第5章 『素直な気持ち』
あれから3週間がたとうとしていた。僕は結局、あれ以来1度も凜に会いに行っていない。あんなことがあって、自分でもどうなのかよくわからなくて。
さらに期末テストも近いので、勉強もしなければいけなくなり、色々忙しいというのもあいまって、行かなくなった。
「はあ……」
たまにグラウンドから病院の方を見てみるが、凜の部屋のカーテンは閉まったままだ。ただ、明かりが点いているので、退院したとかではないようだが。
「同情で来てくれるんなら、もういい!!」
あの言葉が、今でも頭の中で時折繰り返される。同情のつもりで行ってたとは思わない。でも、それならどうして行ってたんだろう?それがわからない以上、あんな風に言われても仕方ないのかな。
「じゃあ明日からテストだから、ちゃんと勉強しとけよ?」
そうだった。明日からテストなのだ。とりあえず帰って勉強をしよう。そうしたら、少しは気が紛れるだろう。
しかし、それは甘かった。考えないようにすればするほど、かえって気になってしまう。おかげで全く勉強に身が入らない。
「何なんだよ……」
僕はやる気を無くして寝転がる。すると、部屋のドアがノックされる。
「悟!友達が来てるわよ!」
「友達?」
誰だと思いつつ、玄関へ。
「よっ、久し振り!」
そこにはギプスも何もしていない剛がいた。退院したらしい。
「昨日退院したんだよ!」
「で、何だよ?俺今テスト勉強してんだけど」
「な〜にがテスト勉強だよ!どうせやる気無くして寝てたんだろ?」
悲しいかな、図星だった。仕方無く、剛を部屋を招き入れる。
「まあまあ、せっかくこうしてノロケ話を聞きに来てやったんだからさ」
「ノロケ話?」
「ほれ、あのお前がよく会いに行ってる娘だよ」
「ああ……」
僕は少しためらってから言った。
「行ってないんだ。しばらく」
「え?何で?」
僕はこの間何があったのか話した。剛も顔が真剣になる。
「なるほどねえ。そんなことが」
「それでさ、なんか行けなくなっちゃって、彼女、もう俺に会いたくないだろうし、行って無理させるのもな……」
剛は少し考えている。そして、こっちをまっすぐ見て言う。
「お前さ、彼女がどういう気持ちでそう言ったと思う?」
「え?」
「だから、もう来なくていいって言ったことだよ」
「えっ、そりゃあ、鬱陶しいから来るなってことじゃ……」
「本当にそう思うか?」
「えっ、違うのか?」
「恐らくな。お前が出てった後、彼女どんな様子だった?」
僕は去り際に1度だけ振り返った。すると彼女は……。
「泣いてた……」
「なるほど。もしもお前のことを本当に鬱陶しいと思っていたとしたら、何で泣くんだ?清々した、ってなもんだろ?」
確かにそうかもしれない。少しくらいスッキリしていてもいいものだ。でも……。
「じゃあ、何で泣いてたんだ?」
「きっと、彼女が行ったのは本心じゃねえ」
「え?」
「思うに、あれはお前の為を思ってのことだ。その前の無理してないかっていうのもな」
「え、どうして?」
「わかんねえのか?考えてもみろ、お前のことが嫌いなら、もっと早い段階で追っ払ってる筈だ。それに、彼女はお前の名前を知っていた。何でだと思う?」
「……同じクラスだったから?」
剛はチッチッチッと指を振る。
「すぐに入院しちまったんだろ?そんな娘がクラス全員の名前、覚えてねえよ」
「じゃあ、どうして」
「まだわかんねえのか?ホンット鈍いなあ……」
やれやれ、とでも言いたそうだ。
「向こうはさ、お前のこと、好きなんだよ」
思わずドキン、とした。
「な、何言ってんだよ」
「彼女、辛かったんじゃないか?お前に無理をさせまいと、気を遣ったこと。本当は、待ってるんじゃないか?」
「何を……」
「だから、お前が来てくれるのをさ」
「で、でも……」
まだ渋っている僕を見て、剛は呆れ顔だ。
「じゃあさ、お前はどうなの?」
「え?」
「何で彼女の所によく行ってたわけ?彼女の言うように、同情なのか?」
「違う!!」
「じゃあ、何でだ?」
「そ、それは……」
凜に聞かれた時もそうだった。同情じゃない、それは否定出来るのに、じゃあ何故かと聞かれると答えられない。
「よく考えてみな。初めて会った日のことからさ」
初めて会った日……。かわいいなと思った。それで、こんな娘が自殺するなんて駄目だ、助けたいと思って、止めようとした。
それは勘違いだったけど、独りぼっちだと聞いて、何かしてやりたい、力になりたいって思った。
そして話してると楽しくて、いつしか会いに行きたくなっていた。それで、会わなくなって、今僕は辛い。
