22.等価交換の破綻
ことの始まりは、交流戦の翌日。
アンナがミオ宛の手紙と本を寮母に託した後のことだった。
急な任務の指示。
明らかに、アンナを学園の外へ出すためのものだった。
翌日の昼過ぎ、新幹線とローカル線を乗り継いで到着したのは長野県の閉鎖的な山間地。
まだ明るい時間にも関わらず、人気がほとんどない。旧道を進み、冷たく湿った空気が充満する薄暗い場所にある閉鎖されたトンネルが今回の現場だ。
十年程前から、魔物の巣窟になっているトンネル。
「なーんでこのタイミングで、討伐しようってなったんかねぇ」
アンナの隣で、「移動だけで疲れたわ」と男子生徒が笑う。
彼は高等部三年のナトリ。異能の相性がよく、合同で任務に参加することが多い。
(私に押し付けるために、急遽用意した任務だからでしょうね)
人が寄り付かない場所のため、討伐は後に回されていたのだ。
トンネルの入り口に張り巡らされた、強固な魔術結界で十分だったはず。
「アンナ、交流戦でなんかやらかしたべ?」
返事をしないアンナに、ナトリが訳知り顔で笑う。
そこへ、背丈の小さな男子生徒が駆けてきた。
「魔術結界の解読終わりました。すぐに中に入れます」
「おぉ、流石早いな!」
ナトリが頭を撫でると、男子生徒は嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、行くべ!」
ナトリ、アンナに続いて五人の生徒―計七人がトンネルの中に入る。
中に入った途端、漆黒に包まれた。
足元も見えない暗闇の中、無数の赤い眼がアンナたちを待ち構えていた。
「――《フォティゾ》」
アンナの詠唱とともに、光の玉が天井に放たれた。
光は滞空し、トンネルの中を照らした。
「おぉ…すごい量」
明かりが差し、露になった目の前の光景に、背筋が粟立つ。
何千、何万のコウモリのような姿をした魔物で、トンネルは埋め尽くされていた。
「気持ち悪いけど…そんなに強くないわね」
「じゃあ、早速行こうか」
その言葉を合図に、アンナとナトリを置いて、五人が前に飛び出していく。
彼らは次々と魔法を放ち、襲い掛かってくる魔物を紫の靄へと変えていく。
アンナとナトリは後方で、その様子を静かに見ていた。
数秒後、ナトリがパチン、と指を鳴らした。
すると、飛び出していった一人の男子生徒と、同じ背格好の人間が突如ナトリの隣に現れた。
(相変わらずよく出来た人形ね)
そう、それはナトリが作り出した擬態だ。
パチン、パチン。
ナトリが指を鳴らすごとに、
先に飛び出した五人と同じ容姿―
本物と見分けがつかないほど精巧で、魔力量まで寸分違わず再現された人形が増えていく。
「魔物を倒せ」
ナトリの言葉を皮切りに、五体の人形は一斉に駆け出していく。
「とりあえず、五体でいいか」
「この程度の相手なら、十分よ」
アンナとナトリが率いるこの部隊は、決して強くなく、単独では任務を遂行しない生徒で構成されている。
だからこそ、アンナが五人と彼らの人形の位置を調整する。
適切な位置、タイミングで等価交換して、優位に立つ。
それが、この部隊の勝ち筋だ。
(ここ!)
全員と全ての人形の座標位置は頭の中で把握している。
パン、パン。
「えっ!?」
アンナが手を叩けば、本来は同一魔力量の対象同士が入れ替わるはず。
だが、入れ替わったのは、全く魔力量の異なる人物同士だった。
目の前で魔物に囲まれていたはずの女子生徒は消え、代わりに現れたのは、全く想定していない男子生徒だった。
(どうして!?あり得ない)
男子生徒は状況を理解できずに、ただ立ち尽くしている。
慌てて、彼の人形の位置を探る。
(移動させなきゃ)
パン、パン。
目の前にいる男子生徒と、彼の人形を交換すべく手を叩いた。
しかし、現れたのは、これまた全く意図していない別の女子生徒だった。
体温が一気に下がったような感覚に襲われる。
(等価交換が…使えない?)
