6.酒場
ここ数日、王都に降り続いた雨は上がったが強めの風が吹いている。ここ数日暖かくなっていたが、陽が暮れ風のある今日は寒さがぶり返している。こんな様子じゃあ、さすがに表通りの店は何所も早い時間に閉めている。まあ、こんな路地裏にある酒場に来るような客には、大した影響はない。いつもの”裏”の人間や”脛に傷”が有る男達が集まってくる。
グラスを磨きながら薄暗い店の中を見渡せば、強面の常連が強めの酒を片手に相も変わらず管を巻いている。他の卓では賭けのカードをしたり、何か物騒な話でもしているのだろう客もいる。何時もの店の雰囲気だった。
”カラン”と扉のベルが渇いた音をたてる。そちらを見ると、フードを深くかぶったマント姿からも分かる長身痩躯な者が立っていた。カウンターを確認すると広い歩幅でこちらに向かって来る。
カウンターのハイチェアに座ると片方のグローブを外しフードを下ろした。そこから現れたのは、腰まである黒髪が印象的な、少し歳がいった貴婦人が現れた。ただ、マントの下に見えるのは華やかなドレスではなく使い込まれた革鎧を纏っている。整った顔には少し疲れを見せている。
「葡萄酒を一杯くれないかい」
「ああ。何かつまみも用意するかい」
「貰おう」
「姐さん、あんた最近街に来たのかい?」
この酒場じゃ珍しい女の客の隣に腰掛けながら男が声を掛ける。ここらを取り仕切る情報屋のボウラだ。勘のいいボウラから話し掛けるてぇ事は、この美人なねえさんに何か引っかかるものを感じたのだろう。
「なんだい、淑女に声を掛けるんならもう少しお上品にするんだね」
「そりゃすまない。こんなとこで飲む人間だそんなご上品には出来てないんだ」
「おい!俺に店をコケにしているのか?二度と酒ださねえぞ」
「そりゃ悪い!おやじぃ俺にも酒を何時ものやつだ。で、”姐さん”俺はここら辺を纏めてるもんだ。
ついでに情報屋もやってるんだ。なんか用件があるなら俺が聞こうじゃないか」
「そうかい。代価になにを望んでいるんだい。今は旅の途中で金を掛けるのはまずいんさね」
「代価ねェー?金でもいいんだが、”姐さん”あんたどこから来たんだい。それによっちゃあ、そこの情報でも構わねぇんだが。ていうか、そっちの方が俺はいいんだが」
「そうさねぇ・・・。今日の所は遠慮しようかねぇ。だが、しばらくは街に居るつもりだから、今度改めて話をさせて貰えるかい?この酒場に来れば連絡取れるんだろ」
「ああ。おやじぃ聞いての通りだ、こちらの”姐さん”から俺がいない時に依頼があったらいつもの様に連絡をくれや」
「まったく、俺はお前の所の者じゃあ無いんだが。わかった、いつものでいいんだな」
「わりぃな、たのんまぁ。じゃあ、”姐さん”そういう事でこの店で繋ぎを取れるからよろしくな」
「了解した。ああ・・・そう言えば名乗って無かったねぇ。あたしは、ジーナだ。宜しく頼むよ」
「俺はボウラ。こちらこそ宜しくな」
その後、ボウラは元の席に戻りジーナと名乗った女は、手元の酒を飲みほして席を立つ。
「そうだ、おやじさん強めのいい酒を売ってくれないかい?」
「ひと瓶でいいかい?」
「悪いねぇ」
カウンターの上に代金を置き、代わりに酒を受け取って店を後にする。
少し時間を置いてボウラがカウンター席に戻ってくる。
「おやじぃ、あの姐さんどう見る」
「ありゃ相当に腕が立つんじゃないか。俺は、切った張ったは専門じゃぁないが」
「俺もそう思うな。それも、その辺に居るごろつきが束になっても勝てねえ。いや、この国の騎士でも、そうはいねぇんじゃないか。女でそんな腕のある騎士の話は・・・隣国でも聞いた覚えがねぇ。おそらく遠方の国の元騎士てところか」
「しかし、あの様子は人目を避けていたようだ」
まあ、忍んでも人目に付く外見と雰囲気を纏っているんだが。
「おやじもそう思うかい。訳ありなんだろうが・・・、おい!おまえら、あの姐さんには手ぇ出すんじゃぁねえぞ」
ボウラは、酒場にいる奴らに声を掛ける。そして、頭を掻きながら誰に聞かせるでもなくつぶやく。
「えらい別嬪さんなんだが・・・。怖いねぇ」
「帰ったよ。どうだい、少しは良くなったかい」
