10.披露
大きな両開きの扉が開き、開場したホールに入場した来賓客の声が響きだす。まだ、パーティーの開始時間には早いが婚約披露というお祝いの席ということで、どの客もどこか浮ついた空気を纏わせている。
会場側面にあるバルコニーから、警備責任者の男とホールを眺める。
「さて。外は商会の警備担当がすでに巡回と各出入り口を抑えているが・・・。どうなんだい、責任者の見立てとしては?」
「今はまだ何所にもおかしな所は無いようだ。来賓客もこちらが招いた方々で間違いない。先日の打ち合わせ通りにいっている」
「そうかい。まあ、まだ慌てる時間でもないか」
「そうだ。我々もズール商会の警備も、始まってからだろうという事は一致している。異例だが、来賓者には簡単な手荷物検査のお願いもしている。ただ、強制ではないから幾等でも抜け穴がある状態だが。しかし、来賓の身分を見ればこれ以上は無理だな」
「まったく。貴族やら大商人ていうのは面子に拘るから、護衛や警備に綻びがでてしまう。あんたに当たっても仕方がないんだが・・・もう少しこちらの身にもなって欲しいねぇ」
「そう言うな。上には上の付き合いがある。あまり、弱みを見せる訳にもいかんのだろう」
「攻める側としちゃあ、そう言うのは関係ないからねぇ。どうしても、こちらが後手になっちまうねぇ」
「仕方がない。情報が手に入った時点で後手に回っているんだ。少しでも相手がやり辛く警備するしかない。・・・そろそろ時間じゃないのか?」
「ああ、そんな時間かい。それじゃぁ着替えてくるかねぇ。ああ、私はホールをある程度自由に移動していいんだったね?まあ、護衛対象から離れすぎないようにするけどね」
「頼む。先日の話から変わっていないから、そのあたりは任せる。顔を知られていないお前が、中に紛れて護衛できるのは、こちらの利点だからな」
「そうだねぇ。後は、依頼が達成できるよう願といてくれなよ」
責任者の男に軽く手を振り、着替えを置いてある部屋に向かう事にする。
「そうかい。今のところ館の警備に問題ないんだね。それじゃあ、客の方はどうだい?」
「はっ!こちらも招待状でこちらから御呼びした方しかおられません。怪しい挙動を見せる者もいないです」
「さて?ボウラが確度の低い情報をわざわざこちらに流すとも思えないんだがね。ああ、そのボウラの方はどうだい」
「先程、ヤツの部下から予定どおりに準備しているとありました。それと、確証は無いそうですが同輩と思われる者達が動いていると。今は邪魔はされていないので、そちらは様子見だと」
「ふむ、ズール商会も動いているのか。いや・・・宰相か?どちらにしても敵ではないか」
「そうですね。ズール商会の方が可能性は高いかと。ボウラには報告に来た部下を通して、そちらには警戒するだけでよいと伝えてあります」
「ああ、それでいい。藪を突いて余計な者を出す必要は無いからね。しかし、やはり息子は間に合わなさそうだね」
「ええ、そこは予定通りです。今回の婚約の話に一番乗り気でしたが、残念でしょうね」
「仕方がない。今回の商談も、あれが中心になってまとめていた話だ・・・父親としては残念だろうが、今後の商会のことを考えれば本人が商談に出席するのが当然だ」
「ヴァナ様も解っておいでですから、会長にお任せしているわけですし」
「そうだねぇ。さて!そろそろ会場に出るかね]
婚約披露パーティが始まった。主役である孫のスールと婚約者レティも緊張しながらも、挨拶とその後の来賓への対応もしっかりしたものだった。間に合わなかった息子を除いた親達も傍にいて補佐している。しかし、そんな二人をよそにパーティーの中で異様に目を引いている人物がいる。私の隣で会場をながめている老人”スール・ビルフォ”ビルフォ商会の会長もその一人の様だ。
「あの女性は、貴様が雇った護衛だったはずだが主役を食いかねんな。たしか、最近街に来た騎士だか傭兵だったはずだな」
「ああ。前もって説明していた通りだ。私も一目見て小奇麗にすれば目を引く様になるだろうとは思ったが。あれはこういった場面になれてる様子だね。周りの着飾った貴婦人よりもよっぽど存在感がある。堂々としたもんだ」
「しかし、あれだけ目立てば護衛としてはどうなんだ?ああ、知らない者達からずれば逆に護衛とは思わんか。このパーティーが終われば正式に雇うのか?」
「いや、今回だけの契約になる。あの子も街に長く滞在する心算もないみたいだ。残念だったねぇ、雇ってみたかったんだろう?」
「ああ。先程、少し話したが中々聡明そうな女性だった。ただの護衛にするには惜しいと思えるほどにな」
