0.雷鳴闘士エッジサンダー、回想す
クソガキってのはどんな奴に使うべき呼び方だと思う?誤解のないように言っとくけど、あたしは普段子供をガキなんて呼ばないし、クソなんてのはまぁ、誰でも使うもんでしょ?私は職業柄その頻度がちょっと多いだけでさ。
つまり何が言いたいかって言うと、あいつは正にクソガキだ。あのクソガキに比べたら"悪"なんてまだ可愛らしく見える。あたしは一仕事終えた後、窓ガラスに映る自分の顔を見てそう思ったね。
"クソヒーロー"。あたし小顔にはそんな言葉がデカデカと刻まれていた。おまけに油性マジックで書きやがったのか、人目を忍びながら公園で顔を洗っても少しもとれやしない。こんなことする奴は創作の中にしかいないと思ってたよ。
大体、人類再興機関も人類再興機関だ。あまりに暴れて手に負えないからってあたしにクソガキを、新鎧有海菜を押し付けて来やがった。あたしの仕事は正義の味方で、子守りをするためにこの力に目覚めたわけじゃない。そう、みんなを守るため――そう思ってたけど、いつの間にやら仕事だと割り切るようになってしまってたな。
あぁ、最悪だ。こんなことに気付かされたのもあのクソガキのせいだ。クソみたいなガキ、じゃない。クソみたいにガキなんだよ、あいつは。"外で苦しんでいるみんなを救おうともしないのに、そんなやつが正義の味方なんて許せない!!"って?……自分の半分も程度しか生きていない子供に返す言葉もなかったよ。
そんなの理想論だ、って誰かが笑っても良い。得がない、って冷めてた目をしても良い。自分たちにも余裕がない、って突き放しても良い。でも、正義の味方だけは見ないふりをしちゃだめなんだ。
あぁ、だけどやっぱり、この顔じゃお店には寄れないから買ってあげようと思っていたお菓子は無しだ。あたしも緊急アラームで飛び起きて何か食べる間も顔を洗う余裕もなかったんだから、これくらいはクソガキも自業自得として我慢して貰わないとな。
あたしは溜息をつきながら家に戻った。
まぁ、なんかしているだろうなって予想はしてた。
このクソガキ、家電やら家具やらを集めて自分の陣地を作ってやがる。あたしが外にいた時間を考えるとかなり立派な出来だが、これが能力なのか才能なのか慣れなのか分かんない。ただ、あたしを睨みつけながらボリボリと貪っているそれが犬用のエサだと教えてやるべきだな。
「おいそこのクソガキ。お前が食ってるそれは、あたしの姉ちゃんが置いてった犬用のエサだ。あんまり食べてると腹壊すぞ?」
外に住んでいる子供は字が読めないこともあるって何かで耳にした。こいつもその字が読めないやつなんだろうけど、匂いとかで食べちゃいけないもんか分かんないのかね?
「……知ってる」
は……?知ってる?
あたしが呆気に取られていると、クソガキはあたしをねめつけて口を開く。
「ここの人たちからすれば、私たちなんて犬よりも価値がないんでしょ?」
「……あ?」
「それにこれ、十分食べれる。私が住んでた場所だと、これより酷いものを押し込まないといけない時があるもん」
「……」
あぁ、そうだ。あたしはまた、自分の愚かさを本当に思い知らされたんだ。
外にいる人たちも助けないといけない?でもあたしはこのクソガキにぐうの音もでないほどの文句を言われてからも、外について調べようともしなかった。そんな食生活を送らないといけないなんて知らなかった。能力で空高く飛んで上空から外の状態を見渡すことくらいは出来るのに、しんどいから今度にしようとか考えていた。
きっとこいつは最初から、その怒りを滾らせた瞳であたしがどんな人間なのかを見抜いていたんだ。たまたま難しい問題に正解して注目を浴びた後、無理して自分が頭が良いってふりをし続けているみたいな虚栄心と恐怖を抱えていることを。
心底、自分が情けない。
「あーーーーーーーもう!!」
あたしが叫ぶとクソガキは……有海菜はすぐに逃げられるような体勢を取った。またしても失敗だ。無駄に有海菜をビビらせてしまった。
「こっちに来るな!吹き飛ばす!!」
「いいや、そっちに行かせてもらう。ドックフードがどんな味をするのか、確かめてやる!」
「…………」
有海菜の作った陣地にゆっくりゆっくり入ると、彼女はあたしから距離をとったままドックフードの袋を床に置いた。
ほら、食べて見ろ。そんな風にこいつはあたしを挑発している。
だけどね、有海菜。あたしは愚かな正義の味方だから売られた喧嘩は買っちまうんだよ。上等だ。
あたしはドックフードの袋を引っ掴むと、それを口の中に一気に流し込んだ。良い子はこんなこと、絶対にするんじゃないよ。
味のことはあんまり詳細に言いたくない。もうなんか口の中一杯にほんのちょっと肉っぽさとなんとも言えないエグみが広がって。でもあたしは涙目になりながらもガリガリ噛み砕いて、呑み込んだ。
「うわっ、本とに食べた……頭おかしい」
「お前ぇ……クソが。うぷっ!……この気持ち悪さが収まったら……今度はあたしの作ったホットケーキをその生意気な口の中に放り込んでやるからな……!」
「……食べ終わったなら、私の場所から出てけ」
