14.新鎧有海菜、合力す
「本とに信じるからね、破壊武士GORI。私はあんたの自信満々な言葉に頼るしかないんだ。あんたの刀が当たれば、本当にどんなものでもぶった切れるんだよね?」
高層ビルの屋上に立った有海菜は、横でハンマーをハンカチで拭いているゴリラ型怪人に尋ねた。もう同じことを聞いて三回目になるが、それに対して気を荒立てる様子もない怪物が確かに頷く。
「まぁ大船に乗った気持ちでいろ。貴様と戦う事三百四十八戦三百四十八敗。だがその敗因は、某の刀が一度も貴様に当たったことがないからだ。貴様こそ、本当に某の刀がやつに当たるよう調整出来るのだな?」
「そこは私があんたを信じるように、あんたが私を信じて」
「ふっ。かつての好敵手の言葉なら疑いようもない。苦節六年……某の刀が獲物の血で濡れるときがついに来たのだ……!」
感無量と言った感じにゴリラ型怪人は体を震わせ、一体と一人はビルから地上を見下ろした。その先では、第五号とピュアバブルが近接戦を繰り広げている。有海菜は"敵"が後輩に致命傷を与えることはないと思っていたのだが、"敵"の動きは段々大振りに、怒りを籠めたような強い一撃を何度か繰り出す様になってきている。
今すぐ援護しなければピュアバブルと言えど危ないかもしれない。
「いくよ、ゴリ」
一人と一体が飛び降りる。
それから破壊武士GORIはハンマーを掲げ上げ、大声で叫んだ。
「おぉおぉぉ!!行くぞ、某の敵よ。首を洗って待っておれ!」
「大声を出さないで!不意打ちがバレるって!」
有海菜が小声でそう窘めたが、彼らの攻撃対象である第五号は矛盾の中にあった。
命を奪ってはいけない相手から命を狙われて。失ったはずの感情は激しい衝動の濁流に呑まれる。頭の中に響き渡る声が建物を壊せと強く命じるが、素体となった彼女は愛しているこの区域を壊したくなかった。
矛盾。矛盾。矛盾。
衝動と相反する命令によって膨れ上がった不快感の正体が怒りだと理解した第五号は、子供が癇癪を起して玩具を放り投げるように、それをただぶちまけるしかなかった。
大きく広げた翼は正に威嚇する鳥のよう。その意図に気が付いたピュアバブルはすぐさま"敵"と距離をとり、自分と周囲を守るためにいくつも泡を張り巡らせた。
第五号が我武者羅に回転する。放たれた羽の嵐は見境いも躊躇いもない。周囲の建物を貫いてただただ破壊する様は、警報によって避難シェルターに逃げて中継を見ていた人々に恐れを感じさせた。
これが、"敵"。日々の生活の中に突如入り込んで好き勝手に恐怖を揮う異物を、この区域の人々は久しく忘れていたのだ。
「ゴリ、防げる!?」
ゴリラ型怪人の筋肉質な背中から有海菜は声を掛けた。彼らは第五号の頭上にいたが、そこにさえ漆黒の羽が迫ってきたのだ。
「某の刀で防ぎはするが、全部は無理だ!そんなことを気にするより貴様は調整を続けろ!」
GORIの分厚い皮膚に、幾つか鋭利な羽が突き刺さり血が噴き出る。だがそれでも、頭上は遥かに安全なのだ。地上の建物は穴だらけになっているし、ピュアバブルは。
「うぅっ……!く……そっ……!」
あの嵐の傍にいて、人の形を保っているだけでも褒められるべきだろう。今にも倒壊しそうな建物を泡で補強し続けているのだからそれ以上だ。だが、治癒効果のある泡の中にいてもそのぼろぼろの体は癒しきれない。
その正義の味方のすぐ前に、第五号がわざわざ歩いてきた。翼よりも遥かに小さな体で、そのか細い足で。正義の味方に憧れ、正義の味方になりたかったが故に騙された素体は、血塗れの正義の味方に向かって再び翼を広げて見せた。
「……シ……ネ…………!」
今度は周囲に怒りをぶちまける為ではない。異形になってしまった自分の姿を慰撫するように、その象徴である翼を正義の味方に打ち付けようとする。
「ウホオオォォォォオ!!そうはさせんぞ!!」
「……!?」
それまで虚ろだった第五号の目が急に見開かれた。すぐ上から聞こえて来た言葉に動揺したからではない。何か自分を害するものが自分の中から発動されることを探知したのだ。怒りと言う感情を自覚した第五号は、正しくこれ以上なく怒っていた。
何で攻撃してくるの?何で命を狙われなきゃいけないの?何で命令されるの?何で私はこんな姿になっているの?何で正義の味方は私を助けてくれないの?