ドレスを纏い髪を結い上げているジーナは淑女然としており、そこに武器を持って実戦を潜りぬけてきたという、普通の貴婦人が持つ事のない圧力の様なものを漂わせている。それが、彼女を異様に目立たせているのだろう。先日の顔見せの時に紹介された妹のファムという子はこの近くにいない様だが、会場のどこかに待機しているのだろう。
我がズール商会とも馴染みの有る貴族の夫婦と酒の入ったグラスを片手に談笑をする。パーティーも後半に移るかという時間になり、来賓の中にはそろそろパーティー会場を後にする為に挨拶に来る方達も現れる。こちらの夫婦も先程、主役の孫達に挨拶を交わしこちらにやって来た。
ここまで、心配されていた襲撃等は起きていない。さて、どうしたものか思っていると、会場の幾つかの扉が乱暴に開く音が聞こえる。私の周りに居るはずの護衛の動きが鈍い。訝しんでいると目の前の貴族が夫人を庇いながらこちらを警戒しているのが見える。私が慌てて後ろを確認しようとすると、二人付いていた護衛の一人がもう一人の護衛を切りつけた。どうやら私を庇う為に剣を持つ護衛だった男に斬られたようで、生きているようだが深手を負った様で立ち上がれそうにない。裏切ったであろう男は、それを見るとこちらに剣を向けにじり寄ってくる。
「おじいさーん、ごめーんなさーい!」ドーーン!
大きな声と共に襟を引かれ後ろに倒される、かなりの勢いだったようで地面に腰を打ち付けてしまった。痛みを堪えながら前をみると、ビルフォ商会の使用人の若い女が両手に持つ細身の剣で裏切り者の放つ剣を弾き、軽快に動きながら相手の懐に入っていく。迫ってくる女に男は剣を弾かれ手首をもう片方の剣で切りつけられる。さらに、蹴りを腹部に入れられて後ろに飛ばされる。派手な音を立てながら背後のテーブルにぶつかり動かなくなる。若い女は、倒れた男の首元を横に蹴り、剣を奪うとこちらにやって来る。私の前まで来ると、両手に剣を持ったまま膝を軽く曲げ頭を下げる。
「ズール商会会長様、先程は大変申し訳ございませんでした」
「かまわん。あの状況で、よく助けてくれた。こちらこそ礼を言わなければ・・・」
打ち付けた腰を気にしながら、話の途中で深手を負った護衛に目を向ける。かなり辛そうにしながらも意識はある様で、剣を杖代わりにして私の方に近づいてくる。
「大丈夫か?」
「申し訳ありません。不意を突かれました」
「今、止血しますので座って下さい。そこの貴女、手伝って」
助けてくれた使用人の女が、護衛の服を手に持つ小剣で裂きながら、隠れていた別の使用人に指示しながら、背中の傷に応急で処置をしてくれているようだ。
ここで、ようやく回りの状況を見る事が出来た。先程の扉を開く音と共に外からも侵入者がいたようだが、同じく外を護っていた両家それぞれ護衛が侵入者の相手にしている。そして、孫と息子夫婦を見ると無事な様だがビルフォ商会の者達と共に侵入者達と対峙している。
ここからでは確認しきれないが、あちらはに付けたうちの商会の護衛だけでなく、ビルフォ商会からも何人か裏切者がいたのだろう、何人かの負傷者がいるようだ。
「ああ。さすがに小剣じゃ、あの数を捌くのはさすがにジーナ姉ぇも厳しいかな?よし!」
負傷した護衛の手当を手早く終わらせた使用人の女が何かつぶやくと、裏切者から奪った長剣をおもむろに投擲した。それは、ラーナが雇ったというドレスを纏った護衛の手前に向けて放たれていた。
「ジーナ姉ぇ!使って」
裏切った三人の護衛達の攻めを、隠し持っていた小剣でなんとか捌いていたが、さすがに厳しくなってきた。そんなときに聞きなれた妹の声が響いた。
目の前の床に長剣が突き刺さる。一瞬、敵が引いたので、走って倒れそうになる長剣を右手に取り、そのまま一息に敵の一人に近づいて斬り捨てる。あわてて、もう一人が振り下ろす剣を、逆手に持ち替えていた左手の小剣で受け流し、相手を崩しつつ長剣を突き入れる。力は入っていないが、うまく革鎧の腕の隙間に入り動きが鈍ったところで蹴りを入れる。ロング丈のスカートが邪魔でそこまで上手く蹴れなかったが、軽く飛ばされたのでそのまま三人目に対峙する。流石に、前の二人の様に慌てて攻めてくることはなく少し間をとってこちらを窺いつつ、倒れた二人の状態を確認している。
「如何だい、ここらで剣を置いてくれないかい」
どうやら、私の声に反応する事無く剣を置くこともしない。
「ふざけるな!」
一言放つと、無理やりに私の横をすり抜けようとする。狙いは後ろにいる護衛対象の内の誰かなのだろう。それと同時に最初に切り捨てた男が私を牽制しようと近づいてくる。
「ちっ!」
舌打ちして、牽制の男に対処する。まんまと、すり抜けた男が護衛対象がいる場所へ突き抜けようとする。
「あれは!」
ジーナと呼ばれた剣を構える淑女の横を抜け、主催者席に突撃しようとする男が見えた。孫達の護衛も対応しきれていない。この後の惨劇が目に浮かぶ。しかし、この場からは何もできない!
