならない。今までは少佐であり公爵であるジークがすべての指揮をとっていたようだ。驚いたことに、ジークはぼくと遠い親戚のような存在なのだ。銀髪というのがその証らしい。
ぼくは……この状況を利用しなくてはならない。なので、しばらくの間は皇太子のふりをしてみようと思う。
しかし、皇女として、スカートとかいう変な洋服を着ないといけないので今のところこれが一番嫌だ。白いブラウスに黒いコルセットとスカート。すごいスースーするし、破廉恥だし、内股に彫られているコヨーテの刺青や大量の焼印が見えそうで怖い。
ぼくは皇太子、ようするに帝位継承順位一位の皇女として色々仕事がある。フウイヌム帝国については全くの無知だったが、ジークから色々と教えて貰った。
まず帝位継承者は、生まれてから一万日後(注釈:二十七歳と数ヶ月後)に萬日憲法というのを書かないといけないらしい。
萬日憲法を書くまでは、皇帝が生きていようといまいと皇太子は皇帝になれない。
ようするにその間の帝国は、皇帝がいない状態で、前皇帝が書いた萬日憲法に則り、帝位継承順位一位の者が統治する国になる。
ここに認識の齟齬ある派閥が争いを起こしている訳だが……。今ははっきりいって帝国という勢力の中で争っている暇はないのだ。帝国の勢力は団結して、スシャーという民主主義国家の暴走をなんとしてでも止めなくてはいけないのだ。
と、立ち上がって一人言を言ってみるものの、スカートを穿いているので全く説得力が無い気がするし、恥ずかしい。
そ、そうだ皇太子としてハーネスブルグの街を見回らないといけない。
厩舎で、街を見回る為に乗る馬を見極める。青馬、白馬、栗毛、色々いる。くさいけど、死体の臭いとはまた違う、生を感じさせる匂いだ。今は電動ジープの需要がすごく低くて、ジープなんて使うのは、電化が好きなツァラトゥストラくらいだ。帝国軍の憲兵さんとかも馬に乗ってるし、街中でよく見かけるのも馬だ。ジープのバッテリーはパワーがなくてネフィリムのバッテリーとも互換性がないし、なんでツァラトゥストラはジープを使っていたんだろうか……。やっぱり、古典に出てくる共産主義者に憧れてるのかな。
馬に乗って街を歩いていると、よく見かけるのが物乞いだ。これは……社会主義を目指すぼくにとって心に来るものがあった。いたましいものだ。近くにいた憲兵に指示し、保護させる。石畳に煉瓦という街並みで、それに不釣り合いな裸の物乞いを多く見かける。
街にはまだ麻薬カルテルの残党が沢山いて、防空軍や空挺軍の憲兵科がそれを摘発している。まだ、ハーネスブルグの治安維持は始まったばかりだ。
忠誠心の薄い、金で雇われた治安維持社の社員は使い物にならないし、無法地帯で秩序を生み出すという作業は、とても難しいものだ。
その中でも最大の勢力である麻薬カルテル、通称コヨーテは宮廷の奪還後、すぐに独自の地下有線転送装置を用いてハーネスブルグ郊外の湖まで逃げ、帝国防空軍水上科のフロートを奪い今も尚、籠城している。
フロートはモメントの発達により船が廃れた後、水上での物域を広げる為に多く使われるようになった移動式の建造物だ。石油プラットフォーム?とかいう建造物に似ているらしい。
ぼくは、腕に装着していた簡易転送装置により、ハーネスブルグ郊外の湖に飛んだ。ハーネスブルグの奪還後、物域のネットワークを鹵獲、再構築したことで圧倒的に転送は快適になった。馬は転送されずに、ぼくだけ湖の辺りについたようだ。ぼくを包む空気は、小さな稲妻のような物を発している。朦朧とする意識をはっきりさせると、近くには水上科の帝国軍兵士が多くいて、対岸の見えない湖に向かって双眼鏡を構えている。
この湖は、神話の中でも登場する"海"というものに似ているのかもしれない。とにかく大きくて、一つの国がすっぽりと入るほどだ。見えない先にある対岸はスシャー……。