「あぁ?あたしの方がドックフードを多く食べたんだから、ここは今からあたしの場所だ」
「い、意味わかんない。やっぱり偽ヒーローは頭がおかしい」
それが良いかどうかはともかくとして、あたしに対してマジでドン引きする有海菜の表情には怒りよりも困惑の方が色濃く出ている。まだその顔をしていてくれた方が、あたしにはありがたい。
あたしは奪い取った陣地にホットケーキプレートを持ってきてケーキを焼き始める。まぁ流石に材料や生地を用意するときは出て行ったけど、そのあいだ作った陣地から追い出された有海菜は、家の主かのようにそこら中を歩き周っていた。
何か気付けば家主と居候の立場が逆になってやがる。いやまぁ、あたしが原因なんだけどさ。
「なんか気になるものでもあるのか?」
窓の外をじっと眺め始めた有海菜に問うと、まだたったの七歳のそいつはポツリと言葉にした。
「こんな凄いところにも"悪"は出るんだ」
「まぁそりゃ、どこにでも出るでしょ」
「何で?」
「何でって……それはそう言うもんだから」
あたしが顔を上げると、またあの怒りに満ちた双眸があたしを突き刺した。そう、これまではそう思ってきたんだけど。
この小さな女の子は、あたしではなくもっと別の何かに怒りを募らせているようだった。現に、"悪"についての話が薪にでもなったみたいにますます怒りが燃えている。
「でも、長老が言ってた。長老が私よりちょっと大きかった頃はそうじゃなかったって。あの頃に戻りたいって」
「……そんなこと考えても仕方ないでしょ。人類の現状は、昔を振り返る余裕もないくらい切羽詰まってんだから」
「じゃあずっと、こんな風なのが続くの?こんなに苦しいのが」
ふっ、と何かのスイッチが入った様な予感があった。元々その歳に似合わないほど険しい表情をしていた有海菜の顔が、ますます強張っていく。
「お、おい。落ち着け」
予感は的中した。有海菜の周囲にあるもの全てが、彼女から逃げるように弾かれ遠ざかっていく。人類再興機関から聞いてはいたが、これが力場とか言う能力か。
「お父さんもお母さんも長老も里香ちゃんも凛ちゃんもあっくんもいなくなったのに、それでもずっと終わらないの!?」
「辛いのは分かる……いや分かるとか簡単にあたしには言えないけど、そうやって自分を苦しめ続けたって」
「私たちが苦しいのは私たちのせいじゃないもん!!"悪"なんてものが出るようになったから!そうじゃないの?正義の味方……!」
「それは……」
あたしには何も答えられない。答えられるわけがない。この子はこんなに小さいのに、どれだけこの世界の残酷さをその身に受けてきたのだろう。
まだほんの七歳だろ?あたしが七歳の頃なんて、鼻水たらしながら正義の味方ごっごをやってたんだぞ!?
外の人たちは皆こうなんだろうか?小さい頃から生きることの残酷さと向き合うしかないんだろうか?
この子は区域で生きて来たあたしよりも、ずっと考えている。どうして今の人類がこんな仕打ちを受けているのかって、ちゃんと疑問に思って怒っているんだ。
「ごめん。あたしには分からない。どうしたらこの世界から"悪"がいなくなるのか。あたしはどうしたら本物の正義の味方になれるのか。だからこれから一緒に考えてくれ、有海菜!」
あたしに出来ることは精々、自分すらも圧し潰そうとしている力場の中に入ってこの子をぎゅっと抱きしめてあげることだけだ。それも、有海菜にとっては迷惑かもしれない。あたしは、本物の正義の味方なんかじゃないから。
でも有難迷惑だろうけど、あたしは頭が悪いから目の前にいる奴しか助けられないんだ。
「一緒に?」
「そう。一緒に、だ」
「……いなくならない?」
「ああ。いなくならない。有海菜がいいのなら、ずっとね」
有海菜は答えなかった。ただ圧し潰される様な感覚が無くなって――ほんのちょっとだけ、あたしの服の端を掴んだんだ。
こいつがあたしの服を掴んだ理由は、人類再興機関の施設に閉じ込められるよりも、あたしの家に居た方が多少はマシだと思っただけってことは分かってる。
こんなことで苦しみや怒りが和らいだりはしないだろう。あたしはその切っ掛けにつま先を入れただけだ。
「……よし。落ち着いたらホットケーキを食べ……あああぁ!焦げてる!」
「……流石クソヒーロー」
「ああっ!?そういやお前、よくもあたしの顔に落書きしやがったな!やっちゃいけないことにはしっかり怒るからな!」
――こんなやり取りが数えきれないほどあった。
正直、一緒に暮らすようになってからの半年間は普通に会話した記憶なんてほとんどない。どっちも喧嘩腰で、何度か家から追い出してやろうとも思った。
だけどあいつ、眠っているときにいつも泣いてやがるんだ。寝言で家族や友達に謝りながら、でもそれよりこの世界をぶん殴りたいって意志を示すように、小さな手にいっぱいの力を籠めて。
有海菜だけじゃない。子供には、幸せになる権利があるべきだろ?なのにあたしは何もしてやれない。正義の味方なのに、ただ毛布をかけて見守ることしか出来ないことが、歯痒くて仕方がなかった。
なんでこんなにあたしは無力なんだ。超常的な力があっても子供一人幸せにできないなんて!
