15.魔法少女、悪墜ちす
何をしているんだろう。
怪物の翼ではなく、自らの足で走って逃げる第五号にふとそんな考えが生まれた。
自分が何者なのか分からない。何でこの場所を破壊しているのかも。何で襲われているのかも。
痛い、頭が痛い。割れるように痛い。
洗脳装置の影響から逃れつつあった少女は頭を苛む激痛に我慢できずに立ち止まり、自然と看板と電線に縮められた狭い空を見上げた。
あの大空を飛び回りたい。そんな欲求が生まれたのは自分の中からなのか、それとも他の何かからなのか。
「……ア……アア」
自分は何がしたいのか、何で逃げているのか。本当に何も分からない。ただ、何かになりたかったことだけは覚えている。
「アア……」
その時、濡れた瞳に錆びた看板が映りこんだ。数多ある看板の中で何故それが目に留まったのか考えるより先に、第五号の目から涙が溢れ出した。
正義の味方。
まだ小さい頃のブライトシャインが載ったその看板を素体は見たことがない。彼女はこの道を歩いたこともあるが、一度だってその看板に気が付いたことはない。
しかし誰もが窮地に陥った時は、願い、言葉にするものなのだ。
誰でも良いから、助けてくれ!と。
そして間に合うのが――
「随分走って逃げてくれちゃって。でもやーっと追いついた。今度こそ、追いついた」
――正義の味方。
「有海菜お姉さん。本当にその怪人は……何が助けになるのか私には分からないんですけど、お姉さんなら助けられるんですか?」
「うん。絶対に助けてみせる」
「……分かりました。では、生きたまま捕まえるまでは協力します」
その力強い頷きに、莉奈も覚悟を決めて第五号に躍りかかった。
お姉さんだから、ではない。"敵"である怪人すらをも助けると言う強い正義に、心を打たれたからだ。いま新しい魔泡戦士が武器を持つのは"悪"を倒すためではない。自分の中の正義を改めて見返し、成長させるためだ。
ピュアバブルが足止めに向かったその直後、有海菜の背後に待ち望んだ相手がやってくる。はあはあと激しい息遣いをする怪人組織の首領は、運動不足の中年男性のように肩で息をしながら文句を吐いた。
「はあっ……はあっ……有海菜め……区域中を、走らせおって……」
「ワンは鼻が利く賢いオオカミワン。有海菜を追うことぐらい朝飯前なんだワン!でもドンの体力のことを考えてなかったんだワン……反省ワン……」
「いいや。流石は私の部下だ。よくやってくれた」
悪業連合・煩天首領ドン・インヴェストは部下を讃えた後で、かつての宿敵の背中に問うた。
「それで、本当にいいんだな?貴様はそう覚悟を決め、貫くのだな?」
問われた有海菜に少し間があったのは、正義の味方として生きていた十年間の思いが一気に体を突き刺したからだ。
ほんの少しの喜びと嬉しさ。でも後に残ったほとんどは、後悔と悲しみとやるせなさばかり。それはきっと、ほとんどの正義の味方にとってもそうだろう。そうして彼らは力を失っていったのだ。
ただ有海菜は彼らほど純粋ではなく、彼らほど綺麗でもない。その想いを恨みや怒りに変えて、やりたい道がある。壊したいものがある。
「……うん。きっと諦めたくなる時も、悩む時もある。でも、私は私の願いのために、今ある"正義"に異論を唱えて楔を打ちこむ。それを"正義"が悪と呼ぶならば、私は悪になってやる」
「良くぞ言った。では貴様の覚悟に悪の組織の首領として私も応えよう!」
悪の首領が両手を前に突き出すと、そこから光の粒子が溢れ出す。それが有海菜がもっとも握り慣れている怒りの代弁者、鉄パイプの姿になると、カランと地面に転がった。
「貴様から受け取った予算全てを使っても、十五分しかもたんぞ」
有海菜はそれを拾い上げ、肩で何度か弾ませた後で礼を言った。
「問題ない!ありがと!」
