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13.新鎧有海菜、覚醒す

「……っはぁ!はっ……はっ……あー?っ!……お腹が、痛いぃ……!」

「幸運なことに臓器は傷ついてないとはいえ、腹に穴が空いているのだから当然だ。我々に手はないが、貴様の魔法ならなんとか出来るであろう?」

「えっ……?っあっ!……なに?何がどうなってるの?」

「早く魔法でなんとかしないと、失血死するワンよ!」

「私……生きてるの?」

「うむ。まだ首級として数えられてはおらん」

 ぼんやりとした視界の中で何かが揺れ動いた。続けて耳にガシャンガシャンと耳障りな音が襲って来る。その音の微かな震動だけでも穴の開いた腹に響いて痛みが増し、有海菜は呻いてしまう。

 それでもどうにか少しずつ晴れて来た視界には、見知った顔があった。見知り過ぎていて、もう嫌になる顔が。

「なんであんた達が……?」

「我々は怪人怪物だからな。妙な気配がすると思って空を見上げていたら、貴様が降って来たのだ。破壊武士GORIに感謝するのだな。ゴリが貴様を宙で受け止めていなければ、今頃死んでいたぞ」

「攻撃の照準は合わないのにキャッチは正確に出来るんだ……ありがとう」

「武士は怪我人を辻斬りすることはない。怪我の功名を喜ぶのだな、ブライトシャイン」

「ブライトシャイン……悪いけどそれはもういなくなったよ。今後も現れることはない。今の私は新鎧有海菜。ただのちょっとガラの悪い十九歳だ」

 有海菜はゆっくりと立ち上がった。力場と治癒の魔法で何とか応急処置が終わったが、血液が不足しているのか足元が少しおぼつかない。その上、彼女が生きていると分かればまたあの"敵"が襲い掛かって来るだろうが、それに対抗できる新しい力を授かったわけでもない。

 唯一あるのは、自分を解放したような清々しい気分だけだ。

「一体何が起こっているか分からないワンが、ブライト……有海菜は今すぐ病院に行った方が良いワンよ?……わ、ワン?有海菜、どうしてそんな顔でワンを見るワン?」

 どんな顔かと言えば、満面の笑顔だった。しかしそれは慈母のようなものではなく、それとはむしろ真逆の笑み。マッドサイエンティストが実験経過を見るような。戦闘狂が好敵手を見つけた時のような。

 唇が少し歪んだ大きな笑み。

「デスビーストウルフ。ちょっと、頼みごとがあるんだ」

 その笑顔のまま少女は一歩、機械生命体に近づいた。

「……ド、ドン。なんか有海菜おかしいワン。いつも諦観したような顔をしていたのに、今の有海菜はなんか怖いワン!」

「む、むぅ。怪我のショックで気が動転しているのか?何がしたいか皆目見当もつかぬが、おちつけぇい!」

「ふふ、これ以上ないほど正気なんだけどね。ちょっとその背中を割って貰いたいだけなんだ」

「ワン!?ワンの背中を!?そんなことしたら死んでしまうワン!!オオカミだって死ぬんだワン!!」

「あんたはミニチュアダックスフントでしょ」

 オオカミでもミニチュアダックスフントでも背中を割ったら死んでしまうのでは?

 ゴリラ型怪物はそう思ったが、有海菜の様子がいつもとは全然違って怖かったので口を噤むことにした。機械生命体であるデスビーストウルフが背中を割られた程度で死ぬわけがないのだから。

「なんか戦える武器をよこせっ!!」

「ワーーーン!!」

 有海菜が力づくでデスビーストウルフの背中を開くと、その中には小さな模型が幾つも詰まっていた。よくよくその模型を見てみると、どれも明らかに殺傷能力のある兵器と似た形をしている。デスビーストウルフが体内で兵器を製造していると言う話はある意味ウソではないのかもしれない。

 とは言えこれが使えるのだとしても、そのサイズでは大して威力は出ないだろう。

 蜘蛛の糸を無理やり引っ張り出したかと思えば、それは素麺だった。そんな感じのがっかり具合だ。

 それでも何か起こることを期待して、有海菜はデスビーストウルフの中からその小さな武器を一つだけ取り出した。

「おわっ!……マジで!?もしかしてとは思ってたけど、あんたらが言ってた切り札ってホラじゃなかったんだ。普通に最上級に危険な怪物じゃん」

「ウゥ。もう……お婿にいけないワン……」

 項垂れるデスビーストウルフの横で、巨大化した兵器を手に取ってチェックする有海菜。実際に使ってみないと危険かどうかは分からないが、そのロケットランチャーに似た武器が見た目通りの威力を発揮するなら、デスビーストウルフは非常に危険な怪物だろう。

