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10.元魔法少女、独白す

「実動実験用第一号の左手は、多少の問題がありましたが実動実験用第五号との接合を果たしました。しかし支部長。これにどのような意味があるのですか?」

 区域二十四番地から少し離れた外のとある地下施設で、そんな疑問の声が響き渡る。その声を放った研究員の前にはポットの中で凍結状態にされている二つの異形の姿があった。

 左側の一体は四肢が損壊していて腹部や胸部にも大きな穴の開いている、元の形が分からないほど損壊の激しい異形で、右側のもう一体は小さな少女に巨大な漆黒の翼が生えている点は特異なものの、むしろ生物としてどこか力強く優美に映る異形だ。

 いや、右側の異形は唯一左手だけが美を損ねていた。腕の先にある少々腐敗した手は、少女の細い手よりも二回りは大きく、更に少し腐敗している。それが先ほど研究員が言葉にした通りの結果なら、この生命に対する冒涜的な施設の中でも極めて醜悪な産物だった。

「意味、か。生物の機能的な観点から言えば、片手だけ別の個体のものである必要性は確かに乏しいな。ましてや強力な怪物と融合した五号はいずれのスペックも一号より優れている。拒否反応、神経伝導速度の低下、その他諸々の可能性を考えれば弱体化していると言い切っても良い」

「それでは何故……?」

 羽野輪支部長はギリッと奥歯を噛み締め、憎々し気な形相で一号を見やる。

「第一号の素体は電気を操る力に目覚めた正義の味方だった。忌々しいことに素体の分際でやつは、実験の途中で洗脳装置を破壊して暴走したのだ。いや、破壊したのが研究に関する施設だったことを考えると、自分の意志で暴れていた可能性が高いだろう」

「それは……生命反応がないとは言え、第一号の左手を接合して大丈夫なのですか?」

「そのままで大丈夫なわけがないだろうな。正義の味方の超常的な力の全容は決して解明できない。電気を操る、とは言ったがそれは現代の科学で最も分かりやすく適した表現を使っているだけに過ぎんのだよ」

「それでは、その……申し訳ありません。私の頭ではやはり、この行いに理由を見出せません」

 支部長は醜悪に笑う。出来れば君を見下ろして嗤う私をその目で見て欲しかったのに、と思いながら第一号の死骸が入れられた左側のポットを見つめると、死骸の顔らしき部分の前で勝ち誇った自分の顔が反射した。

「君は素晴らしい研究者だ。その通り。これは君にとっては意味のない行いだ。研究者としても支部長としても、こんな非生産的な行いを容認すべきではない。だが……先日腰を痛めて気が付いたのだよ」

 湿布を何枚も張った腰を擦りながら大きく息を吸い込む。それは溜めだった。何かをぶちまける前に起こる、一瞬の静寂。

「私の残りの人生は長いとは言えない。積もりに積もった怒りをぶつけるべき機会や相手には二度と出会えんかもしれん。それを考えれば、痛みなど、利益など下らないものだ!よくも私の人生をかけた研究を!"安全"のための献身を!素体(にんぎょう)の分際でぶち壊しにしてくれたなぁっ!十年だ!貴様のせいで十年も"安全"を維持するための正当な手段が認められなかったのだぞ!本部から予算が降りていれば、どれだけ今より進歩していたことか……!脳みそが腐敗している今の貴様に分かるか!?分かるわけないだろうなぁ!!」

「……」

 支部長が狂った。研究員たちは努めて冷静に嵐が過ぎ去るのを待っていた。彼らにはそもそも片手を付けかえることがどう怒りの発散に繋がるのか理解できない。人形のパーツを交換してその歪さを嗤うのなら、あまりにもしょうもなさすぎる。どれだけ復讐したくても、相手はすでに死んでいるのだ。怒りを発散する為に物言わぬ死骸を損壊させたのなら、墓荒らしよりもある意味たちが悪い。

「ふぅぅ……あー……すまない。肝心なことを言っていなかったな。第一号の脳の細胞は機能していないし、肉体も臓器も腐敗している。だがその凍結した体の中で、電図でも反応しない電気信号が彷徨っていたのだ。恐らく素体の仕業だろう」

