9.依頼
街の空気は湿り気を帯びてきている。
「今夜は、雨かなー」
路地裏に入るとさらにじっとりと不快感を増す。表通りからは、見えない所にある扉を無造作に開ける。
”カランカラン”と勢いよく扉のベルが鳴る。
建物の中に入って奥にあるカウンターに向かう。
「おじさーん!こんばんはー。姉さんたち来てるー」
カウンターの奥に居るマスターに勢いよく話しかける。
「おう!ファムの嬢ちゃんか。ジーナなら、さっきボウラに呼ばれて出て行ったところだ。で、ディアは・・・」
「おりゃ!ファム、今日は遅かったじゃないか」
「ディア姉ぇ・・・。頭を力一杯撫で無いで。髪が乱れるから。まったく、湿気が多い日は髪型を整えるの大変なんだから」
「前も言ってたけど、あたしは一度も気にしたこと無いけど」
ディア姉ぇは、少し癖の有る金髪を手櫛で軽く梳きながら、私の隣のカウンターのハイチェアに座る。
「お前さん達は、ほんとに仲いいのな」
「そりゃ、ファムはこんなに可愛いからしょうがないじゃない。おやじさんエールお代り!」
「ディア姉ぇ。で、また飲み過ぎてるんじゃないでしょうねー」
「だいじょうぶ!だいじょうぶ!あたしを潰す事はできない!」
「おーい!ディア。こっちの勝負付いてねーぞ!続きは、どうすんだー」
「おっ!あたしは負けねーぞー」
テーブル席でカードをしている強面の常連に呼ばれて、エールのジョッキを片手にディア姉ぇは戻って行った。
「まったく、ディア姉ぇは。それで、おじさんジーナ姉ぇは何か言ってた?」
「いや、伝言なんかはきてないな。どうする、ここで待つかい?」
「そうする。注文するね、いつものとお腹にたまるのがいい。夕飯まだなんだ」
「いつもの?ああ、果実水か。飯を作って来るから、その間、客の相手しておいてくれ。飯代は安くしてやるから」
「えー、タダにならないのぉ」
「ふざけんな。おまえさん、最近稼いでんだろうが。話聞いてんぞ」
「まったく、誰よひとの稼ぎばらしてんの」
「そこの、金髪の姐さんだよ。あきらめて客の相手でもしておいてくれ」
「はぁーー。ほんとディア姉ぇはーー」
カウンターに突っ伏す私を尻目に、おじさんは店の奥の調理場に入っていく。それで、ジーナ姉ぇは、いつ頃戻ってくるんだろう?
まとわり付くような湿気と降り出した雨の中を、ボウラの部下と裏通りを急ぎ足で進んで行く。大店の勝手口がある建物を幾つも通り過ぎる。そして、目的の場所の着いたのだろう、ボウラの部下は扉をノックし中の者に合図を送る。扉の子窓が開きこちらを用心棒らしき人物が確認してから扉が解錠され開かれた扉から中に通される。どうやら、ボウラの部下はここまでの様で私に一声掛けて裏通りに戻って行った。用心棒らしき人物が奥の部屋に声を掛けると身なりの整った老人がこちらに出てきた。濡れた外套を脱ぎながら老人に話しかける。
「ボウラに呼ばれて来たのだが?」
「はい、主人より聞いております。どうぞ、外套はこちらで預かって乾かしておきましょう。それで、ボウラ様は先に主人の部屋にて歓談されております。案内しますので着いて来て下さい」
老人の言葉に軽く頷き、持っていた外套を老人に指示された使用人に渡して老人の後に続く。幾つかの部屋の前を通り過ぎ、豪奢な扉を案内の老人がノックして来客を告げる。中から入室を許可する声が掛かり扉が開かれる。室内に入ると薄暗い廊下と違い目が眩みそうな明るさの豪華な応接間が現れる。
「意外と早かったな」
「ああ、腰の物はそこの使用人に預けてくれるかい。念の為にね」
ソファに対面で座る二人からそれぞれに声を掛けられる。自分の長剣を扉近くにいた男に渡しながら室内を確認する。ソファに腰掛けているのは、ボウラとこの部屋の主人であろう小柄な老夫人。他に長剣を預けた男とお茶の準備をしているメイドが一人いるだけだ。私は老夫人に促されて長いソファのボウラの横に腰掛ける。
「自己紹介をしましょうか。あたしはこのビルフォ商会の会長を務めるラーナ・ビルフォだ。あんたの事は、今この男に聞いていたところだよ」
「では、改めましてジーナです」
「わかっていると思うが、このばあさんが依頼を寄こしてきた。これから、その話をするところだった」
「じゃあ、丁度いいころ合いだったようだね」
「ああ。早速だがね、おまえさんに頼みたいのは、うちの本館で行なう事になっているパーティーの護衛だ。どうだい、うけてくれるかい?」