物域フロートでスシャーに逃げるつもりなのだろうか。そう上手くはいくかな。
「防空軍水上科所属、ケリー中隊長です。皇太子樣、申し訳ございません。敵の爆破と対空ミサイルにより二十六名が負傷、三名が死亡しました」
窮鼠猫を噛むとはこの事か。ぼくは死亡した兵士の元に行き、追悼する。そして、フェリックスを受け取り腕にうつ。
「中隊長、物域フロートまでの距離は?」
「はっ、一万百二十心音(注釈:凡そ十キロメートル)先です」
双眼鏡を借りて、少しでも高くと思い弾薬が入った兵站補給用の箱にのぼり、その物域フロートがあると言われる場所を見る。駄目だ、水平線の彼方に二本だけ高くのびたアンテナらしきものが見えるだけで、兵員もなにも見えたもんじゃない。きっと、多くの人質がいるか、そもそも全員殺されているのかも……。
そう思うと、じっとしていられなくなった。ぼくは気持ちを湖に向けて飛び、物域フロートがある方向に腰から落下し始めた。双眼鏡を湖に落とし、超高速で手で波を切り加速する。
うわっ、スカートが風でヘソの上にめくれ上がって……。くそっ、手でおさえないと。皇女にスカートを穿かせるのは、こうやってフェリックスを使わせない意図があるのか。もう良い、気にしないことにした。
後ろから防空軍のフェリックス隊がぼくをとめようと追いかけてくる。空挺軍でもないのに、ぼくにフェリックスの速さで勝とうだなんて無謀すぎる。いやむしろあんな遅い速度で飛んでいったらフロートについている対空機関砲さえも避けられずに被弾してしまう。
高度を上げると、ようやくフロートにある豆粒みたいな対空兵器と対空レーダーの群が見えてきた。左腕についていた護身用の小型ミサイルランチャーを使ってみるか。この間ジークが使っていた親指サイズの手榴弾と同じくらいの大きさで、威力はその五倍以上。あの時の手榴弾は擲弾なので、わざと巻き込まれないように威力を減らしていたらしい。全く、帝国の技術力には目を見張るものがある。
ぼくは、左腕をフロートに向けて構える。撹乱を狙うから、ぼくの存在を察知される直前に爆破する必要がある。そうだな、察知されるまであと十秒だ。
五……四……三……二……一……発射!
腕の小さなミサイルが数個、光を放ち、空気を轟かし、対空兵器の方へと向かった。
そして全弾命中した。誘爆でジャミング装置も破壊できたか?ぼくは速度を上げて、頭を前に向ける。
そして、鉄骨でできた物域フロートを左にヨーイングしてスレスレで避けた。続けて右腕についていた無誘導ロケットランチャーでフロート側面に偏差射撃を行う。花火を耳元で打ち上げたような音がして、気がついた時にはフロートの鉄骨は音と煙をあげて折れ曲がっていた。よし、着水してはやく仲間を救出しないと。進行方向とは逆方向に意識をむけ、波を切って肩から着水した。
泳いで、フロート鉄骨の足元まで辿り着く。近くでフロートを見るとかなり大きい。全体的に長方形の形をしている。艦船が衰退する前に存在した、空母という船に似ているのかもしれない。エレベーターまでついているようだ。ぼくのロケットランチャーでエレベーターは破損……と。となると後は非常用の階段かな。
ぼくはスカートの中のホルスターから拳銃を取り出し、警戒しながら階段を登る。しかし、ミサイルや爆発物はここまで進歩させることができても、流石に拳銃や銃は小型化できないよな。今や拳銃は格闘技の中にも取り込まれ、スシャー連邦ではCQCや早撃ちは国技にもなっている。それに、閉所で爆発物なんて使ったりしたら自分まで巻き込まれて死んでしまう。他にも値段的な兵站の問題とか連射性の問題とか、色々あるけどね。
「動くな」
くっ、油断した。後ろに男が……でも大丈夫。ぼくは一瞬だけフェリックスを使い、天井に飛んだ。男は突然ぼくが消えたと錯覚して驚いてる。そのままぼくは敵の後ろに落下、首に手を回してこめかみに拳銃をつきつける。