悪墜ちした少女は、その一歩目を踏み出した。
さて、悪いと思いつつも彼女には、やらなければならないことが二つあった。
一つは勿論、人類再興機関の犠牲者を救う事。
「おりゃあああぁっ!!」
第五号にもはや戦意はない。ただただ命を守りたいがためだけに、やみくもに折れた翼を振り回している。ピュアバブルもその攻撃が一切自分の脅威にならないと分かっているから、ただ泡や槍で軽く牽制を入れるだけだ。
だが有海菜はその間に入り込み、そしてわざと翼に吹き飛ばされた。
「……え?」
ピュアバブルは呆然とその様子を見ていた。いや、ピュアバブルだけではない。避難シェルターで戦いの一部始終を固唾を飲んで見守っている人々もまた、息を呑んだ。
もっとも彼らの間では認識が違っている。ピュアバブルは有海菜がわざと攻撃を受けたことに気が付いているが、避難した人々はようやく怪人が倒されるのだと安堵していたところに虚を突かれたのだ。
「くそっ……!まだこんな力が残っているのか、怪人め!」
吹き飛ばされ凹んだ道路から、よろよろと有海菜が立ち上がる。その凹みはぶつかる寸前に彼女自身が能力で演出したのだが、それを分かる者は多くない。
「?????」
仮に分かっていたとしても困惑するだけだ、ピュアバブルのように。
「でも、あたしは諦めない!例えこの世から悪が滅びることが無くても。例えこの身が幾度となく傷つき、心が何度挫けそうになったとしても。世界のどこかに一瞬のシャインがあれば、あたしは何度でも立ち上がり闘い抜ける!」
わざとらしく正義の味方としての口上まで言ってのけて、有海菜は再び第五号に向かって飛び上がった。
もう何が何やら分からないピュアバブルはあえてこの場の全てを先輩に譲ることにした。目的か理解できないものの、必死さを演じようとしていることだけは感じ取れる。だから、自分が突っ立っていたり手を貸さなかったらその演出がうすら寒いものとなってしまうだろう。
ピュアバブルは第五号に向かって槍を突き出し、わざと外した後で自分から吹き飛んだ。更に中継カメラの位置を把握して映らない場所にまで移動する出来た後輩っぷりだ。
その献身に心から感謝しながら、有海菜はこの茶番劇を続ける。慣れたものだ。なにせ彼女は茶番劇のような戦いを六年間続けてきたのだ。
「っあ!……ぐっ!……まだまだ!!」
塞いだお腹の傷をわざと開いて血を滴らせ、激しい戦いの痕跡をそこら中に作っては立ち上がる。
そんなことをする者は正義の味方ではない。だが今や有海菜は自身が"悪"と罵られても構わないと思っている。
そんな正義の味方と"敵"の戦いを見守る各シェルター内の雰囲気は半々に分かれていた。いい加減に"敵"を倒してくれ、と憤るものや呆れるもの。そして頑張って"敵"を倒してくれと願い応援するもの。しかし次第に苛立たし気な空気の方が満ちていく中、そのうねりの切っ掛けは一人の男から始まった。
彼は先日、ガラの悪い男六人に囲まれていたところを有海菜に助けてもらった男性だ。周囲から聞こえて来る"さっさと倒せよ"や"もう一人は早く加勢しろよ"なんて声に怒りを覚えていた男だが、不意に自分もこの前までは彼らと同じだったのだと気が付いた。
今ここで声を上げないなら、自分は彼ら以上の卑劣漢だ。だから彼は歳も身分も周囲の空気も忘れて、ただ大きく声を上げた。
"頑張れブライトシャイン!"。
束の間静まり返るシェルター内。負けじと再び"頑張れブライトシャイン!"と声を上げると、徐々にそれに続く人々が現れた。彼ら彼女らもまた、ブライトシャインが、かつての正義の味方たちが現役だった頃に助けられたことのある人々だ。最初は穏やかな波のような勢いでしかなかったその声は、いつの間にか周囲を巻き込んでいく。冷めた者も皮肉屋も人類再興機関の息がかかった者も徐々に同調圧力に屈して、遂にそれは波濤のような勢いとなった。
