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11.魔法少女ブライトシャイン、永眠す

 上空では先にピュアバブルと実動実験用第五号が戦っていた。新しい正義の味方は微かに触れただけでも破裂して衝撃波を放つ無数の泡で空一面を埋め尽くしていたが、"敵"はそんな空の機雷なんて関係ないと言う様に縦横無尽に飛び回っている。

「このっ!速すぎっ……!」

 空が、大声を上げる。

 第五号の描く軌道から刹那遅れて破裂する泡。もはや点ではなく面すら制圧する衝撃波の嵐が巻き起こるその先を突き抜け、"敵"はピュアバブルの機先を制する。

 それは絶好の好機だった。

 流石先輩から天才と言われる魔泡戦士は泡が破裂するほんの少しの時間差から"敵"の速度を感覚で理解し、自分を膜の厚い泡で三重に囲んだがそれが精一杯だ。

 超高速の突撃を受ければ大ダメージは必至。最悪、致命傷になるかもしれない。ピュアバブルはそれを覚悟しても闘志を少しも緩ませずにその時を待つ。

 だがしかし、第五号はその絶好の機会を活かさなかった。直前で突如方向を変えると、標的を有海菜に変えて羽ばたいた。

 それはほとんど確信だった。

 普通の人型の怪人なら、正義の味方相手に今のチャンスを逃す理由がない。明らかに自分(有海菜)の命を最優先に設定している。ならこの"敵"は恐らく、リツカさんと同じ……。

 有海菜は拳を強く握り締め、後輩を守るために用意していた力場を解除して自身の前に改めて設置した。

 向かってくる"敵"に反発する力で迎え撃つことを、かつての有海菜は楽しんでいた。まるで"敵"と自分との力比べのようで。そうして動きの止まった"敵"を吹き飛ばすことは、勝利の快感をより際立たせるものだった。

 力比べなんてもう随分やっていなかったな。それも、負けると分かってるのは初めてだ。

 有海菜には他に方法がない。逃げても弾こうとしても潰そうとしても、結果はどれも一緒だと分かっている。死期が早まるか遅くなるかの違いでしかない。だから今出せる全力で迎え撃つことが彼女にとっての、いや有海菜とピュアバブルにとっての唯一の勝機だ。

 一瞬、本の一瞬動きを止めるだけでいい。それだけであの可愛い後輩ならば、斃すとはいかなくてもダメージ与えてくれる。足手まといに出来る最良はこれだけだ。

 その戦術は最良と言えば最良だった。問題は二つ。一つは――

「有海菜お姉さん!!逃げて下さい!」

 後輩がどれだけ先輩を敬愛しているか計算に入れなかったことだ。ピュアバブルは有海菜の命の危機と引き換えに生まれる隙より、先輩の命を優先した。

 四重の泡に囲まれた有海菜は仕方なく泡ごと自らを弾いて急降下したが、当然"敵"はそれ以上の速さで追って来る。

 そしてもう一つは。

 第五号が唐突に速度を緩めたかと思うと、両翼を前に出して体の前でクロスさせた。何の動きだ、と考える間もなく有海菜を覆っていた泡が何かに真っすぐ切断された様な切り口を残して突如横に両断される。幸いそれは有海菜の数センチ前で起こったために前髪が少し切れただけで済んだのだが、弾性も堅牢さも持ち合わせているピュアバブルの防御魔法がその正体の掴めない攻撃の前では意味を成さないと突きつけられたのだ。

「クソがっ……!」

 あまりにも圧倒的な差を前に、運よく命を拾った少女は口汚く吐き捨てる。

 それでも安堵した。人類再興機関が作り出したこの"敵"の狙いはほぼ間違いなく自分だけだ。何故ならなんだかんだ彼らには正義の味方が必要なのだから。自分が殺されても、新しい正義の味方である後輩が命の危機に晒される可能性は限りなく低いだろうことにほっとした。

 そこで頭の中に、悪魔のような囁きが聞こえて来た。

「……いや。いや、そんな。それは本とにダメだって……そんな最低なこと考えるなよ、あたしの脳みそ……!」

 再び翼を広げて追ってきた"敵"から全力で逃げながら頭を叩く。ピュアバブルがその逃走を援護するように"敵"に向かって泡を偏差射撃するが、やはり邪魔な方(ピュアバブル)を優先することは許されていないのか、攻撃を躱しながらひたすらに有海菜を追い続ける。

