23.壊された理
ルイは肩を大きく上下させながら、両手を膝についた。
(クッソ…あの性悪爺どもめ)
今日の任務は、珍しくルイの体力を削るものだった。
気づけば、寂れた雑居ビルの谷間から見上げる空は薄暗くなっている。
(俺にあのバカ女の異能を探る時間を与えないってか)
まだ息も整わないルイの元へ、烏が飛んできた。
そして、ルイの目の前で数回羽ばたくと、一枚の紙へと変わる。
「チッ…応援要請かよ」
紙に記載されている現場は、長野県の山間地にある閉鎖されたトンネル。
トンネルを巣として、個体数を増やし続けている魔物の完全討伐。
「…金髪女の異能が制御不能?」
これまた、面倒なことになりそうな予感に思わずため息をつく。
(終わった途端に次って、俺のこと殺したいのかよ)
不意に、いつ誰に言われたのかも覚えていない言葉が蘇る。
――お前の眼を外部に明け渡すようなことは、
その命をもってしても避けなければならない
「ハッ」
思わず、乾いた笑いを落とす。
(別にいつ死んだって構わない)
自分の魔力の流れが乱れていることは分かっているが、気にせず、次の現場へ向かう。
高速飛行魔法―通常の飛行魔法よりも、魔力の消費が大きく、身体への物理的な負荷も高いそれを発動する。
どんどんと速度を上げ、文字通り、空気を切り裂いて進む。
視界は闇に潰れ、何も見えない。
(このまま、限界まで加速したら…俺の身体は消えるだろうか)
そんなことを考えた時だった。
ミオに渡した魔法陣が発動された気配を感じた。
投影体との感覚共有が始まり、ミオの姿らしきものが見える。
だが、酷いノイズが走っている。
「ちょっと、大丈夫?」
彼女の声が聞こえた。
久しく聞くことのなかった自分を心配する言葉。
思いがけず、胸の奥で固まっていたものが緩くほどけたような感覚になる。
ルイは飛行の速度を落とした。
ハァ、ハァ、と自分の呼吸音が聞こえる。全く気付いていなかったが、自分は随分と息を切らしていたようだ。
「任務が終わっていない。一時間…」
(いや、早く帰ろう)
「三十分後に呼び出してくれ」
街灯のない山間の中に、小さな魔法で灯した光を見つけた。
降り立つと、二人の男子生徒を見つけた。
ルイの存在に気づいた彼らが、駆け寄ってくる。
口角を上げ、いつもの笑顔を貼り付ける。
「お疲れ様」
「すみません、怪我が酷い奴らを先に返しました」
「構わないよ。適切な判断だ」
「自分が結界を開きます」
そう言われて、トンネルの方向を見れば、確かに魔術結界が張られていた。
「いや、あの程度なら僕も破れるから大丈夫だよ」
(それに俺が来た以上、中の魔物は全滅だ。再び封じる必要もない)
「君たちも疲れてるだろうから、先に帰りな」
「あ…ありがとう、ございます」
彼らの声を背にトンネルの入り口まで歩き、その間に魔術の解読を終わらせる。
ルイが左手で結界に触れれば、すぐに砕かれた。
入り口で立ち止まることもなく、トンネルの中に入る。
途中、襲い掛かってくる何体かの低級魔物を全滅させながら進んでいくと、先方に金髪の縦ロールを見つけた。
彼女の隣で、魔物と対峙している男子生徒の異能を視る。
(擬態の異能…確か、三年のナトリだったか)
そんなことを考えていると、魔物が鋭い爪をアンナ目掛けて振り下ろそうとしているのが見えた。
ルイは左手をかざし、アメジスト色の光を放った。
一直線に伸びたその光が、爪に触れた瞬間、魔物が後ろへ飛んだ。
(早いな…)
間を開けずに、拘束魔法を繰り出す。
魔物はアメジスト色の攻撃を避けた先で、地面、天井、左右の壁から急速に伸びてきた細い光に捕まった。
「グゥ」と醜いうめき声をあげながら、もがいているがルイが放った光の拘束から逃れられるものは滅多にいない。
だが、なおも魔物は暴れ、壁に爪を食い込ませる。
(中に一人。…魔力を吸われてるな。長くはもたない)
「ルイ君!」
「ルイー!ありがてぇ!」
一斉にこちらを振り返ったアンナとナトリは、明らかに安堵の表情を浮かべていた。
ゆっくりと二人に近づきながら、アンナの異能の状態を確認する。
(異能自体を壊されたり、制御されてる訳ではなさそうだな…)
「お疲れ様です。…早速だけど、等価交換が制御不能というのは?」
いつもの人好きする表情を浮かべて問いかけると、アンナはルイの顔を見つめて、言葉を失った。
(仕方ないだろ…元々はこのキャラクターでやってるんだから)
「あー…自分に対しては正常に使えるんだけど、それ以外は交換対象が変わってしまってるの」
アンナから視線を外し、先ほど捕らえた魔物を確認する。
「中に、一人いますね。しかも、魔力を吸い取られ続けている」
(下手に攻撃すれば、中の人間ごと霧散する可能性もある)
「魔物を倒す前に外に出したいけど、等価交換が使えないからどうするか、と言ったところでしょうか」
「さすが、理解が早いべ」
(思ったよりも厄介だな…三十分じゃ、終わらねぇぞ)
アンナには、特に干渉されたような魔法の痕跡は見つからない。
しかも、本人に対しては正常に使え、他者に対しても想定と異なる交換先ではあるが、座標位置のすり替え自体は出来るというのだ。
(誰かが、異能を発動する都度、邪魔をしていたのか?)