「あんな所に!」
負傷した護衛が声を出す。私が護衛が見る方を確認すると、そこには先程まで、ここに居たはずの使用人の女が主催者席に突進する男の前に立っていた。
男が長剣を振り上げ迫って来る。右手に細身でやや短い長剣を、左手に小剣を持ち力を感じさせない姿で立つ。有無を言わさず振り下ろされる長剣を軽いステップで避け、一気に踏み込んで右手の剣を突き刺す。革鎧で護られている左肩を貫通し、男の顔が歪む。さらに、左手の小剣をグローブに守られた剣を握る右手に叩きつける。長剣を取り落とし、痛みからか前に少し屈んだところを顔面に回し蹴りが撃ち込まれる。男はそのまま意識を手放した様だった。
「まったく、あきらめが悪い・・・」
周りを確認しする。主催者席付近の混乱も、味方や協力者の手で収まりつつある。
「さーて、ジーナ姉ぇの方は?あー、終わってるか」
姉の方を見ると、相対していた二人とさらに一人を床に伸し、近くにいた使用人に捕縛するよう指示している。襲撃の失敗を覚った者達が逃走しようとするのを、無事な護衛達に指示して捕まえようとしている。
「んー。逃げられなよねぇ」
複数の襲撃者達が、自分たちで派手に開けた扉から脱出しようとしていた。しかし・・・最初に扉を抜けた襲撃者が見たのは、自らにふり下ろされた大剣だった。
「簡単にぃ、逃げられるとぉ、思うなよぉ」
大きな声と共にさらに振りあげられた大剣が襲撃者達を次々となぎ払う。例え本天井が高く広いホールとは言え、来なら室内での使用を考えられていないはずの大剣を巧みに使い、向かってくる男達を派手な金髪を束ねた大柄の戦士が無力化してゆく。嵐のような力任せの戦い方に見えて、計り知れない技の冴えを見せている。
漸く大剣の嵐が過ぎ去った頃には、逃げた男達は床に倒れているか、戦意を失い尻もちをついて茫然としている。生きている者は、順次捕縛されホールから連れ出されている。
大剣を革の紐で編んだ鞘に仕舞い、テーブルの上にあった無事なグラスに適当な飲み物を注いで一息ついていると背後から声がする。
「ディア姉ぇ!お疲れ様。どう、外は」
「ファム!えーっと、だいたいの始末は付いたんじゃない。だから、あたしはこっちの応援として来たんだけど」
「んー。こっちも落ち着いたみたい。後は、上の方々の問題でしょ」
「で、姉貴は?」
「無事な護衛とかに指示を出してたけど。もう直ぐ終わるんじゃない?」
「って事は、無事なんだな」
「ええ。後の事は、姉さんに任せてもいいんじゃないかなー。私達はお役御免という事で」
「馬鹿言ってんじゃないよ。」
「姉貴!」「ジーナ姉ぇ!」
「二人とも、無事だね。それじゃあ、依頼主があんた達にも挨拶したいから来てくれと言ってるから行くよ!」
「ええー、私も行かないとダメなのー」
「あんたは、あれだけ大立ち回りしておいて・・・。ビルフォ商会からも連れて来るよう言われたからねぇ。ほら」
「しゃーない。ファム、あきらめな」
そう言って、最後まで愚図る妹を担ぎ姉貴の後について行くことになった。




