11.裏の仕事
「あにきー。ほんとに、こんなとこ通るんですか?」
「ああ、相手が俺の思った通りのヤツなら間違いなく通る。だから、黙って待ってろ」
「ほんとですかい?ボウラのあにきを信じるけどよ」
部下が文句を言うのもわかるが・・・。
俺達は、排水道に身を潜めている。石や煉瓦で出来ている街は大雨が降ると、地下にある排水道に雨水を流して外に排水するように出来ている。当然、普段は外から侵入できないよう鉄格子などで、護られている。しかし、俺たちみたいな裏の人間は、バレずに街の外へ出入りする方法を幾つか知っている。ここも、そんな場所の一つだ。
そのまま身を潜めていると、バシャバシャと水を跳ね上げて走る音が近づいてくる。
「すげー。あにきの言ったとおりだ。マジでこんなとこ逃げて来るんだなー」
間の抜けた部下の声を聞きつつ次の展開の準備をする。響く音から、少数で逃げてきたようだ。
「さて。おまえら、手はず通りにやるぞ。」
「「おう」」
近づいてきた足音は三人。耳の良いやつを連れて来て正解だった。
「よう!そんなに急いで何所に行くんだ?少し話でもしかにか」
俺が排水道の横道から声をかけると、走り抜けようとした三人が足を止める。こちらを無視して抜ければいいのに、こんなところでも素人な対応が見て取れる。
やはり、俺が睨んだ通りの人間が中心にいた。後の二人は従者といったところか。腰に下げた剣を抜き、こちらの出方を窺う。
「き、きさま何か用か?物取りか。黙ってここを通せ!邪魔するならその命を掛ける事になるぞ」
「ああ、違う違う。俺が用事があるのは、そこの真ん中の御人だ」
「な、なんだと!きさま商会の者じゃないな。ビルフォの者か?」
「ちょっと違うな。正確には、ビルフォ商会に雇われたもんだ」
「なっ、なんだ、雇われ者か。なら、ここは見逃せ、金は出す。今は、持ち合わせが少ないが外に出れば都合がつく。わ、私に付いてくればそこで払ってやる」
こちらが雇われ者だとわかると幾分落ち着いたのか、真ん中で護られていた人物が話しかけてくる。話の内容は、出来の悪い歌劇の小者が使う台詞のようだ。いや、実際に小者だから使うのか?まあ、俺達の様な日蔭者なら通用するとでも思っているんだろう。
実際、靡くバカも結構いるんだろうが。そんな俺達にも義理なり縁なり、それなりに守るべきものがある。そんなことも知らずに持ち掛ける話がこれじゃ、こいつの人となりが見えてくる。
「わりぃな、敗者に付くてぇのは、俺の選択にないんだ。やれ!」
「な、なぁにい!」
三人が俺に気が向いているうちに、俺がいた横道に隠れていた者と三人の背後にある横道から気配を消して後ろに近づいていた者が、それぞれ投擲武器で従者を仕留める。それを確認して、俺は目的の人間に一気に近づいてみぞおちを打ち、そのまま拘束するように部下に言う。
「さて、さっきから見ていた様だが、ご同輩の方かな?姿を見せてくれないか」
「やはり出来るようですね。情報屋からの成り上がりと甘く見てはいけませんね」
「そうかい?俺はそこまで荒事に慣れていないんだが。それで、そちらはズール商会の手の者でいいんだよな?」
「ええ、それでかまいません」
「なんだ、その気乗りしない答えは?」
「すいません。正確に言いますと、会長直轄になります。商会の者とは違うのです」
「ああ、噂には聞いてたが、でけぇ商会には色々有るんだな。それで、本題だが一応聞くがこの男を渡せってことだろ」
「話が早くて助かります。渡していただければ、それなりの対価を後ほど商会の方からお渡しできますが、如何でしょう。ああ、当然ビルフォ商会にも何がしか有利な条件の提示が行われます」
「フン!どうせ断っても実力で来るんだろ。わかった、渡そう。ただ、ビルフォ商会の会長には話を通しておいてくれよ。後から色々言われるのは困るんでな」
「あにき!いいのかよ」
「いいんだ、断れば俺達の命を奪ってでも持って行くんだろ。俺達じゃこいつらには勝てねぇ」
「良い判断です。それでは、これは貰って行きます」
目の前の男が手を叩くと全く気配を感じさせずに四人の男が現れ、倒れている三人の男を運んでいく。
「それでは、私も帰りましょう。この出会いが、今後も良い関係であることを願います」
そういって、男は四人の男達に続いて去ろうとしたが、何かを思い出したのか立ち止まりこちらを見る。
「そうです、一つお尋ねしても?」
「かまわないがなんだい」
「何故、彼らが排水道を通ると考えたのですか?恥ずかしながら、私を含めて我々の手の者達は、ここを重要視していませんでした。そのせいで危うく取り逃がすところだった」
