3. 希望
姉夫婦が営むパン屋に着く。
店の中に入ると、義兄が焼き上がったパンを棚に並べているところだった。
「やあ、いらっしゃい。ミルは子供達と買い物にいってるよ」
「そうですか。明後日には街を出るので挨拶しとこうと思いまして。
待たせてもらっても?」
「ああ、いいよ。時間が有るようだったら、またパン焼きの練習していくかい?」
「さすがに今日はやめときます。
あと、義母に何時ものパンを買って来るよう頼まれているのでお願いします」
「わかったよ。丁度、焼き上がった所だから用意しとくよ」
そう言って義兄は店の奥にある厨房に入っていく。
店舗内にある丸椅子に座り待つことにする。
数年前から、忙しい時の手伝いがてら義兄にお願いしてパン作りを教えてもらっていた。
今では簡単なパンなら作れるようになったと思う。
最近は、開拓村でも竈を造ってパンを焼いてみても良いかもしれないと思うようになった。
意外と面白いかもしれないな。
そんな事を考えていると店の入り口の扉が開き騒がしい声が聞こえてくる。
「ほら、母さんが扉開けてるから早く入って!」
「はーい!」
「あっ!姉ちゃんずるい、それ私が持つ」
「姉ちゃん達、僕の荷物も持って。これ、おもいの」
相変わらず子供達は元気なようだ。
「あれ、あんたどうしたんだい」
姉さんがこちらを見て声を掛けてくる。
「あっ!おじさんこんにちは」
長女のリーンが私を見つけ挨拶してくる。
「ほら、二人も挨拶して!」
姉が子供たちに声をかける。
「こんにちは!!」
次女のレアと末っ子のテムも挨拶する。
こちらも挨拶を返す。
「三人とも、荷物を父ちゃんの所に持っていきな」
「はーい!!」「わかった!」といって荷物を抱えて奥に入っていく。
静かになったところで姉と話す。
「家のお使いと明後日には街を出るから挨拶しとこうと思って」
「そうかい、寂しくなるねぇ。でも、たまには帰ってくるんでしょ」
「ああ、村に専念するから暫くは無理かなとは思う。でも、落ち着いたら顔だしますよ」
少し寂しそうな顔をする姉に申し訳なく思う。
「手紙も書きますし、今回はそれなりに人も村に入るので安心して下さい」
「それでも、姉としては心配だよ・・・」
そんな姉弟の話をしていると、厨房から義兄が出て来る。
「駄目だよラグ、私の素敵な奥さんを悲しませるのは」
義兄はこちらに来ると姉の手を取り見つめて甘い空間を作り出す。
姉の方も少し照れながらも義兄を見いつめ返す。
「おとうさーん、これ何所に片付けるのー」
子供達の空気を読まない声に助けられる。
「あっ!まってー。今そっちに行くからちょっと待ってて」
正気に戻ってくれた様だ。
甘い空間を作られると二人に声かけずらくなるから、子供たちに助けられた気分だ。
「姉さん、相変わらずですね」
「あんたも良い人が出来たら分かるわよ。
それに、いい歳なんだから少しはそっちも頑張りなさい」
ああ、藪蛇に成りそうだ。
「兎に角、村の事は昔よりも人が多く入りますし、
領主様から暫くは騎士や護衛の兵も何人か手配して頂ける様なので安心して下さい」
「でもね、村の事となると如何してもあの時の事を思ってしまうの」
「それは分かりますが、これでも”槍”の称号持ちにまでなった弟の事を信じて下さい」
「・・・そうね、あたしの自慢の弟ですものね。必ず、此処に顔を出しなさい。
その時は、私達家族で盛大に祝ってあげるから」
「はい、必ず」
「それと、奥さんも見つけて連れて来なさい」
「あー、それわあまり期待しないでください」
さっきまでとは違い、姉の表情は笑顔が戻ってきている。
自分勝手で申し訳ないが、やはり姉には家族の為にも、
そして、自分の為にも笑顔でいてほしいと思う。
頼まれ物のパンを受け取り、
義兄と姉それに、三人の子供達とも別れの挨拶をして家に帰ることにする。
抱え持つ焼きたての温かいパンが空腹を刺激する。
開拓村が順調に行けば、自分も義兄の様にパン焼きの職人を
目指して見るのも面白いかも知れないと考えながら家路に着くのだった。
最愛妻は開拓村の出身だった。
村が滅んだ時、この街でパン屋を営んおり子供がいない為働き手がいない伯父夫婦の家に
手伝いに来ていた為生き延びる事ができた。
あの時の彼女は生き延びてしまった事を後ろめたく、
また亡くなった村の人々を思い出し悲しんでいた。
たとえ、それが自ら如何様にする事もできない出来事であっても。