そう言って姉貴が部屋に入って来た。椅子の背に手に持っていたマントを掛けて、そのまま椅子に座り足を組む。
「ああ、薬も効いたのか楽になってきたよ」
「そうかい。ほら、土産だよ」
姉貴が瓶をテーブルの置く。
「酒かい!」
「ああ、酒場のおやじさんに、いい酒と頼んで買ってきた」
ベットから起きて酒に手を出そうとすると、姉貴に叩かれる。
「後にしな!まったく、酒に目がないのは相変わらずなんだからねぇ。ところで、ファムは何所に行ったんだい。あんたの看病に残して置いたんだが」
「さっき、宿の調理場借りて夕食作るって言って下に降りて行ったけど」
「ああ、すれ違いかい。じゃあ、話はあの子が戻って来てからにしようかね。・・・・はぁーー」
「姉貴、なんかあったのかい。ため息なんかついて」
「はぁーー。裏路地の酒場に行って、この辺を取り仕切っているって言う奴と話をしたんだけどねぇ・・・」
また、姉貴がテーブルに突っ伏しながらため息をついた。何と無く話が読めたけどひとまず話を聞く。
「どう見ても胡散臭い奴だったんだけど・・・。そんな奴に『姐さん』て呼ばれた。それも、あれは同類と見られたみたいだ」
「姉貴・・・」
思わず笑いそうになるのを堪えながら姉貴の方を見る。女のあたしが見ても洗練された大人の女性なんだけど、その口調や姉御肌の性格から周りの人間に勘違いされるんだよね。本人は、意外と気にしているみたい。
「相手に信頼されたと言う事でいいんじゃない?」
「そうなのかねぇ」
姉貴は、そう言ってテーブルに置いてある水差しからコップに水を注ぎ口を付ける。その後は、街の様子なんかを聞いて妹が戻ってくるまで待つ事にした。
妹が料理を載せたトレーを片手に持って部屋に入ってくる。
「ジーナ姉ぇ帰ってたんだ」
「さっき戻ったところだよ」
「ジーナ姉ぇ、食事はどうするの?作ってこようか」
「後で食堂に顔を出すから今はいいよ」
「そう。ディア姉ぇベットから出れる?スープとパン用意したけど」
「大丈夫、テーブルで食べるよ。姉貴、ファムも戻って来たし話しながらでいいかい」
「ああ。じゃあファムも椅子に座りな」
妹二人とテーブルを囲みながら話をする。
「路地裏の酒場に行って来た。運が良いのか悪いのかこの辺を纏めてる”ボウラ”て男と話をして来た。
酒場のおやじに声を掛ければ繋ぎを付けれるようにしといた。ボウラは、情報屋らしいから調べ物があれば使えるんじゃないかねぇ」
「あーー。わたしは、料理してる時におかみさんに話を聞いたんだけどさ、最近街にいた戦争難民が幾つかの貴族領に送られたらしいんだよ。どうだろう、あたし達もそこに紛れ込んでしまうのは?」
「そうだねぇ・・・。それこそ、情報屋に話を聞いてみるのがいいか。分けて送られている貴族領の事も調べてみる必要があるだろうし、今から難民に紛れ込めるのかも確認を取らないとねぇ。他にも身を隠す方法を考えないといけないしねぇ」
「じゃあ、手分けして調べるか」
「ディア・・・。あんたは、体を治す事を一番に考えなさい。当面、外の事はあたしがするから」
「でもよぉ・・・」
「まったく。あんたに無理をさせたのはあたしだからねぇ・・・。ファム、この子が回復するまで付いていてやんな」
「わかった!でも、ジーナ姉ぇも無理しないでよ」
「ああ、どっちにしても、直ぐには街を出られないからねぇ。無理をしても仕方がないからねぇ」
「後は、お金の問題かなーー。」
「ファムの言う通りお金の問題はあるけどねぇ。まだ余裕はあるけど、追々考えないといけないかねぇ。そこは、ディアが治ってからでも間に合うだろう。何だったら、何処かの用心棒をしてもいいんじゃないかと思うんだけどねぇ」
「そうね、私の方でも何か仕事がないかおかみさんや宿屋の客にそれとなく聞いてみるわ」
「たのむよ。それじゃあ、話はこれくらいにしてわたしも食事をしてくるよ。ああ、酒の管理を任せるよ」
そういって、テーブルの酒瓶をファムに渡す。
「りょうかーい」
「そんなー」
しっかり酒瓶を確保するファムに、情けない声を出すディアを後にして部屋の扉を閉めて宿屋の食堂に向かう。