トンネルの中に魔物や人間は、他にいる気配がない。
加えて、魔術結界は魔法を通さないから、外部からの干渉も不可能だ。
「今やってみてくれるか?他者の等価交換」
ルイの言葉に、アンナは及び腰な様子だ。
「じゃあ、俺で試してみるべ」
ナトリはそう言うと、自らの人形を作り出してみせた。
「アンナ、怖がるな」
その言葉に、アンナは頷くと、息を一つ吸った。
パン、パン。
乾いた音が二つ鳴ったが、ナトリに変化は何も起きない。
「変わらない?」
「いいえ、押し返されたわ。結界の外と中とか、そもそも等価交換できない条件だと押し返されるの」
「へぇ、じゃあ、俺の交換先がこの人形じゃなくて、結界の外の何かになってたということか」
アンナの等価交換の異常は、まだ続いていた。
どうやら、交換の瞬間に干渉をされているというよりは、仕組み自体を崩されているようだ。
(現時点、有効な手がない)
◇
再び、ミオに渡した魔法陣が発動された気配がした。
投影体との感覚共有が始まる。
「もう大丈夫?」
「いや、まだ任務が終わっていない」
アンナとナトリが驚いた顔をする。
それもそのはず。投影体と感覚共有をしていない人間には、ミオの声は聞こえないのだ。
目の前の任務が終わる見通しも立っていない。感覚共有を切ろうとした時だった。
「…アンナは!?」
「解決してない、切るぞ」
「ちょっと待って!」
ルイは思わず、ため息をついた。
「その、等価交換って、一対一で交換するんだよね。糸も一対一だから、何か関係が似てると思って、私も力になれないかな!」
ルイが強引に切ろうとしたのを察してか、ミオがものすごい早口で叫ぶように言った。
「私がアンナに繋がっている糸を見れるように出来ない!?」
(は?)
一瞬、簡単に言う彼女の言葉に怒りが湧いた。
だが―
(…待て)
頭を打たれたような衝撃が走った。
(確かに…こいつの異能は超次元的だ)
まだ、運命操作の全貌や理論は分かっていない。
だが、彼女が「糸を切った」ことで、魔物は意識とは正反対にトロフィーを手放したし、「糸を握った」ことで治癒魔法も効かない状態だったエリオは息を吹き返した。
(こいつなら、魔物を倒さずに中に取り込まれた奴を救い出せるか?)
「…考える」
ルイは胸ポケットから薄いメモ帳とボールペンを取り出した。
いつでも、どこでも魔術式を組めるように常に持ち歩いている。
(考えろ…あいつの部屋にある魔法陣とどうやって繋ぐ)
「おい、お絵かきしている暇はねぇべ」
突然のルイの行動にナトリが驚いた声をあげた。
だが、手を止めて、説明している暇はない。
頭の中で、次から次へと浮かぶ式に手が追い付かない。
(あっちの魔術式も変える必要があるな)
ルイは書き込む手を止めると、目を閉じ、共有されている感覚に意識を研ぎ澄ました。
「おい、何か書くものくれ」
ルイの声にミオとアンナが同時に反応した。
「分かった」
「ペン持ってるじゃない」
「…あっちの話だ」
数秒後、ルイは目を開いた。
「一回、切る。五秒後にもう一回魔力を流せ」
「分かった」
ルイは投影体との感覚共有を切ると、すぐについ先ほど書き終えた魔法陣に一気に魔力を流しこんだ。
アクアマリンの光が魔法陣を型取るように浮かび上がる。
さらに、魔力を流しこみ続けると、淡いピンクの光に変化した。
「えっ!?ここどこ」
ミオの声がトンネル内に響いた。
「ミオ?」
「え、アンナもいる」
やがて、光の中からミオの姿が浮かび上がる。
「こっちに投影体を作った。こっちで魔力を流し続けてる間は、感覚共有されるはずだ」
ルイの説明に驚きの声が重なる。
「すげぇな!どうなってんだ」
「ルイ君って、ちょっと規格外だわ」
ルイ自身も想像以上の出来に、思わず口元が緩む。
「“糸”、視えるか?」
ミオに問いかけると、しばらく間をおいて返事が返ってきた。
「…視えた」
あまり浮かない口調だ。
「けど、なんかアンナから伸びてる糸が…一回切られて、別の糸と結ばれてるみたい」
「…?」
「私以外にも糸に触れる人がいるのかな」
その言葉に、ルイはぞくりと、背筋が逆立った。