当時、働く彼女の姿と性格に魅せられていた私は、
悲嘆に暮れる彼女を支えたいと思い何か出来ないかと考えた。
結果、騎士を辞め彼女の伯父に頼み込んでパン職人として弟子入りし、
彼女に求婚し二人で伯父夫婦のパン屋を引き継いだ。
騎士よりも職人の方が合っていた様で忙しい中でも充実した日々を送ってこれた。
三人の子供にも恵まれ、最愛の妻と幸せに暮らしている。
それは妻も同じだと思っている。
何時の頃からか、出会った頃の素敵な笑顔を見ることが出来る様になったのだから。
「駄目ね、昔の事を思うとやっぱり心配になってしまう」
店を出たラグの姿を目で追いながら呟く妻の横に立ち
「ミル、仕方がない事だと思うよ。でも、ラグを信じてあげよう。」
「そうね・・・。私は、あなたと子供達の為にも強くならないとね」
「うーん、僕は、君にもっと頼って貰えるようにならないとね」
ラグが帰って来た時には、笑顔で盛大に出迎えてあげれるよう。
きっと、私たちと彼の希望が成就した時なのだから。
そんな事を思いながら妻とラグが去った後を二人で眺めていた。
家に帰り着くと、まず旅装束の置いてある部屋に貰い受けた弓一式を置きに行く。
そして、頼まれていたパンを持って調理場に行く。
調理場から義母の話し声が聞こえてくる。
「義母テーブルにパン置いときますよ。」
「あっ!兄さん帰って来たんだ」
姪のシアが帰っていた様だ。
「シアは、休みを貰えたのか?」
「あなたが街を出るので、送別の為に帰って良くなったそうよ。
テーブルにバスケットを置いてあるから入れて置いてちょうだい」
義母が答えてくれる。
「とうさんが宿舎まで迎えに来てくれたから、ちょっと前に帰ってきたところ」
「おやじが?珍しい事も有るものだな。」
「にいさんがお屋敷を出た後も私の事待って居たみたいよ。
あっ、もう少しで夕飯できるからとうさん呼んで来て」
「ああ、わかった。」
義父を呼びに行き、四人で食卓を囲み食事を始める。
「シア、シルビア様の下で護衛騎士の研修はどうだ?」
「まだ始めたばかりだから覚える事が多くて結構大変。
でも、シルビア様も優しい方だし先輩も根気良く教えてくれているわ」
「なんだ、ラグは知らんのか。シアは優秀なんだぞ、屋敷の者達にも褒められているぞ」
「シアは、勉強熱心ですしいろいろな所から良い評判が聞こえてくるわよ」
義両親は、シアの事になると結構甘い。
「なんか、そんなふうに言われると恥ずかしいわ」
「へー、じゃあ次期辺境伯婦人付きの騎士に成れそうなんだな。
これからも大変だろうが、ご領主家の方々はお仕えしやすいから心配する事でもないのだろうが」
「そうねー、研修が終わっても屋敷でお仕えできるよう頑張るわ。
それより、にいさんの話よ。明後日には北の砦に行くのよね」
「ああ、村に行く者達を一度砦の周辺に集めて準備してから向かう事になる。
カルミア様が中心に成って計画を立てている。一か月くらいが目安だな。
ただ、自分は5日程で先遣隊として向かう事になる」
「あら、皆さんで一緒に行く訳では無いのね」
「確か、騎士と砦の兵で行くと聞いたが?」
義両親の質問にスープを飲みながら答える。
「あと、難民の中から猟師経験の有る者と荷運びの者も一緒に向かいます。
一月後にカルミア様と他の者達は、後発で村に向かいます。」
「にいさん、本当にカルミア様も行かれるの?」
「まあ、御自身が代表になると希望され領主様が許可を出されたからな。
しかし、カルミア様と今回の件で何度か話し合ったが、噂以上に優秀なお方だと思う」
私がカルミア様の事を話すと義母が興味を持ったのか話に入ってくる。
「それじゃあ、ミルミ様に似たのかしら?あの方も見た目は儚げでしたけど、
お話した感じだと快闊な方だったわ」
「なんだ、ミルミ様と会った事があったか?」
「ええ、何度か機会がありましたから」
「へー、かあさんはミルミ様にお会いした事があったんだ」
「カルミア様はご領主様よりも母上似なのか」
私がカルミア様と辺境伯の事を思い出しながらつぶやく。
開拓村を復興させ発展するには、やはりお若いがカルミア様の知識と統率力が要になるのかと考える。
計画自体も大枠はカルミア様の考えが多く反映されている。
家族の晩餐を続けながら今後の事を考え、
そして其処に一つの希望を見出したのかも知れないと言う想いを抱いたのだった。