「そんなことが……!?本当だとしてそれは電気信号と言えるのですか?」

「さぁてな。言っただろう、正義の味方の力は解明できないと。私は便宜的に電気信号と表現しているだけだ」

 そんなことはどうでもいい、とばかりに続ける。

「この事実は第五号が能力で発見したのだ。私は第五号に命令し、第一号の一番腐敗が進んでいない箇所(左手)の中に閉じ込めることに成功した。この電気信号が第一号の、その素体の成れの果てであることはほぼ間違いないだろうからな」

 それを裏付ける確実な根拠もないのに確固たる事実のように話す支部長を見ていた研究員たちは、自然と震えていた。人の妄執と怒りは、かつて優秀だった研究員をここまで堕落させるものなのか。

「ああ、安心したまえ。第五号の能力によって、その電気信号は絶対に左手の中から第五号に向かっては出られない。超常的な力を前に絶体は禁物だが、第五号の力もその超常的なものだからな。力関係は歴然としている」

「では……第五号が区域を破壊する様を見届けさせることが、支部長の復讐なのですか?」

 支部長はきょとんとした。だが僅かに空いていた唇が大きく開き、そこから哄笑が飛び出てくる。

 可笑しくて可笑しくて仕方がない。そんな程度。たかが区域の一部を破壊する程度でこの怒りが収まるとこいつらは思っているのか!?

「ハハハハハ、そんな、そんなわけがないだろう?ふふっ、君も人類再興機関のために働いているのならもっと壮大なビジョンを持ちたまへ」

「で、では一体何を……?」

 戸惑う研究員の肩を何度も叩きながら、この区域で正義の機関を代表する者は言った。

「簡単なことだよ。新しい正義の味方が現れれば、かつての正義の味方は完全に退場するものだろう。そしてそれは人々の関心と同情を買うために悲劇的であればあるほど良い。特にブライトシャインは力を持ったまま正義の味方を引退した珍しい存在で、かつ我々に反抗的でとても目障りだからな。だからその最期の幕引きを、ブライトシャインの恩師だった左手(なれのはて)に務めてもらおうか」



 恩師(リツカさん)を殺したのは、ブライトシャインとなって最初の戦いだった。

 私はその時、馬鹿みたいに喜んだんだ。だって瓦礫の山の中で私が正義の味方としての力に目覚めたとき、守りたかった両親も知り合いも友達も、みんなみんな死んでいたんだから。あと数分、あと数十秒。たったそれだけ早く力に目覚めれば助けられたのに、私のせいで死んだんだから。

 やっと。やっとこの力で何かを守れたんだって救えたんだって。正義の味方になれたんだって。尊敬するリツカさんにそう自慢できるんだって。

 馬鹿みたいに、喜んだ。

 正義の味方なのに、姿形が変わったくらいで私はその異形がリツカさんだと気が付けなかった。四年間も、気付けなかった。

 こんなバカな話がある?こんな愚かな正義の味方がいる?最初から。最初の一歩目から一番大事な人を救えずにその手で殺しておいて、人々(みんな)の希望として笑顔を振りまいていた間抜けなんてどこにいる?

 ああ……ここにいるよ。嗤うくらいならこの世界から消してほしい。ブライトシャインなんて消してほしい。

 ……あの異形がリツカさんだって知ったのは、六年前のことだ。少しずつ人類再興機関に対する疑念が募っていた私は、ある幹部を尾行して地下の施設に侵入した。向こうも用心はしてたんだろう。全盛期の頃じゃなきゃ静かに突破できないような防備と仕掛けを潜り抜けて、重要書類が入っている厳重な金庫を見つけたんだ。

 それを見つけた時の私の反応ときたら、世界で一番滑稽だっただろう。最初のヒーローが設立した人類再興機関の陰謀を全区域に向けて公表してやるって、息巻いてたんだから。

 そして私は全てを知った。人類再興機関が"敵"を作る研究をしていることも、区域の人々を管理し利益を貪っていることも、本当は外の人々に助けを出せる余裕があることも。

 あの怪物がリツカさんだったことも。

 ……正義の味方なんて馬鹿らしい。十代の若く純粋な子供を言葉巧みに誘導して、自分たちにとって都合の良い正義を行わせ浪費しているだけ。安全、平和なんて仮初だ。人々が箱庭から出て行かないように、外を見捨てて理想郷に見せているだけ。人類の"敵"?自分たちの安寧のために、それすら自作自演しようとしている。