「ああ、そんな事か。そりゃ、あんた達が優秀だってことさ。そして、難しく考え過ぎていたのさ」
「ふむ。なるほど、そういう事ですか。答えて頂きありがとうございます。今度こそ、これで去ります」
「おう、さっきの対価の件期待せずにまてるわ」
そう言った俺に一礼して消えていった。
「あにきー。良かったんですか?」
「ん?ああ、下手打ちゃこっちの命が危ないのは事実だしな。この辺が引き際だろうよ」
「それでよー。あにき、さっきの難しく考え過ぎてのはどういう意味なんですかい?」
「なに、簡単な事さ。捕まった男は、商会の裏の仕事にも通じてたんだが、俺たちみたいにどっぷり浸かっていた訳じゃあ無かったんだ。お前なら逃げるのに排水道なんか使うか?」
「いや、使わねえなぁー。素人でも、裏の事を少しでも知ってるヤツならここの事しってるからなー。下手すりゃ衛兵にも知られてるかもしれんから」
「そういうこった。しょせん素人に毛が生えたくらいなヤツだから、俺はここを目指すと思ったんだ。だが、ズール商の裏のヤツらはなまじ男を知っていただけに、逃走経路を難しく考え過ぎたのさ」
「はえー。あにき、そこまで考えてたんだ」
「おう!頭使って生きてるからな」
さて、ズール商には恩も売れたしビルフォのばあさんにも面目は立つだろう。後は、ジーナ達が上手くやってくれれば文句なしなんだが・・・。
入口に着けた馬車を降り、館の中に入る。
「お帰りなさいませ、旦那さま。他の皆様はご無事でしたでしょうか?」
「ああ。皆、無事だ。今はビルフォ商会で今後の話し合いをしている。私だけ先に帰って来た」
頭を下げる初老の使用人に手に持った上着を渡し、書斎に向かいながら幾つか指示をだす。
「妻を書斎に呼んでくれ。それと、リィナとの話が終わったら書斎で話がある」
「わかりました。それでは、リィナ様を呼んでまいります」
「頼む」
書斎に入り幾つかの問題について考えを巡らす。しばらくすると、ノックの音が響く。
「奥様をお呼びしました」
「ああ、入ってくれ」
扉が開かれ、使用人に導かれ妻のリィナが入って来る。これから、妻には酷な話をせねばならん。まったく、厄介な事だ。ソファに座るうよう促し、私も対面のソファに腰を下ろす。ふかくすわ
「先触れで承知しておりますが、実際大丈夫だったのですか?」
「大丈夫だ。皆、無事だ。護衛に怪我人が出たが、それもビルフォの治癒師が魔法で治している」
「そうですか・・・。それならば良いのですが」
「すまんな。それよりも、お前に知らさねばならん事がある」
「重要な話なのですね?」
居住まいを正し、こちらの話を聞く覚悟をみせる妻に対して、碌でもない話をすることになる。連れ添って長いが、この妻を悲しませるのはやるせないものだ。
妻が、部屋を出ていく。閉じようとする扉から見えた後姿は、何時もより小さく見えた。
さて、リィナへの話はこれでいい。ソファに深く座り、新たな報告が届くのを待つ。
暫く思考の海に深く沈みこんでいると、ノックの音で現実にもどる。
「旦那さま。宜しいでしょうか?」
「入ってくれ」
扉を開け、初老の使用人が入って来て報告の為に、私の近くで姿勢良く立つ。彼は私に昔から仕える老執事であり商会の裏組織をまとめている。
「先程、息子が本店店長を捕らえてまいりました。生かして隔離しておりますが如何致しましょうか」
「そうか。暫らくそのまま捕えておけ。尋問は始めているのか?」
「はい。始めております。それと、従者も共に捕えており、そちらも始めております」
「まあ、出てくる話はこちらで調べ上げた物とたいして変わらないだろうが」
「そうではありますが、事実の確認はしておきませんと。それと、捕らえたと申しましたが、実際には譲り受けたというのが確かな様で・・・」
「ほぅ。ゾーンが出し抜かれたか?」
「申し開きも無く。捕らえた者は、ビルフォ商会に与するボウラとその取り巻きのようで。引き渡しの際に、ボウラとビルフォ商会に対して何らかの対価を渡す事を約束したと」
「ビルフォ商会に対しては、私が考えよう。ボウラとは、情報屋のボウラの事だな?」
「はい。最近は身づからの縄張りを取りまとめております」
「そうか、そちらはお前に任せる」
「了解いたしました」
「それと、ここからは個人的な話をする。リィナには先程話したので決定事項になる」
「そうですか。私からも個人的にお話したい事が有りましたので丁度よかったです」
「では、ソファに座ってくれ。少し長い話になる」
老執事が、前に回りソファに座すわるのを待っていた。




