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名もなき神学者の偽書  作者: уТ
第2章 パンタレイ
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第2章 6節 皇帝フウイヌム

 ぼくは今、チェーカー第七地区の中央司令舎内部、事務所のような場所で座っている。机の上には紅茶。机の向こうにはツァラトゥストラが立っている。

「レイ、あの戦闘の後、麻薬カルテルの死体から出てきたんだけど……」

ツァラトゥストラが懐から一枚の手紙を出す。

珈琲でもこぼしたかと疑うくらい土で汚れた紙に、アルファベットの筆記体で文字が書かれている。言語はメシトリ語ではなく世界共通言語か?


《スシャー連邦共和国、国家安全保障会議直属、ツェルー様へ》


 宛先にはそう書いてあった。ツェルーは正式名称国家安全保障会議直属中央情報局、空軍や防空軍とは独立して動く諜報活動や非合法工作活動を行う組織だ。情報軍といえばわかりやすいか。ぼくたちチェーカーも幾度と間接的に妨害工作を受けたことがある。例えばこの手紙を持っていた麻薬カルテルや、ぼくたちチェーカーを制圧せんとする治安維持社に資金提供をしているのもツェルーだと噂される。手紙の内容は、メシトリがスシャーに対して兵器を発注し、協力関係を確固たるものにするというものだ。

「これがどうかしたのかツァラトゥストラ」

 ツァラトゥストラは眉をひそめて口を開く。

「最後をみてよ、これ」

ツァラトゥストラはぼくが持っていた手紙に指を指す

《"二三〇九四二一日。メシトリ藩国、藩主帝勅書"》

「藩主帝勅書だと……!?皇帝陛下の詔か。しかもこれは五千日以上前のものだ。なぜ麻薬カルテルなんぞがこんなものを持っているんだ」

「私にもわからないわよ。でも、あのネフィリムや死亡時に自動でモメントを起動するシステムに関係はありそうね。帝国の兵器を麻薬カルテルが鹵獲、あるいは兵器を所有する何らかの勢力と協力関係にあるのかも……」


 皇帝(ラストエンペラー)……その名は、ソフィスティ・フウイヌム。ぼくの記憶が無くなる少し前、"民主主義的な議決"が執り行われ、皇帝の作った亡命政府が存在するとされていたメシトリのハーネスブルグが核兵器により徹底的に殲滅された。しかし、それ以前に皇帝は崩御されており、その核投下は帝国にとって壊滅的であった。皇太子は行方不明、位の高い貴族もほぼ全て死んでしまっていた。


 中央司令舎の資料室にある歴史の専門書によると、フウイヌム帝国は元々スシャー連邦共和国首都のスシャーに存在しており、民主主義革命が起きたため、封建制にあったメシトリ藩国に亡命政府を樹立したらしい。

 それから烏兎匆匆を経て、フウイヌム亡命政府とメシトリ藩主はフウイヌム皇室を存続させることを条件とし、藩国としてスシャー連邦共和国に編入された。しかしそれがフウイヌム亡命政府のアキレス腱となった。

 スシャーは突如としてメシトリを民主主義に反する悪の帝国と呼称し、ツェルーの支援を受けた治安維持社が侵攻を開始した。いや、それまでにも入植、同化、言語排斥等で帝国臣民のアイデンティティを蔑ろにしていたスシャー中央政府だったが、それが等々、核兵器の使用という暴挙にまで発展したのだ。


 今や世界で最も影響力を持つスシャー連邦"共和"国、いや、世界の中央政府スシャーは、自国の連邦構成主体に対する攻撃という暴挙さえも可能とした。敵の敵は味方、ではないがこの事実を知ったぼくは、ますます自由資本を掲げるスシャーが憎く感じ、フウイヌム帝国を愛おしく感じた。


 帝国とはある意味、皇帝が富を分配する社会主義国だからだ。もちろんそうでない帝国、ブルジョアをつけあがらせる帝国も世の中には存在するが、フウイヌム帝国は歴史書を見る限りは史上、最も社会主義的であった。


 欲で固められた資本主義国スシャー。核兵器の使用と衆愚主義で血脈を途絶えさせたスシャー。ぼくはこの国を絶対に赦さない。スシャーを。絶対に倒す。ぼくはこの今はなき皇帝陛下の直筆をみて、そう思った。この文字が踊って、面影を見せてくれている。フウイヌム帝国の、繁栄を見せてくれているんだ。


「随分と険しい顔をしてる。レイ、どうしたのよ?」

「ツァラトゥストラ、スシャーを絶対に倒そう」


ツァラトゥストラは、ぼくが持っていた皇帝陛下の勅書を取り上げると、懐にしまった。


「レイ。貴方はこれ以上君主主義という幻想に傾倒したら、確実に上下という概念に呑まれる。現実に足をすくわれてね。自然状態、原始共産型社会とは本来助け合い、人間関係には上下さえ存在しない。そうあるべきなのよ。その為の社会主義でしょう?」


 ツァラトゥストラは古典フウイヌム語の学術書を資料室に置いてくれない。それどころか、帝国を毛嫌いしているように見える。帝国という存在は、本来完全なる平等を目指す共産主義の弊害になるからだ。

「ツァラトゥストラ……!なぜわかってくれないんだ。共産主義なんて幻想なんだよ。社会主義は、君主制と両立できるんだ」


 ぼくとツァラトゥストラは机を間にしてお互いを睨み合う。

「失礼致します!空軍情報科所属、バン・マクドネル曹長であります。」

「なによ、こんな時に。私になにかよう?」

ツァラトゥストラがそう言って曹長を見下す。

「はっ、数千日前に消息が途絶えていた諜報員の男は記憶にございますでしょうか?」

「そうね、確かに数千日前にメシトリで消息が途絶えていた諜報員がいた。核で死亡したことになっているわね」

「それが……今さっき、バイクを用いて第四地区に自力で帰還したとの報告があったのです。そして、その諜報員が、メシトリ・ハーネスブルグのグラウンドゼロで皇太子を目撃したと」


 な、皇太子樣が生きていただと?しかも爆心地で?度重なる核投下で、行方不明者が多いが、まさか皇太子様が生きているとは。


 放射能の除染には、マイクロマシンを用いてもおよそ五百日程はかかる。核が投下されたのはおよそ千日前。かろうじて除染は終わっているが、皇室は核を直撃しているはずだ。


ツァラトゥストラはマクドネル曹長に下がるように促したあと、こちらをむいた。開いたドアから入る逆光で、ツァラトゥストラの表情はよく見えない。


「いいわ。レイ。貴方がメシトリに行きなさい。過去と戦い、呪縛を殺すのよ」

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