「ぼくが相手で悪かったね。ボスのところに招待してよ」
「な、何者なんだ貴様」
「うふふ、ぼくはレイだよ。」
男の指示に従い数回階段を登り、甲板にあがる。奇妙なヒップホップ・ミュージックが鳴っていて、ギャング達が踊りながら麻薬を吸っている。正気な奴だけぼくに対して銃を構え、警戒する。悪いがこっちには人質がいるんだ。しかし、こんな状況でも麻薬を吸うとはなんて連中だ。
「や、奴がボスだ」
人質が指差した先には太った上半身裸の男。腹にはぼくの内股の刺青と全く同じユウガオの花で遊ぶコヨーテ。マクレーンだ……。ぼくは、奴の顔を見た瞬間、目に見えて、自分の銃を構える手に怒筋が見えた。ぼくの目からは透明の血が流れる。
人質のこめかみに引き金を引く。意図したものか、手に力が入っての過失かは、ぼくにもよくわからなかった。スライドが後退し、薬莢が放出され赤い火と赤い血が目の端に舞った。この前撃った水面のぼくを刹那に頭に思い浮かべる。その直後、新しい人質としてマクレーンの方向に銃を構える。
「や、やめてくれぇ殺さないで」
この期に及んで命乞いか。どいつもこいつもクズばかりじゃないか。散々人の命を奪っておいて、散々人の人生を吸い取っておいて、何が"殺さないで"だ。どいつもこいつも腐っていやがる。こんな世界。
ぼくはマクレーンに間合いを詰め、その汚らしい口に銃口をねじ込み、コヨーテに蹴りを入れた。肥え太る脂肪に足が食い込む。汚らしい。
「おい、マクレーン……いや、お前に名前があるのも痴がましいクソブタ。ぼくの過去について話して貰おうか。テシーは一体誰なんだ」
マクレーンの口から銃口を外す。唾液でベトベトだ。気持ちの悪い。
「待て待て、落ち着け、な?なんせ百日周期で何百人もメスガキを買ってるんで、ぶっ壊れて捨てたメスガキについては覚えてないんだ」
ぼくはマクレーンの股間に蹴りを入れた。なぜかぼくは、こいつのブツが小さいことを知っていた。
「おいブタ、このナイフでてめえの、全長がイチゴみたいなブツ切られたくなかったらさっさと答えろ」
本当にブタみたいな声で喘ぎやがるな。
「お、思い出した、蹴るな、落ち着け、お前を買った時の名前がテシーだ。誘拐した皇女とかいう名前で売られてた。美形だったんで買ったんだ。お前には親の借金を払う為に無償で貰ったとか嘘ついてたかもしれん。売った奴は火事場泥棒をしてたやつで、信用が無くて、髪を白く染めただけだろっていう理由で売れ残ってたと思う。売人の名前は忘れた」
う、嘘だろ。頭が真っ白になった。テシーが皇女?じゃ、じゃあぼくは誰なんだ。
もう一つ気になったことがある。
「なぜお前の部下はスシャーのネフィリムを持っていた?」
「ツェルーが……」
その直後銃声が鳴り響く。ぼくは撃たれたのか?いや違う、痛みがない。マクレーンを見ると、首に穴が開いて痙攣を起こしていた。撃ったのはマクレーンの仲間のギャング……?ライフルをこちらに構えている。
「おい!」
そうぼくが叫ぶと、マクレーンを撃った男はライフルを捨てて拳銃を取り出し、自らの口に銃口を入れ、引き金を引いた。そいつの後頭部に花が咲き、亡きものとなった。な、なぜ自殺したんだ。どういうことだ?
その時、甲板の向こうに、もう一つの甲板が現れた。このフロートと全く同じ鉄骨でできた要塞。そして、桐紋が背面装甲に彫り込まれたエグゾスーツが大量にこちらの甲板に乗り移る。
その入り乱れるエグゾスーツの合間に、向こうで指揮している背の高いメイベルが目に入った。
ジャミング装置を破壊したことで帝国軍のフロートをすぐ隣に転送することができたのか。ぼくは安堵と疲れで、甲板に跪いた。ヒップホップのミュージックと共に、ギャング達は敵う筈も無いエグゾスーツにライフル銃を撃ち続ける。赤い飛沫を飛ばしながら。
銃声と音楽の中で、考える。あのマクレーンを殺し、直後に自殺した男は何だったのか……。