何もそれはそのシェルターだけのことだけではなかった。他の場所でも、正義の味方に救われたことのある人々が、届かないと分かっていて応援の声を上げる。
彼らはこれまで、正義の味方がどのようにどうやって"敵"と戦ってきたのかほとんど知らなかった。正義の味方の戦果はニュースでさっと流さる一方で、人類再興機関のプロパガンダは毎日のように行われている。そのような積み重ねが、盲目的な人々を作り上げて来た。
だが今やブライトシャインを応援する声は、地鳴りのように区域に響き渡っている。
彼らが有海菜を応援する理由はほとんど利己的なものだ。生活を崩されたくない。この区域で安全に生きていたい。自分の幸せのために誰かに犠牲になってもらいたい。
けれど今日彼らが応援している相手は人類再興機関ではない。利己的だとしても、ブライトシャインが、正義の味方が勝つために。"悪"と直接戦っている正義の味方のために。
声は、鳴りやまない。
「ここまで付き合わせて悪かったね」
「……ア……ア?」
有海菜は第五号の力のない一撃を躱すと、力場を発生させて実験体を上に吹き飛ばした。すでに満身創痍の実験体には逆らう余力がなく、網のように張り巡らされた電線を突き破ってただただ無気力に、されるがままになる。
元正義の味方もまた、ドン・インヴェストが生み出した鉄パイプを構えて飛び上がった。悪の首領が新人の貯金の半分を受け取って作った鉄パイプは、ただの金属製の武器ではなくご都合的な能力が備わっている。そのように作り上げたのだから当然と言えば当然だ。
「ちょっと痛いよ。ごめん」
謝りながら鉄パイプで小さく翼を叩くと、有海菜の赤茶色の瞳が微かに更に赤く変色した。同時に第五号の肉体が透け、臓器、血管、血流と言った体内の情報が見ただけで把握できるようになる。叩いた相手の肉体を透視する能力を持った得物を十五分顕現させるために貯金の半分を失った有海菜だが、全く後悔はない。
お金が必要ないから?欲しいものがないから?残念ながら有海菜には、自分の目的のために大金が必要な理由が出来てしまった。手に入れなければならないものも、これから増えていくだろう。お金はあればあるだけ良い。
だからこれが、やらなければならないことの二つ目だ。
「あなたはこれまであたしが戦ってきた中でも最強の敵!だからあたしの全身全霊をかけて勝負を決めてみせる!」
中継に聞こえるように大声を上げ、有海菜は能力で第五号を看板に押し付けた。すっかり錆びたその看板には自らの姿が、正義の味方になり立てだったころの姿が載っている。
随分と間抜けな笑顔だ――彼女は苦笑した。正義の味方を続ければ、世の中が正しい方向に進んでいくと勝手に信じている顔だ。手に握っているステッキは眩く輝いているけど、そんなに綺麗じゃあ何にも殴れやしない。どんな武器も心も、血に塗れれば汚れていくのは当然だ。いつまでも輝き続けることのできる存在なんて、正義の味方でもいやしない。
だから教えてやるよ、昔の私。あんたがいま、どんな風に汚れたのかを。
「究極魔法!ブライト、ソーーーード!!」
鉄パイプを最大まで光らせて高速で振り下ろす。もっとも有海菜はそれを第五号に当てる気はない。まるで本気で"敵"を叩いている様に見せかけて、錆びた看板を真っ二つに叩き割った。
「これで、終わりだぁぁぁぁ!!」
そして言いつつ、語気よりも遥かに優しく第五号に触れる。実験体の体内に仕掛けられた装置の位置は、透視の能力でとっくに把握済みだ。有海菜は能力で装置をすべて破壊すると中継カメラを背にして再び鉄パイプを掲げ上げ、思い切り打ち下ろした。と同時に能力を使って第五号に鉄パイプが当たらないように下に弾く。
