第7章 『突然』
夏休みはあっという間に過ぎていった。部活も合宿があったりして、少し速くなったんじゃないかと思う。今年の夏休みはいつもより早い。
でもそれは、やっぱり凜のおかげなんだと思う。夏休みも部活の終わりにちょくちょく通っていた。
その日も例によって凜のもとへ行き、談笑に華を咲かせていた。
「そうそう、だから俺、断るわけにもいかなくて……」
「へえ〜」
と、凜がケホケホ、と2つ咳をした。
「大丈夫?」
「うん、平気だよ」
そうは言うものの、何だかボーッとしている。
「本当に大丈夫?何かボーッとしてるよ?」
「う〜ん……そうね、ちょっとだけ疲れてるかも」
「そっか。じゃあ今日は帰るよ」
「ごめんね。せっかく来てくれたのに」
「何言ってんだよ。ゆっくり休みなね?また来るからさ」
「うん、ありがとう」
「それじゃあね」
「うん、さよなら……」
凜の部屋を出て、病院の入口まで来た。ふと、凜の部屋のある方を見上げる。
(……。)
何だろう。胸騒ぎがする。とても嫌な胸騒ぎが。このまま帰っていいんだろうか。何だか、このまま帰ったら、もう2度と会えなくなってしまう気がする。
僕は一旦凜の部屋の前まで戻って来た。と、中から咳が聞こえる。そこまで大きいものではなかった。しかし、次の瞬間、
「ッ……!!ゲホッ、ゲホッ!!」
(!!)
突然それがとても苦しそうなものに変わった。僕はたまらず中に入る。
「凜!!」
ふと床を見ると、赤いものが2つ3つ……。
(血を吐いたのか?)
ドスン!!突然大きな音がしたかと思うと、凜がベッドから転げ落ちていた。そしてそのまま動かない。
「凜!!」
僕は凜を抱き抱える。しかし反応がない。
(嫌だ……)
「凜!しっかりしろ、凜!!」
しかし動かない。
(嫌だ……!!)
「凜!!おい、凜!!」
僕は我を忘れ、ただただ呼び掛けることしか出来ない。
(嫌だ!!!)
僕はようやく、側にあったボタンに目が行った。
(ナースコール……)
僕は夢中でそれを押し続けた。程なく看護婦さんが駆け付けて、先生を呼んでくれ、そのまま凜は手術室へと運ばれていった。
「カチッ」
「手術中」のランプが赤く光る。僕はその前のベンチに座りただ祈り続けた。
(どうしよう……)
例えようの無い不安が襲って来る。もし、凜が助からなかったら……。このまま会えなかったら……。弱気になってしまう。
嫌、これじゃ駄目だ。神様、どうか彼女を助けて下さい。まだ死なせないで下さい。助けてくれたら、僕は何だってします。本当です。一生のお願いです。どうか、彼女を助けてやって下さい。
「悟っ!!」
剛が大慌てでやって来た。
「剛……」
「凜ちゃんは?」
僕は「手術中」の字に目をやる。
「そうか……」
僕はまた下を向いた。すると剛が僕の肩を叩く。
「大丈夫だ。あの娘は助かる。きっと助かる。あんないい娘が死ぬわけねえ」
「剛……」
「お前のことを好きになってくれるような奴なんてな、よっぽどのいい娘に決まってんだよ!」
剛はニッと笑う。それを見て泣きそうになる。
「なんだよ!元気だせ!大丈夫だから、な?」
「うん……」
ふと、向こうの方からバタバタと2人走って来る。40歳ぐらいだろうか。
「凜!!」
そう叫んで、僕らの前に来た。
「悟君……だね?」
「そうですけど……」
「私は……高木圭一。凜の父です」
背は180センチぐらいだろうか。見るからにして優しそうだ。側にいるお母さんも優しそうだ。やはり、この親あってあの子ありだ。
「凜から話は聞いてるよ。よく凜の話し相手になってくれてるそうだね。本当は私達も、毎日でも行きたいところなんだが、仕事に追われてそういうわけにいかなくて。だから、君には感謝しているよ」