刹那、第五号は広げた翼を交差させる。有海菜の力場によって降下と攻撃の向きを調整されたハンマーは、あと少しで"敵"の翼に直撃していた。だが、翼を交差させるその動きを何度か見て来た有海菜が、咄嗟に新たな力場を作り出してGORIと共に飛び上がる。
瞬間、遮断の能力が建物を切断した。しかしそれは本命ではない。第五号は自分の体に埋め込まれている自壊装置を能力で包み、今まさに研究所から送られた起動信号を遮断したのだ。
「もう一回いくよ、GORI!」
「応!」
ハンマーが鈍い光を放つ。もはや襲い掛かる漆黒の羽など問題にならない。第五号は精彩を欠いていて、更に十分な迎撃を行う時間もない。
デスビーストウルフの兵器が遮断の能力と力比べをしたように、GORIのハンマーもまた、先ほどそれによって作られた防壁と激突した。
「喰らえっ!新必殺!"敗叛血剣"!!」
「やっぱりネーミングセンス最悪じゃないか!」
遮断の能力は、攻撃と防御を兼ねた非常に強力なものだ。どこにでも何からも影響を受けない場所を作りだし、その軌道上にあるものを分断する。勿論それだけではなく先ほど自身の身に行ったように、動かないものであれば包み込んであらゆる影響から隔離することも出来るのだ。
だが、ならば何故ハンマーがぶつけられた場所がひび割れているのだろう。第五号は使い切った羽を補充するために翼に力を籠めながら心底から不思議に思い、そしてその疑問が氷解すると笑顔を見せた。
違う。遮断の能力で作った防御がひび割れているのではない。ハンマーがこの怪物の腕力に耐えきれなくてひび割れているのだ。
「おおおおぉぉぉお!!有海菜!もっと某の体を押せぇぇぇ!!」
「とっくに潰れるぐらい能力で押しこんでる!でも……」
おかしい。
余裕なんて無いのに有海菜は首を捻る。要望を受けて破壊武士GORIをビルの屋上に連れていった時、この怪物はこんなに重くはなかった。だがその重さはどんどん、どんどん膨れ上がり、ついには有海菜の力場の影響をほとんど受け付けないまでになっている。
一体どうなってるの?
思案は、突如耳を襲った甲高い金属の悲鳴によって中断された。
「あんた、ハンマーが完全に割れて」
「ハンマーではない!」ゴリはいつものように反論した。「鞘だ!」
散らばる金属片の中から、青白い光がこぼれ出る。そうしてようやく産声を上げたそれは、歓喜のあまりその場の全員に無邪気な殺気を振り撒いた。
第五号が反射的に足を引く。バラバラになったハンマーの中から現れた美しい刃文を持った刀は、あまりにも凶悪で。すでに研究所から送られる命令をほぼ完全に無視していた第五号は、ただの生物として心底から怖気を覚えた。
それを証明するように遮断の影響を受けている空間がゆっくりとゆっくりと切り裂かれ、抵抗のために振り抜いた片翼は絶好の獲物にしかならない。
「その翼、もらい受ける!」
「ア……アア……アアアアアア!!!」
「ウホホォォオオ!!ウホッ!ウホッ!ウホホホオオォォォォォ!!」
破壊武士GORIの初めての戦果となった片翼が地面に落ちた。残心を完全に忘れドラミングをするゴリラ型怪物の無邪気さは、いまや不気味でしかない。有海菜もそれを感じてはいたが、この好機を逃しはしなかった。
「ピュアバブル、大丈夫!?いける!?」
「それは……私の台詞です!!」
鉄パイプと三又の槍が動揺する第五号に間髪なく襲い来る。さらに二人に加勢しようとしたGORIだったが、その刀がいつの間にか再びハンマーに覆われていることに気が付くと、一気にブルーになって地面にへたり込んだ。
自らの得物を残っているもう片翼に打ち込みながら、この"敵"に戦う意思はほとんど残っていないと有海菜は感じていた。そう、その"敵"がすでに人類再興機関の意のままに動く操り人形ではなくなったことに、彼女は気が付いている。
悪夢と後悔に苛まれ、その瞬間を記憶に焼き続けてきた有海菜だからこその気付き。
そしてついに第五号が逃走した。二人の攻撃は自然と怪物の部位に集中していたが、それでも軽く折れ曲がったもう片翼を勢いよく宙に打ち付けて建物に突っ込むと、よろよろと立ち上がって走り始めた。
「にがさな……有海菜さん、どうして肩を掴むんですか?」
「あの子はもう"敵"じゃない。可哀そうな犠牲者だよ」
「犠牲者?怪人ではないんですか?」
有海菜は答えなかった。この先、自分と後輩の行く道が分かれることを知っていたから。
「ごめん、ピュアバブル……莉奈ちゃん。私はどうしてもあの子を助けなくちゃならないの。だから……もし莉奈ちゃんが怪人としてあの子を倒すって言うのなら、ここで莉奈ちゃんと戦わないといけない」
「え……?何で、何でですか有海菜お姉さん!?お姉さんはあの怪人、に命を奪われかけたんですよ!?」
「そうだね。でもそんなこと関係ない。私は、私としてあの子を助けたいんだ」
どう返していいか分からないピュアバブルの耳元でこれまで沈黙を保っていた通信機が鳴り響く。応答すると有無を言わせぬ口調で正義の味方に指令が下った。
"あの怪人を追いかけて、絶対に始末せよ"。
正義の味方は個人的な感情を絶対に優先させてはならない。これは人類再興機関に最初に教えられることだ。
莉奈は分かりましたとも、いやですとも答えられなかった。ここで有海菜が人類再興機関の悪事を教えれば、そうでなくとも私を信じてと言えば。無垢な少女は心から尊敬している先輩に味方したかもしれない。そのまま先輩と同じ道を行こうとするかもしれない。
それだけ慕われていると分かっているからこそ、有海菜は無言を貫き通した。
「……とりあえず、追いかけます」
「うん。そうしようか」
二人は走り出した。少し、離れて。