区域を久方ぶりに恐怖に陥れた"敵"が、敗者となって勢いよく地上へと落ちて行く。
"敵"を見事に倒した有海菜は高々と片腕を上げ、真っ二つになってしまった看板の前で昔と同じようにポーズを取った。内心では羞恥心で頭が焼き切れそうだったが、わざわざ残しておいた、(株)バスリー出版、の文字と一緒に中継に映るならそのポーズは満点だ。
成長した正義の味方が、昔の自分のかわりに同じポーズをとって戦いの最後を締めるなんてあまりにも出来過ぎている。
きっと、バスリー出版の株価は一時的だとしても高騰するだろう。
「あー……十九にもなってあの笑顔でガッツポーズするのは、ほんとに恥ずいって」
さて、おどけながらそう言って素早く地上に降りた魔法少女は、実験体の脈を確かめながら恥辱に顔を赤らめさせた。
地上に力場のクッションを作っていたおかげもあって、鉄パイプや槍や刀で散々ぶちのめした箇所以外に外傷はなかったが、ほっと息をつけるのは一分もないだろう。まだこの異形を人目に付かないところに運ばなければならないのだ。
そのために第五号を抱えて立ち上がった有海菜は、真っすぐ前を見た。その先には、全てが終わったことを察して槍を構えた後輩が居る。
「有海菜お姉さん。人類再興機関から、その怪人を引き渡すよう命令がありました。もし有海菜お姉さんが拒否するなら、彼らはお姉さんを"敵"と……」
ピュアバブルは一瞬言葉を切って続ける。
「あなたを人類の"敵"として対応すると言っています。それでも、その怪人を救いたいんですか?」
躊躇いなく、有海菜は肯定した。
「うん。私はこの子を救う。人類再興機関が私を"敵"として扱う?最高じゃん。"悪"には宿敵がいないとね」
自分の敵になることを堂々と宣言したのに、ピュアバブルは愛らしく一瞬笑顔を見せた。
「……流石有海菜お姉さんです!私が一番尊敬する正義の味方です!でも……」
莉奈が表情を引き締めた。どこか吹っ切れたように強く、少女らしい純粋さのまま決別を言葉にする。
「私にはまだ、人類再興機関と有海菜お姉さんのどちらが正しいのか分かりません。だから……私はお姉さんに勝ちます。勝って、私がその怪人を監視して、大丈夫だと確信が持てたら人類再興機関に見逃してくれるように頼みます!」
「……いいね。最高の宿敵だよピュアバブル。でも、戦闘の結果に自分の正義を委ねるにはまだ若すぎるし」
応えるように鉄パイプを取り出した"悪"は不敵に笑って言った。瞬間、途方もなく眩しい光が炸裂する。
「私は逃げるから。じゃね」
「…………え?……逃げ……?ま、待ってください。いえ、待ちなさいブライトシャイン!」
第五号を抱えたまま全力で逃げ始める"敵"を遅れてピュアバブルが追いかけると、辺りに有海菜の泣き言が響き渡った。
「ピュアバブルに真正面から戦って勝てるわけないでしょ!こっちはいま死にかけだし、傷一つもない状態でも普通に負けるって!!」
「私も大ケガをしてます!状態は五分と五分。正々堂々と戦いなさい!!」
この勝敗を分けた要因は、正義の味方としてどちらが長く戦ってきたか、だった。第五号を抱えてスピードが出ない有海菜だが、彼女はこの区域の至る所を知り尽くしている。巡回してきた場所、"敵"が現れる場所、恩師と一緒に歩いた場所。脇道から大通りに至るまで、彼女は全てを把握し区域を守り続けてきた。それは恩師のために行ってきたことだったが、確かに有海菜が正義の味方であり続けてきた証明だった。
こうして新しい正義の味方と悪墜ちした魔法少女の初めての戦いは、かろうじて悪に軍配が上がったのだった。
ここまでの読了、ありがとうございました。
一応何章かエピローグを書いて加筆修正した後に終わりになります。エピローグまで読んで頂ける方がいらっしゃいましたら、数日お待ちいただければ幸いです。