「そんなこと……」
「まあ、今はそんなこと言ってる場合じゃないか……」
ご両親は2人ともとても心配そうだ。お母さんは泣いてしまっている。そりゃそうだ。実の娘が生死の境をさまよっているのだから。
時間が過ぎていく。もう12時を回っていた。
「ブツン」
手術中のランプが消えた。その場に緊張が走る。鼓動が急に速くなった。
みんなが固唾を飲む中、先生が出て来る。
「先生!!娘は……凜はどうなんですか!?」
お父さんが大声で言う。
すると先生は、それまでしていた厳しい表情をフッと解いて言った。
「大丈夫。一命は取り留めました。手術は成功です」
「本当ですか!?」
僕は立ち上がった。思った以上の大声が出て、ちょっと恥ずかしくなった。
「ええ。ただ、しばらくは安静にしていないと……」
「そうですか」
「やったじゃないか悟!!助かったってよ!!」
「うん……うん……」
僕はその場にへたりこんでしまった。何だか力が抜けた。
「それじゃあ皆さん、今日はもう遅いのでお帰り下さい」
看護婦さん達が帰るように促す。仕方なくみんな帰る。が、どうしても帰りたくない、と思った。側にいたい。どうしても。
「あのっ!」
僕は振り返って叫んだ。
「何です?」
「その……彼女の側に居ては駄目ですか?」
「いや、でも……」
「その……あんなことになって、起きた時に誰も側にいなかったら、とても不安になると思うんです。お願いです、彼女が起きるまででいいんです!側にいさせて下さい!」
僕は先生に懇願する。必死に頭を下げた。
「俺からもお願いします!コイツを側にいさせてやって下さい!」
剛も一緒になって頼んでくれる。先生達は困惑している。まあそうだろう。無理は承知のうえだ。
「私からもお願いします」
と、お父さんも頭を下げていた。
「おじさん……」
「きっと娘も、君がいる方が嬉しかろうからね」
ニッと笑う。先生達は少し考える。そして、
「わかりました。いいでしょう。ただし君だけ。それと、起きたらすぐに帰ること。いいね?」
「先生……!」
そして僕は、寝ている凜の側にずっと座っていた。凜はまだ意識が戻らない。眠っているかのようだ。こうしていると、色々考えてしまう。
(凜……)
手術は成功したらしいけど、もしこのまま意識が戻らなかったら、もし凜がいなくなったらどうしたらいいのか、仮に意識が戻ったとしても、また同じようなことがおきないだろうか……。どんどん不安になる。
すると突然、凜がゆっくりと動いた。意識が戻ったのだ。
「凜……!」
「悟……君?」
「凜……!!」
凜の声を聞いた途端、さっきまで考えていたことは全てどこかへ行ってしまった。凜が生きている、今はそれがただ嬉しかった。とめど泣く涙が溢れてくる。
「どうして……そんなに泣いてるの?」
「だって……だってよ……」
涙でぐじゃぐじゃになって、言葉にならない。よかった。本当によかった。
「悟君……」
凜は体を起こす。
「あのね、ずっと夢を見てたの」
「夢?」
「うん。階段が目の前にあって、それを登らなきゃいけないって気がして。どんどん登っていってたの。そしたらね、キミがまだ行っちゃダメだ!って、私を連れ戻してくれたの。多分、あのまま登ってたら私、死んじゃってたんだと思う。また、助けられちゃったね」
凜は笑う。それを見て、また涙が溢れてきた。
「よかった……本当によかった……」
「悟君……ありがとう」
凜も泣いていた。2人して、ずっと泣いた。ただただ嬉しくて。
しかし、やはり凜の容態は、予断を許さない所まで来ていたのだった……。