「それを判断するにはじょうほうがたりないね。まさか、これだけの話で受けさせようとは思っていないんだろう?もう少し詳しく聞いてからかねぇ」
「俺の方も噛んでいる話だ。依頼の件、話してもらおおうか」
「まあそうだろうねぇ。明後日に私の孫とズール商会の会長の孫娘が婚約披露を大々的に開くことになっているんだが、どうもそこを狙って余計な事を考えている奴らがいるって言う情報提供がそこの男から有ったのさ」
「どうだい、役に立っただろう。マジで感謝してもらいたいもんだな。しかも、使える人材の紹介までしてるんだ」
「それは、これからわかる事だ。事が無事に済めば礼は弾むつもりだよ。でだ、ジーナと言ったね。今回、話を聞いて家の者だけじゃ不味いようなんでね、顔を知られていないあんたには、パーティーの中にいて護衛してもらいたいんだ。ああ、パーティーなんでね服なんかは、こちらで用意させてもらうよ」
「んー。それは、身内にも敵がいるって事かい?把握しているんなら、先に何とかならないのかい」
「それが出来ればあんたを呼ばない。ボウラの情報からじゃあ、そこまでの判断ができないんだよ」
「ボウラ、あんた他に隠している事無いかい?」
「無理ゆうな。ここまで情報を仕入れられた事を褒めて欲しいくらいだ」
「そうかい。・・・受けようかねぇ。もう少し話を詰めたい所なんだが。こちらからも人を入れてもいいんだろう?」
「信用できるならかまわないが・・・。入口に立つ男が護衛の責任者も兼ねてるから後で話すといい」
「安心してくれていい、私の妹だ。腕の方も信用してもらっていい」
「そうかい。受けてくれるんなら、さっそくだが時間もあまり無いんで服を合してきてくれるかい。部屋を出た所にいる使用人に言えば手配してくれる。そうだ、あんたの妹も明日にはここに来てもらっていいかい?服の手当が必要だろうからねぇ」
「わかった。早い方がいいなら今夜にでも来るようにするが?」
「しまったなあ。うちの部下を帰らせるんじゃなかったな。ばあさんの所の奴には頼めないのかい。この時間なら、どうせ酒場にいるんだろうし。いなくても酒場のおやじに頼めば何とかしてくれるだろ」
「だったら、今いる家の者で足のある者を使わせるか。聞いてたね、誰か呼びに行かせな」
ラーナが扉近くの護衛に言うと、扉を開けて人を呼び話を付けて呼びに行かせたようだ。私は、立ち上がって護衛から長剣を受け取り部屋を出る。さて、如何したもんかねぇ。妹達とも相談しないといけないねぇ。
「さて、ボウラ。あんた何処であんなのを手駒にしたんだい?」
「な!言ったとおり使えそうだろ。まあ、これまで聞いた話だと王都に腰を下ろす心算は無いようだが」
「なんだい、あんたの所で使う心算は無いのかい?」
「あ゛っ。あのねえさんが俺みたいな小物に使えると思っているのか。今迄の仕事を見りゃ、あっさり縄張りを奪われるのが目に見えるようだわ。あと、さっき話に出てた妹達も中々おもしろい奴らだぜ」
「そうなのかい、あんたの目を疑う訳じゃあ無いが。そうだね、私もその妹を一度見てみようかね。それで、あんたが使えないなら、今度の一件が上手くいけばうちで雇うのもいいかもしれないねぇ」
「どうだかね、あんたでもジーナを使えるのかねぇ。まあ、本人達には何か目的が有るのかも知れないしな。話をするのはかまわないが、あんまり邪魔はしてやらないでくれよ」
「あんたがそれだけ贔屓するのも珍しいもんだ。わかったよ、あの子の邪魔になる様な事はしないでおこう。なんにしても、今回の件で役に立つのを見てからの話だね」
確かに、あのジーナて子は簡単に靡く様な感じはしないね。ボウラの言う通り干渉しすぎるのは、あまりいい結果を出しそうにないね。私としちゃ、家の孫達を護りきってくれるのなら文句はない。ジーナの望みが何なのかわからないが、結果次第で報酬の上乗せも考えておいてやろう。
「ああ、ボウラ。あんたには、この依頼の別件を頼みたいんだがいいかい?」
「かまわないが、前の依頼の時みたいに、いざやってみたら話と違ってむちゃな要件だったてーのは無しにしてくれ。それと、ジーナ達と報酬は別だからな」
「当然だ。前のは、こちらも意外だったからね。今回は大丈夫だろうさ」
私は今回のパーティーを台無しにしようとするヤツについての、予測と見解をボウラに話していった。なんだかんだで、この男の情報を扱う力は私よりも上だから面白い話もきけるだろう。