 でも一番馬鹿なのは私だ。私がリツカさんを殺した時、それを嗤っている奴がいて、私はそいつに従っていた。リツカさんはきっと、最期の力を振り絞って人類再興機関の研究施設を破壊していたのに、私のしたことはそれの邪魔だ。

 それでも。その日から急激に力が衰えても、人類再興機関がリツカさんを怪物にしたと知っても、私は正義の味方を止めなかった。この場所はリツカさんの隣で歩いた場所だから。彼女に何度も反抗して、そのたびに抱き締めてくれた場所だから。

 彼女が生きて来て、愛していた場所だから。

 自分が正義の味方に相応しくなくても、相応しかった人のために戦ってきた。

 でも――ずっと、小さい頃から逃げられないものがある。いつまでも消えないものがある。瓦礫の山の中で生きて、瓦礫の山の中で力に目覚めた私の根源にある、苛立ち、焦燥、恨み。正義の味方たちが自分が生きる場所を守りたいと願って力を得るなら、私は自分が生きる場所を壊したいと願って力を得た。

 一番駄目なことは自分から逃げることなんだ。リツカさんはそう言っていた。でも自分の芯に突き刺さったこれを。どれだけ消したくてもどうやったって消せずに燻る燃えカスを。最後に残った力を。灰を糧に燃え上がらせてもいいんだろうか?

 リツカさんお願いします。どうか教えてください。私は正義の味方になんてなれないけど、自分を受け入れていいんですか?

 答えは分かっています。リツカさんの命を奪った私にそんな資格があるわけないって。だから。

 どうか私を罰して。

 私をその手で、殺してください。

 リツカさん――



 目覚めたとき、有海菜の気分は最悪で最高だった。

 胃から内容物を吐き出して、短く荒く呼吸をして、一面の白い壁に目を向けて心を落ち着かせる。彼女は白い壁が好きだった。どんなに自分が汚くても、周りが綺麗ならそれでいい気がしてくるから。

「あぁー……くそっ。胃薬……もうないじゃん」

 仰向けになって深呼吸する。こんな朝を迎えると、大抵良くない一日が訪れることを有海菜は知っていた。オカルトめいていると言われるかもしれないが、超常的な力なんてオカルトそのものなのだ。自覚はないが、これも彼女が無意識で使っている魔法なのかもしれない。

 真偽はともかく、有海菜は結局日課になってしまっている見回りと人類再興機関の監視を止めて今日は部屋に籠るべきだと判断した。良くない一日とは、別に生命の危険だけを指すものではない。鬱陶しい悪の組織に絡まれたり、携帯電話を落としたり、何時も使っている胃薬の値段が上がっていたり。そんなちょっとしたことしか起きないこともある。

 けれど今日は違う。何よりも危機を察知することに優れた正義の味方たちなら、誰もがそう感じるかもしれない。

 だがそれも、数時間何もないとなると杞憂だったのかもしれないと思い始めて来る。携帯電話と標準アプリの説明書を暇つぶしに読みこんだ有海菜は、それも終わると本格的にやることがなくなってショートカットの黒髪を指で弄び――瞬時に立ち上がると窓から外を見た。

 それは、質量だった。圧倒的な"悪"の質量。背筋が凍るその気配は、区域の上空。視力に優れた有海菜からでもちっぽけな点にしか見えないそれから発せられていると体の深くに刻み込まされた。

 これは十年前のあれ以来……いや、それよりも更に――

 何故自分は赤いジャージを掴み窓から飛び出したのだろう。何故自分は空に飛び上がったのだろう。もう正義の味方ではないし、絶対に敵わない"敵"だと分かるのに。

 敵のことではなく自分の内面に思いを馳せるなんて、隙を生み死を招き入れる行いだ。それでも彼女は空を跳ねながら考える。

 リツカさんのため?莉奈ちゃんのため?区域の人々のため?平和のため?それとも、戦って死ぬため?

 分かっていてもそのままに動けないからこそ彼女は、八つ当たりするように空を強く蹴った。

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