アンナが混乱している間にも、目の前の女子生徒に周囲の魔物が一斉に襲い掛かる。
「――《エーテル・バースト》」
アンナが慌てて放った空気の弾丸は一帯の魔物を、紫の靄に変えた。
「あっ」
しかし、目の前の女子生徒は肩を押さえた。
よく見ると、制服に血が滲んでいる。
「おい!アンナ!なにやってんだ」
遠くから怒鳴り声が飛ぶ。
急いで駆け寄り、女子生徒を背負う。
「ごめん、外に連れて行くわ」
(私のせいだ…)
等価交換が失敗することなんて、これまで一度もなかった。
なぜなら、アンナが手を叩けば、意図した対象と同一魔力量のものが交換されると、決まっているから。
(なにこれ…)
周囲を見渡すと、無数の赤い眼。
羽音。
時折、「アンナさん!」と自分を呼ぶ声が聞こえる。
だが、手を叩けない。
「アンナ!」
ナトリがこちらへ駆け寄ってくる。
「なんで異能を使わねぇ!」
「使ってる…!」
「何体、人形を破壊する気だ!これ以上は俺も持たねぇべ」
珍しく彼の顔色が、僅かに青白い。
擬態が破壊されれば、彼に身体的ダメージが蓄積される。
「交換先が、ぐちゃぐちゃになの…!」
「は?」
ナトリの顔から表情が消えた。
「…一旦下がるべ!」
ナトリが叫ぶ。
「人形、引っ込める!」
パチン、と指が鳴る。
次々と人形が消えていく。
(十体…。ナトリに無理させてたんだ)
人形の数を増やせば、味方は増えるが制御の難易度もあがる。
アンナが上手く扱えなければ、諸刃の剣だ。
「ごめん、この子お願い」
人形を収めたことで魔力が戻ったナトリに、背負っていた女子生徒を預ける。
「あんま暴走するなよ!」
アンナは背後でナトリの声を聞きながら、まだトンネル内に残っている生徒が外に出られるように援護する。
肩を押さえて苦しむ女子生徒の姿が脳裏に焼き付いていた。
(私が…殺しかけた)
喉が締まる。
(あの子に傷が残ったら、一生自分を許せない)
全員の座標位置を確認する。
まだ一人、トンネルの中に残っている。
(私のせいで充てられた任務…全員、ちゃんと連れて帰る)
トンネルの奥へと走ると、前方に男子生徒の姿が見えた。
覆いかぶさるように魔物に囲まれながら、なんとか防御魔法を繰り出している。
一瞬、彼と目があった。
「アンナさん!た、助けて」
「――《エーテル・バースト》」
彼の周囲は紫の靄に包まれ、魔物は消えた。
だが、すぐに姿を覆うように囲まれる。
(埒が明かない…)
再び攻撃魔法を詠唱しようとしたその時だった。
「わぁぁぁ!」
男子生徒の叫び声が響く。
魔物の塊から彼が飛び出した。
一体の魔物が爪に彼の制服を引っ掛け、飛び上がったのだ。
彼を左右に揺さぶりながら、トンネルの奥へと飛んでいく。
(攻撃の焦点が…定まらない)
アンナの魔法が当たれば、それこそ彼は大怪我だ。
(どうしよう…等価交換が使えれば)
彼の位置がどんどんと離れていくのが、分かる。
「――《インフェルノ・ボルテ》」
爆発音。
轟とともに空気が爆ぜ、次々と魔物を燃やしていく。
目の前に広がる炎に臆することなく、男子生徒を追った。
炎はアンナの進路を避けるように左右に広がる。
何百、何千もの魔物が炎に燃やし尽くされているのを横目に走る。
その時。
トンネルの奥へ奥へと連れ去られていた男子生徒の動きが、止まった。
(行き止まり?)
慌てて彼の座標位置まで走る。
(ここにいるはずなのに…)
姿が見当たらない。
既に、入り口で灯した《フォティゾ》の光が届かない場所まで来た。
明かりを灯そうとした、その時だった。
闇の中で――大きな何かが動いた。
ズル、と。
重い何かが、這う音。
これまでとは違う。
背筋が粟立つ。
(強い)
魔力探知が苦手なアンナでも、分かる。
格の違い。
次の瞬間。
それは、一瞬で距離を詰めてきた。
「――っ!」
「アンナ!」
ナトリの声。
目の前に迫る巨大な壁に、反射的に魔法を撃つ。
「――《エーテル・バースト》」
直撃。
だが、魔物は止まらない。
「――《シールド》」
ナトリが展開した防壁に、爪が食い込む。
ミシ、と嫌な音が鳴る。
「アンナ!人形!」
彼が自分の人形を作り出したことが分かった。
パン、パン。
乾いた音が響くと同時に、アンナの目の前の景色が一転した。
前方でアンナの人形が、魔物の爪で引き裂かれた。
「ッチ」
隣にはナトリが立っていた。
彼の頬に、擦り傷ができる。
(等価交換…できた)
等価交換が使えなくなっているなど、考えている余裕もなかった。
ただ、身体に染み付いたいつもの戦い方。
「おい、アンナ!一旦、外に出るぞ」
ナトリの声にハッとする。
「だめ!一人まだ残されてるの」
彼の顔が大きく歪む。
「…おいおい、あれの中から見覚えのある魔力の反応があるぞ」
「っ!」
精密な魔力探知ができるナトリは、居場所を把握したようだ。
魔力の反応があるということは、まだ男子生徒は無事だ。
「…さっき、応援要請を出した!それまで持ちこたえるぞ!」
アンナは大きく頷いた。
「等価交換は使えるようになったのか?」
「多分、違う…」
異能による等価交換は、絶対だ。
一度も、崩れたことのない理。
(自分以外に対してのみ使えなくなるなんて、あり得ない)
「何かに…邪魔されてる」