 仮にミニチュアダックスフントを模倣していなかったら……想像して、元正義の味方は冷や汗を掻く。

「だがある意味では良かったな。これでお前は背中を開けても死なないと実証されたのだ。これからの悪の活動では大活躍間違いなしだ」

「ドン……!そうだワンね。あ、でもワンの武器は無関係の人を巻き込みかねない大火力のものがほとんどだワン。悲しいことに、区域内では使い物にならないワン」

「おのれデスビーストウルフ!某の刀より目立つ武器を造りおって!」

「味方からクレームが入るとは思わなかったワン。あとゴリの武器はハンマーだワン……」

 ぎゃいぎゃい騒ぐ仲良し怪人怪物たちを尻目に、有海菜はロケットランチャーを眺めていた。確かにこれはとんでもない兵器だが、そのままの威力を発揮するだけなら使い物にならない。"悪"に人類が滅ぼされかけたのは、こういった前時代兵器がほとんど通じなかったからなのだ。

 一縷の望みにかけるのなら、これは人類ではなく"悪"自身が製造した兵器と言うことだ。

 何にせよ悠長に思案している時間はない。大きな咆哮が轟いたかと思うと、雲が切り裂かれ"敵"が急降下してくる。どんな手段を使ったかは分からないが、有海菜が生きていることに気が付いたのだ。

 自身の最も得意な能力である力場が効かないことは分かっている。鉄パイプでの接近戦になんて持ちこめるわけがない。

 なら希望は一つしかない。

 「デスビーストウルフ!悪いけど使わせて貰うよ!」

 頼む、効いてくれ。有海菜はロケットランチャーを上に構えて敵をロックオンし、そのトリガーに手を掛けた。

「あ、有海菜。その兵器はワンが製造しているなかでも一番危険なやつだから……もう発射しちゃってるワンーー!?!?みんな今すぐ伏せるワン!!」

 白い尾を引き、空を切って。青に映える緑の誘導用弾頭が直進する。

 誰にとっても幸いだったのは、それが大きな脅威だったことだ。仮に第五号に直撃していれば、この辺りの建物の最高階が軒並み七階になっていただろうし、軽く腫れぼった目で"敵"を追いかけているピュアバブルも無事では済まなかっただろう。

 それは第五号にとってもだ。だからそいつは急降下を止めて両翼を組み、能力を発動するしかなかった。

 元々"敵"の素体になった少女は攻撃的な能力に適性がなく、得意としていた能力は探知だ。そんな彼女を第五号の素体に選んだ理由は、第一号の失敗から学んだ結果だった。脳に仕込んだ洗脳装置が、何か不具合が起きた時に素体自身によって壊されることがないよう、慎重に慎重を期して攻撃能力に乏しい素体を選んだのだ。

 破壊力は組み合わせる怪物で補えばよかった。素体が何かの拍子に洗脳から目覚めたとしても、怪物の部位を人間の脳で動かすことはバックアップが無ければ困難を極める。暴れたくても自分の意志では暴れられないように調整されているのだ。

 そうして作られたのが実動実験用第五号だった。

 ところが予想を外れ、第五号は融合の過程で探知以外の超常的な力を獲得していた。

 それが遮断。有海菜が空中でぶつかったのは透明な壁ではなく、能力で正義の味方を通れなくした空だったのだ。

 危険性は増したものの支部長は結果的に第五号を廃棄しなかった。更に何重にもセーフティを用意してまで運用しているのは、単純に戦力として便りになるのと、獲得した能力が復讐に使えると計算したからだ。

 その遮断を使って自分の前に何も届かない防壁を一つ。

 いや――足りない。防壁の上下から爆発が届いてしまう、それ程の大火力。もしかすると弾頭の性質によっては遮断の能力すら突破されてしまうかもしれない。

 第五号は自分を遮断の能力で囲むか、それとも弾頭を囲むかを逡巡する。だが結局、許されている行動は一つしかない。ピュアバブルを傷つけることは命令違反だ。

 第五号を捉える直前で弾頭が炸裂した。近くで直視すると視力を失いそうな光の渦が荒れ狂い、ここから出せと四方を遮断された空に怒りをぶちまく。前時代の兵器では絶対に突き破れない能力と、"悪"の力によって製造された兵器。その我慢比べの軍配は、確かに第五号に上がっていた。

「絶対に許さないっ……!!吹き飛べぇぇぇぇえ!!」

 命を守るようインプットされている相手から攻撃を受けるまでは。

 ピュアバブルの憎しみが包まれた泡が、第五号のすぐ横で破裂する。遮断の能力は間に合わない。それを使うには、必ず両翼をクロスさせなくてはならない。飛んで逃げても間に合わない。

 泡から発せられた衝撃波を翼を盾にしてダメージを最小限に止めるも、同時に集中が乱され遮断が突破される。ひび割れていた空が正常に戻り、窮屈さから解放された爆風が背を伸ばして第五号を飲み込むと、ピュアバブルは手を緩めず追撃した。

「――――ッ!」

 体勢を立て直す暇がない。吹き飛ばされた先にあるのはまたしても泡。虫かごに入れられた昆虫が揺さぶられるかのごとく、上へ、下へ、右へ、左へ。そして終着点には、三又の槍を構えた天才の姿がある。