 この"敵"に対抗するための方法は二つ。ピュアバブルの援護で少し余裕のできた有海菜は頭を整理する。

 一つは、自分の命を差し出すこと。そうすれば目的を達成した"敵"は高い確率でピュアバブル相手には無抵抗になるだろう。もっともこれは、この"敵"が人類再興機関が作った操り人形だと言う前提に基づいた作戦だ。今なおピュアバブルには一切攻撃を行っていないことを考えれば、可能性自体は高いだろうが間違えれば二人に待ち受けているのは死だ。

 とは言えもう一つも前提は同じ。そもそもそうでなければ対抗手段なんてなく、ただ一方的に蹂躙されるだけだ。

 そのもう一つは、後輩を盾にすること。正義の味方より悪の手法みたいだが、ピュアバブルの命を奪えない以上、有効的な作戦ではある。

 と、第五号が再び減速して両翼で×を作った。あの泡の防御を切断した攻撃は斬撃か、空間切断か、それともーー第五号を注視しながら逃げ続ける有海菜だが、次の瞬間に彼女は何かに全身を強く打ちつけてバランスを失ってしまう。

 空で何かにぶつかった!?鳥?いや、違う。そんな大きさじゃない。まるで大きく透明な壁があったみたいな。

 突然のことでもそれほど混乱しなかったのは、これまでの戦いの経験がもたらしたものだ。だが"敵"の行動はその経験を上回り、確実に有海菜の命を奪おうとする。

 第五号の漆黒の翼がこれまでにない勢いで波打った。来たるは視界を埋め尽くす黒い雨。鋼をも貫く無数の鋭い羽が、何かにぶつかってから体勢を立て直そうとする有海菜に降り注いできた。

「くそっ!これは……流石に……」

 これじゃあ、わざわざ殺されに来ただけじゃないか。

 自分でそう考えて否定は出来なかった。もし慰めの言葉をかけるなら、有海菜以外に被害が出なくて良かった、と言ったところだろう。最悪この"敵"は彼女を見つけるまで区域を荒らしまわったかもしれない。それに比べれば、元正義の味方がここで一人死ぬくらいどうってことないだろう。

 有海菜の力場とピュアバブルの泡の防御。それを合わせても、身を守り切るには少し足りない。

 それに有海菜が死を覚悟したのはその後が予想できるからだ。黒く鋭い羽の雨を軽傷でいなしたとしても。

「有海菜さん!!逃げて!!」

「……近くで見るとこんなに小さな子なのに。ごめんね、あたしじゃ助けられなくて」

 やって来るのは死を告げる鳥(ナイチンゲール)だ。

 ――ほんの少しの、違和感。

 "敵"は左手を突き出した。そこだけ異様に醜い部位を。仕留めるのならもっと確実な攻撃方法があるだろうに、何故かその左手を突き出したのだ。

 毒か?それとも何かに能力の起点となる部位なのか?

 だが、考える意味もなく。一気に距離を詰めて来た"敵"の左手が、有海菜の腹部に突き刺さった。

「がああぁぁあああっ!!!ああっ!……っあ!……っ」

 せめてもの救いは、痛みを感じたのが一瞬だったことだ。左手の突き刺さった場所から痛みとは違う不思議な熱さを感じたのを最後に叫び声もか細くなり、気絶した有海菜が墜ちて行く。ピュアバブルには受け止められない。彼女に攻撃しない"敵"もそれだけは許さないと舞い塞がる。

 例え先ほどの一撃で命を奪えていなくても、意識を失ったままその高さから落下すれば待ち受けているのは死だけだ。どんな正義の味方でもそれは変わらない。

 正義の味方(ブライトシャイン)はいま間違いなく死んだのだ。



 とある地下研究所内に、歓喜の声が響き渡る。

 計画通りに復讐を果たした羽野輪支部長は、今日この時ほど胸のすく心地を感じたことはなかった。人類再興機関にとっての平和や安全のことなど忘れ、ただただ歓喜のままに叫んだ。

 後は第五号に区域の老朽化している建物を多少破壊させ、その後"敵"としてピュアバブルに葬られれば全て計画通りだ。強大な"敵"を作り出す技術とその効果を知った本部は間違いなく自分に重要なポストを用意するだろう。

 栄誉ある未来を今から想像する支部長は、今から高笑いが止まらなかった。

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