第2章 『音色』
「あっはっはっは!!」
またも病室に馬鹿でかい笑い声が響き渡る。
「それで助けようと思ってズッコケたのか!バッカで〜!」
例の女の子に会った次の日、また剛の見舞いに来た。そして昨日のことを話してみるとこのありさま。
本当にでかい声だ。剛の病室は3人くらいの相部屋だが、他の2人は最近退院したらしく、今は剛1人だ。
だが、それは幸いだった。何故なら、他に誰かいる時にこんなでかい声で笑おうもんなら、どんなに怒られたかしれない。
それにしてもまだ笑っている。僕はいい加減腹が立ってきた。なのでギプスを軽く小突いてやった。
「おおっ……」
痛そうだ。どうやら怪我人は怪我人らしい。
「いててて……」
ギプスを擦る剛。昨日の子だが、どうやら別に死のうとしていたわけではなかったらしい。ただ夕焼けを見に来ただけだという。
「またやっちゃったな……」
僕は人に言わせると、ちょっと抜けているらしい。所謂「天然」というヤツなんだそうだ。
みんなは悪い意味で使っているのではないようだけど、何だか言われてあまり気分の良いものではない。
だって、こっちは真面目にやってるのに、笑われたりすることもあるのだ。そんなの、たまったもんじゃない。そりゃあ、よく転ぶし、忘れ物は多いけど……。
「まあ、でもお前らしいよ」
さっきまで痛さで悶えていた剛が座り直す。ようやく収まったようだ。
「その子が本当に死んじゃうんじゃないかって、ほっとけなかったんだよな。そういうの、悪くないぜ」
さっきまで爆笑してた奴の台詞とは思えない。でも、それで少し機嫌が直った。
「それで?その子とは何か喋ったりしたのか?」
「……いや、別に」
「何で?そんなチャンスめったに無いぞ?」
「それが……」
実は飛び降りようとしたのでは無いとわかった後、何だか恥ずかしくなってそのまま帰ってしまったのだ。だから名前もここに入院してるのかどうかもわからない。
「か〜もったいねえ!」
自分のことの様に悔しがる剛。
「俺だったら絶対にその場で口説いたのになぁ!」
剛は典型的な女好きで、かわいい娘を見掛けては、声を掛けずにはいられない、というような奴である。あの場にいたのが剛じゃなくてよかった。
すると、看護婦さんが入って来た。そろそろ帰った方が良さそうだ。
「じゃあ、また来るよ」
「おう、またな。」
剛の病室を出た後、時計に目をやった。5時を少し過ぎたぐらい。昨日あの娘にあったのと同じくらいの時間だ。
(ちょっと、もう1回行ってみるかな……)
どの道後は帰るだけだったし、また夕焼けを見てから帰るのも悪くない。それに、もしかしたらまたあの娘に会えるかもしれない。
屋上に出ると、昨日と同じように夕焼けが広がっていた。やっぱりここから見る夕焼けは凄い。本当に空一面オレンジ色で、下の町並みを見ると、えらく小さく思えた。
そして僕は夕焼けに見とれながらも周りを見渡して見た。
(……いた!)
