第3章 1節 自由の檻の中で
朝起きると鉄格子の隙間から肌に木漏れ日を感じる。太陽の烏兎匆匆。
時の鼓動とはすなわち死であり、死を糧として時は進む。太陽の死もその一つだ。
この世の中にある全ての砂粒の数を、目で見て数えられた人はいないのに、みんながみんな数字を学んで知ったような気になっている。まず常識として形成されるのが心音。これが一秒となる。そして一足す一は二、物を数で表すことを不自然に思わなくなる。物質に概念という神秘を与えるからだ。水は、一つ二つでは表せない。どう表そう。人は重さという概念を作り始めた。これが世界を大きく変え始めた。
で、出てけ!
あれからぼくはテシーという数百日下の女の子に自我を奪われそうになっている。忘却の声が心を撫でる。
まわりを見渡すと、鉄格子に囲まれていることがわかる。視力が届く限り、遠くまで檻が並んでいる。まわりには檻に入れられた裸の子供が沢山いて、ぼくもそのうちの一人だ。視界の向こうに広がる闇の中には、よく見るとボロボロのスーツを着て髭を生やした初老も多くいる。
ここはなんだ……?
数日前、ぼくは治安維持部隊に捕まって……ぼくの中にテシーが現れて錯乱してフェリックスを使うことを忘れて……つ、捕まって……
あっ!
あれから何日経ったんだ?テシーがぼくの中にいたのはどれくらいの期間だったんだ?フェリックスは三日しか効力がない……。拳銃もナイフも、奪われた……。絶対絶命的だ。
いや待て……。本来の任務は爆心地で皇太子樣を探し出すこと、そしてあの手紙についての情報を入手すること。まずは冷静になって、この檻から抜け出す条件を考えないと。
「おいそこの銀髪女!」
女性の声が聞こえた。
誰のことだ?まわりを見渡しても、
銀色の髪の人なんてぼくくらいしか……
「お前だよお前!」
え、ぼく?
「おめー鈍いな!」
声の持ち主は赤毛の美人で、胡座をかきながらこっちをむいて鉄格子に寄りかかっていた。強気の割には華奢な腕がこちらの檻の中にのびている……。
「お、お前どこかで会ったことあるか?」
「ないよ。きみは誰?」
そう、ぼくは訊ねた。
「名前を訊ねるなら先ず自分からって言うだろ?」
「そうか……ごめん、ぼくはレイだ」
「あたしはヴァルって言うんだ」
ヴァル……。変わった名前だ。ヴァル……。でもどこかできいたような?
「それでヴァル、なんのよう?」
「そうだよ、本題を忘れてた。今あんた、レイがいる部屋は窓側だ。新しく捕まった奴はまずその部屋に閉じ込められ、日にちが立つに連れてどんどん窓とは反対の、暗い方に行くんだ。昨日まであたしがその窓についた鉄格子を削ってたんだけど、一日じゃ無理だったのさ。これやるからさ、手伝ってくれよ。あと半分くらいで鉄格子は外れるから」
ヴァルはどこで手に入れたのかわからないヤスリをこちらの檻に投げ入れた。
「でもそれじゃ、ぼくが出られたとしてもヴァルは出られないじゃん」
「そこでだ、外に助けを求めて欲しい」
「あてはあるの?」
「まあ。この檻の中には流石に無線の転送装置も届かないけど、外には有線の兵士用の公衆転送装置がある。座標Б-五五七に飛べば、すぐ前にズヴィカークっていう部隊の前哨野営基地があるから、そこに飛んでくれ。ここの檻の座標はЛ-五三二。ここに解放の要請が来てると通報してくれれば、収監者はすべて解放されるだろう」
「わかった。けどさ」
「ん?」
「ここには犯罪者はいないの?全員解放してもいいの……?」
ヴァルは仰向けに転んで甲高い声で笑いだした。
「面白いこというなお前。今の腐敗した治安維持社が、犯罪者なんてまともに捕まえると思うか?ここにいるのは言うことを聞かなかった奴隷か、世界共通語を話せない奴か、識字能力のない奴か、または政治思想犯……いや、なんでもない。とにかくここにいる収監者に犯罪者なんていねーよ。何しろ、もはや治安維持社は、巨大マフィアみたいなもんだからな」
「そ、そうなんだ」
ぼくは、とりあえず鉄格子を削ることに専念した。しばらくして気付いたが、ここは糞尿も垂れ流しで毛布もなく、よく遠くを見ると死体も放置されている。こんなところにずっといたら確実に精神がおかしくなるだろう。でも、その代わり看守もほぼいないし、遠くに設置してある監視カメラもこちらを向いているカメラはボロボロで首が外れている。見張る気があるのか……?食事は定期的に有線の転送装置で送られて、黄ばんだベルトコンベアでこちらに運んでくるようだが……
スシャー連邦はメシトリの治安維持を、民営組織である"治安維持部隊"に任せていたが、これほど管理が杜撰だとは……。やはり治安維持は、国営の軍がやるべきだと思う。しかしスシャーなら結局は国営にしても同じか……。
おっと、鉄格子がガタッと落ちて床に落下した。
「よーしレイ、良いぞ!」
「じゃあヴァル、必ず迎えにくるね」
「待て」
ヴァルはこちらの檻に、
またまたどこで手に入れたのかわからない、
ナイフを投げ入れた。
「護身用だ、持ってけ」
「ありがと」
ぼくは鉄格子をするりと通り抜け、外に出る。数日ぶりの新鮮な空気に肺を踊らせ、第一歩を踏み込んだ。