「……!」
「やっと気がついたかよ」
剛がニッと笑う。
「俺……凜のこと、好きなのか……」
なんだ。そんな簡単なことだったんだ。今まで会いに行ってたのは、同情とかそんなんじゃない。ただ、僕が、好きな人に会いたかっただけなんだ。
「それがわかったのなら、やることは1つだよな?」
そうだ。彼女に会いたい。会って、自分の気持ちを伝えるんだ。もしかしたら、また突き放されて、辛い思いをするかもしれないけれど……。
とは言え、やはりしばらく振りなので、病院まで行くのに少し勇気が要った。
「ったく、なんで俺まで……」
剛が不満を漏らす。
「いいじゃないか。頼むよ」
「でも俺、入口までだからな。先に帰るぜ」
「そうか……」
「ま、しっかりやれや。自信持ってな」
そう言って剛は帰って行った。
凜の部屋の前まで来た。ドアの前に立つと、心臓が凄い勢いで高鳴っていく。もしまた突き放されたら……。その思いがなかなかドアをノックさせてくれない。
と、携帯のバイブが鳴る。病院では切らないといけないのを忘れていた。それには「コラ!」と一言
(剛の奴……)
僕は少し笑った。何だか勇気が出て来た。そして思い切ってドアをノックする。「はーい」と声がする。これを聞くのも久し振りだ。
凜にしてみれば、看護婦さんが来たと思ったのだろう。僕を見ると、大層驚いた様子だった。
「ひ、久し振り……」
「うん……」
どこかぎこちない2人。そりゃそうだ。会うのはあれ以来なのだから。
「いろいろ……」
「え?」
「いろいろ……考えた。俺、ここに来なくなってから。それで、それを伝えに来た」
1つは自分のトラウマのこと。凜には話しておきたかった。それに、「私のせい」というのへの弁明の意味もこめて。
凜は黙って聞いている。
「それともう1つ」
僕は1つ深呼吸をする。
「何で、ここに来てたかっていうと……」
緊張しているのが、自分でも痛いほどわかる。凜は下を向いて、目を合わさない。
「同情で来てるのかって言われた時、何も言い返せなくて、そうだったのかなって、自分でも思ったりした。でも、あれから考えた。どうして来てたかって。半分くらい、剛、ああ、友達に教えられちゃったけど」
僕は凜をまっすぐ見つめて続ける。
「俺さ、最初、君の力になりたい、君の為だ思ってた。でも、だんだん話してるうちに、俺の方が来たくなって、会いたくなって……。この3週間、なんかつまらなくてさ」
僕は立ち上がった。
「俺……上手く言えないけど、君が……凜が……好きだ。好きなんだ。だから、会いに来たんだ」
しばしの沈黙。やがて、凜が口を開く。
「あの日……」
「ん?」
「初めて会った日、あの夕焼けの日、覚える?」
「ああ、俺が勘違いしたヤツ」
「あれね、実は勘違いじゃなかったの」
「……え?」
「私ね、小学校、中学校とあんまり学校行けなくて、高校こそはって思ってたのに、また長く入院しなきゃいけなくなって、もう凄く嫌になってたの。だからあの時、本当に死んじゃおうって思った」
それは、とても衝撃的だった。そんなことがあったなんて。
「そこへキミが来てくれた。あっ、入学式の時に見た子だって。まるで王子様が助けに来てくれたみたいだった。だから、あの時本当にキミは助けてくれたの」
「そうだったのか……」
「それから、キミが……悟君が会いに来てくれるようになって、私、凄く嬉しくって、それからは一番の楽しみになった。それでどんどん好きになって……でも、ある時思ったの」
凜は窓に目をやる。
「私のせいで、悟が無理してるんじゃないかって。悟君はさ、優しいから、忙しいのに無理やり来てくれて、他のことに支障をきたしちゃうんじゃないかって」
「凜……」
「それで悟君が嫌な思いをしたら嫌だって思って……。本当はすごくすごく会いたいのに、私、強がっちゃった」
凜は目にうっすらと涙を浮かべている。
「バカだよね……。自分で来ないでって言ったのに、ずっと寂しくって泣いてばっかりだった。何であんなこと言ったんだって、自分を責めたりした。でも、今、すごく、嬉しいよ」
僕は思わず彼女に抱きついた。彼女は僕の胸に顔を当て、泣いた。
「うっ……うううっ」
「ごめんな。寂しい思いさせて」
「ううん、いいの。ありがとう。ありがとう……」
僕らはこの日、初めてわかり合えたのだと思う。止まっていた時間が、動き出したような気がした。素直になってよかった。勇気を出してよかった。もう、凜に寂しい思いはさせまい、そう心に誓った。
空には、ちょうど一番星が輝きだしていた。