やはりいた。昨日と同じ所に。僕はゆっくりと彼女の近くへ歩いて行った。近くで見ると、その姿は綺麗だった。思わず見とれてしまう。
と、視線に気付いたのか、その娘がこっちを向いた。僕はドキッとする。
「や、やあ」
僕はぎこちない挨拶をする。
「よ、よくここに来てるの?」
彼女は少しこっちを見ると、また正面を向き直した。ちょっと間が出来る。
「ここはね……」
その娘が口を開いた。
「入院したての頃に、看護婦さんが教えてくれたの。凄いんだよって」
「そうなんだ」
「それで、キミの言うように、よくここに来てるの」
少し微笑む。
「長いこと入院してると退屈で、ここに来るのが楽しみなんだ」
「どのくらいいるの?」
彼女は側のベンチに腰掛け、少し考える仕草をする。
「もう、1年ぐらいかな?」
「そんなに……」
僕も隣りに腰掛け……ようとしたが、ちょっと離れて座った。この根性なし、と頭の中で誰かが言う。しょうがないだろ、とそれに言い返す。
なんせ僕は女の子と付き合ったことなんてなかったし、あまりまともに話したこともなかったのだ。
「でも、昨日は驚いちゃった。だってキミがいきなり走って来るんだもん」
「あっ、あれは……」
「私を助けようとしてくれたんでしょ?なんだか嬉しかった。ありがとう」
そう言って向けられた笑顔に、僕は思わず目をそらしてしまった。
「あっ、名前言ってなかったね。私、高木凜」
高木凜……どこかで聞いたような。何処でかはわからないが、初めて聞く名前ではない気がした。
「よろしく、僕は……」
「会田悟君でしょ?」
驚いた。彼女は僕の名前を知っていたのだ。
「えっ、俺のこと知ってるの?」
当然の疑問を投げ掛ける。すると彼女は立ち上がった。
「そろそろ部屋に戻らなきゃ」
クルッと振り返り歩き出す。が、途中でつまずいて、よろける。
「危ない!」
僕はとっさに抱き抱えていた。
「ありがとう。また助けられちゃった」
凜はニッと笑う。僕はそのまま、彼女の病室までついて行った。
病室は3階の、剛の病室とはちょうど反対側にあった。凜は、ベッドに腰掛ける。
「さっきの話……」
「え?」
「何でキミのことを知ってたかって言うとね……」
言いながら、窓の方を向く、そっちを見ると、見慣れた光景があった。
「グラウンド……」
それは、僕が普段部活で走っている、学校のグラウンドだった。
「いつもあそこを走ってるでしょう?私走れないから、いつもここから見てたの」
そうか。ここは学校の近くだった。ん、学校?
「あっ……」
僕はハッとした。さっき気になったことがわかった。
「もしかして、1年の時に同じクラスだった?」
「……覚えててくれたの?」
彼女は嬉しそうだ。そう、僕は彼女と同じクラスだった。ただ、入学式から数日して、すぐに入院してしまったため、話したことはなく、いつも席が一つ空いていた。
「クラスの子は、来たりするの?」
彼女は首を横に振った。
「ううん、ほら、私入学式のちょっと後には入院しちゃったから、友達ができる間もなくて」
それにしたって全然誰も来ないなんて、薄情なもんだと思う。自分のことは棚にあげて。
「お父さんとか、お母さんは?」
また首を横に振る。
「2人ともね、仕事が忙しくて。お父さんは仕事柄、よく海外に出張に行くんだ。でもそれだけじゃ足りないからって、お母さんも働いてるの。休の日には、たまに来てくれるんだけど」
「そっか……」
どうやら凜は独りぼっちのようだ。1人でこんな所にいるのが、どれほど寂しいだろう。
それでも彼女は平気だよ、とでも言うように笑ってみせる。何かしてやれることは、ないだろうか。
「じゃあ、俺が……」
「え?」
「俺がさ、ちょくちょく来てさ、話し相手になるっていうのは……だめかな?」
僕はちょっと勇気を出して言ってみた。彼女はちょっと驚いた顔をしている。が、
「本当!?」
初めて聞く大きな声だ。どうやら喜んでくれているようだ。少しホッとした。
ふと、凜の側にキーボードがあった。
「これは?」
「それはね、お母さんが使ってたのをもらったの。私、小さい頃から体弱くて、外に遊びに行けなかったから、いつも家の中で弾いてたんだ」
確かに、年季の入った感じがする。
「じゃあさ、何か弾けたりするの?」
「ええ」
「ちょっと、弾いてみてよ。聴いてみたいな」
「うん、わかった」
そう言って彼女はキーボードに向かう。そして指を動かしていく。その指さばきと同時に、いくつもの音が生まれていく。
その音と音とが重なり合って、いくつものハーモニーが生まれていく。
(うわあ……)
僕はクラシックなんてわからない。これが誰の何という曲かもさっぱりだ。けれど、彼女が奏でる音色は、不思議と僕の胸に響いた。楽しげだったり、時に激しく、優しくもあり、でも、どこか寂しげであるようにも感じられた。
弾き終わってこっちをみた凜の顔は、少し驚いたようだった。
「どうした…!」
すぐに気付いた。僕は、不覚にも涙を流していた。
「まいったな……」
「ふふふ……」
「ははは……」
2人して、笑った。これから何か、素敵なことが待っていそうな気がする、そんな再会だった。