「これで終わり……っ!」

 怒りのままに突き出した怒涛の刺突は、探知の能力によってピュアバブルの位置だけは掴んでいた第五号の翼によって防がれ、瞬間魔泡戦士はしまった、と口を動かしていた。

 刺突の威力を殺しきれない第五号が、街中へと落下していく。折角区域に被害が出ないように空で戦っていたのに、その努力が水の泡になってしまった。

 先輩を失った怒りを怒りのままに"敵"にぶつけてしまったことを、天才は後悔し学んだ。例え怒りが身を焦がそうとも、冷静に周囲の状況を把握しなければならない。

 状況を――第五号を追いかけるために街中へと視界を移したピュアバブルは、そこでようやく先輩が良く分からない毛深い生物と共に飛び上がっている姿を目撃した。

「有海菜さんが……有海菜さんが生きてる!!」

 溢れる思いが言葉として出てきたが、感情のままにそこには向かわない。

 今やるべきことは、ミスの後始末だ。喜ぶのは後からで良い。自然と緩みそうになる口元をきゅっと引き締め、ピュアバブルは第五号の落下地点に着地した。



「駄目です!感情抑制装置の機能が低下しています!明らかに第五号はピュアバブルに対して怒りを覚えています。このままでは命令信号を無視しかねない可能性が……!」

「馬鹿なっ!脳の手術によって素体は感情をほとんど失っているはずだ!セーフティとしてつけた抑制装置すら効かないほどの昂りを見せるなんて、あり得ない!」

「しかし、このままでは第五号のコントロールを完全に失います!羽野輪支部長!自壊装置はいつでも起動できます。ご指示を!」

 研究員たちの喚きを椅子に座って聞いていた羽野輪支部長は一言も発しなかった。代わりに、自分の最高傑作が自分の元から離れていく様に深い溜息をもらす。

 第五号とピュアバブルの戦いは、つい十数分前から全避難シェルター内のモニターに中継されている。空から落ちて行くブライトシャインの映像を皮切りに始まったこの中継は全て人類再興機関の仕込みだったが、思惑が外れたこともあった。

 何よりあの謎の爆発だ。映像が真っ白になるほどのそれを一体何者が起こしたのかがまだ分かっていない。あんな威力の爆発を起こせる存在など、ピュアバブルを除いてこの区域には居やしない。正義の味方が除外されるなら残るは"悪"だが、区域二十四番地には今、怪人や怪物など一体も居ないはずなのだ。

 だがその爆発を起こしたそいつは、ほぼ間違いなく第五号を"敵"と思っている。そいつの正体を確かめないまま、第五号を自壊させてもいいだろうか。

 それに地面に落下したはずのブライトシャインの安否も気がかりだ。地面に落下して死なないはずはないが、不確定要素は出来るだけ潰すべきだろう。もし万が一生きているなら、第五号の能力で彼女の居場所を特定できるはずだ。

 だが復讐をほとんど果たし終えて冷静さを取り戻した支部長は、この思案に意味がないと自身で気付いている。

 これらのことは本部からすれば些末なこと、どうでもいいことなのだ。求められるのは仮定ではなく結果。正義の味方の卵と強力な怪物の死骸を使った"敵"が、果たしてその高コストに見合う結果を出せるのかどうかだ。彼は自分に求められていることを自身で噛み砕き、再び思考する。

 今のところ答えは否、だろう。確かに正義の味方をおそらく一人殺せたものの、それは引退済みの元・正義の味方だ。それに区域への被害はほとんど出ていない。

 本部の要望は、倒せば今後数年は人類再興機関への感謝を人々が忘れないような圧倒的な力を持った"敵"のはずだ。そしてそれを意のままに操れ、後腐れなく廃棄できる保証。第五号はその条件をまだ満たしていない。

「……このまま稼働を続ける。こちらの命令に従っているうちは、絶対に自壊装置を起動させるな。それとブライトシャイン抹殺の優先順位を一つ下げ、区域の破壊を最優先目標に変更しろ」

「で、ですが。もし第五号が完全に暴走して自壊装置すら破壊すれば、近くの区域に救援を求めるしか対処方法はありません。そうなれば、我々の研究が本部以外に漏れる可能性が……」

「どこの支部も多かれ少なかれ似たようなことはやっている!ましてや我々の研究は"安全"を維持するための崇高なものなのだ!だが……だがいざとなったら区域第二十二番地と二十五番地支部に救援を頼む。そこの支部長たちには色々貸しがあるからな」

「……了解しました」

 どうしてこうなるのだ?

 支部長は腰を擦りながら深く目を瞑った。

 第二号、第三号、第四号は何れも外で問題なく稼働し、一定の目的を果たした。そしていよいよと満を持した第五号が、どうしてこうなるのだ?

 だが――思えば最初から違和感があった。研究所から飛び出した第五号はブライトシャインを探すことより、大空を飛び回ることを優先したのだ。

 その時は自身の飛行能力を確認しているのだと結論付けたが。もしかすると融合された怪物は死してなお、大空で翼をはためかせたかったのかもしれない。

 それだけではない。何より感情のままに動いた愚か者がいる。まさか、第五号につけたあの左手が何か問題を起こしたのか。

「……下らん仮定に頭を使うなど耄碌したものだ。死者が生者に出来ることなどありはしないのだ」

 支部長は、誰かに言い訳をするようにそう吐き出した。

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