それでも一年経ったころには、何となく日常会話を交わしたり、あたしが忙しい時には軽く家事をやってくれてたり、多少笑顔を見せてくれるようになった。
人類再興機関からは、外から来た野生児が段々と区域の普通の子供になっていっているように見えていただろうな。まぁ間違っちゃいなかったけど、あたしはただあいつが怒りを誤魔化すことが上手くなっただけだと感じてた。
まぁ、少しだけ複雑な気持ちだったのは確かだ。誤魔化すのが上手くなるのはあたしみたいな諦めた人間の習性だ。自分勝手な想いだけど、あいつには抱えた怒りを忘れずにいて欲しいんだ。あれこそがあいつの根元なんだ。切り離せるもんじゃない。
それを決めるのは勿論、有海菜自身だけど。
一年、と言えばその間にあたしも外や"悪"について調べていた。図書館にはそれらしい書籍がさっぱりないので、情報源は古本屋のいかにも怪しいゴシップ紙や本が主になってしまったけど、それでも自分なりに調べて引っかかる事があった。それは、外に比べてどうしてこの区域と言う場所がそれなりに安定してるかってことだ。区域には工場も畑も正義の味方もいるけど、完全に自給自足できるほどじゃない。
……全部外から奪っているのか?それとも外で物資や食料を作っているのか?有海菜を保護したと言っていたけど、本当にあいつはたまたま保護されたんだろうか?
調べれば調べれるほどに、ある組織の名前が浮かび上がってくる。
人類再興機関。あたしが幼いころから憧れていた"正義"の組織は、何か後ろ暗いことに手を付けているんじゃないか?
あたしはそれを否定したくて更に調べるけど、出てくるのは"正義"とは真逆の状況証拠ばかり。
仮にこの世界から"悪"が消えても、人類再興機関が人類にとっての新たな"悪"になるんじゃないか?
いや、でも――
有海菜が家に居着いて二年が経った頃には、あたしに正義の味方としての能力は無くなっていた。有海菜が来る前からその兆候はあって覚悟していたつもりだったけど、いざその時が来ると苦しくて苦しくて仕方がなかった。
これじゃあ有海菜の力になってやれない。この二年ですっかりあたしに懐いてベッドに潜り込んで来るようにまでなっちまった、可愛い妹のようなあいつの助けに。
その上、あいつはあたしの後を継いで新しい区域の正義の味方になるんだって言う。
ーー本当にそれでいいのか?本当にそれでいいのかよ、有海菜?
二年とは言えずっと一緒に暮らしてきたあたしには分かるんだ。あいつが後ろめたいことや隠したいことがある時には目を逸らすんだって。ふとどこか遠くを見つめるときに、瞳の奥が未だに燃えているんだって。
あたしのために正義の味方になる必要なんてない。一番駄目なことは、自分から逃げることなんだ。あたしが先輩から教わった言葉を伝えると、有海菜は笑って言った。
「今の私にとって、本物の正義の味方はリツカさんなんです。だから私が、リツカさんが守って来たこの場所を必ず守ります!それが今の私にとって一番やりたいことなんです」
「……そっか。そう決めたなら……有海菜の意志を尊重するよ」
あぁ――あたしのせいだ。あたしがあいつの怒りの炎を和らげたんだ。
それはきっと、悪いことなんかじゃない。世界の"悪"を、この世界の仕組みを憎んで解決できるかも分からない無謀な挑戦に身を投じるよりもよっぽど健全だ。よっぽどまともだ。
でも本物の正義の味方ってのは、そうじゃないだろ。本物の正義の味方ってやつは、無駄だと分かっていてもそいつに殴り込まなきゃならないんだ。当たり前だと思ってる理不尽に怒りをもって挑まなきゃならないんだ。お前はあたしにそれを教えてくれたんだよ。
だから――あたしが、有海菜のかわりに戦ってやる。本当はそうしたいだろう気持ちを抑えて、あたしの後を継いでくれた後輩のために。
怪しいってことは分かってたさ。でもあたしにはもう力がないんだ。それを得るために、多少の無理をしなければならないのは承知の上だ。
あたしは有海菜に書置きを残して、人類再興機関の口車に乗った。
それがあいつを苦しめる、最悪の選択になるって気が付けないまま。
ごめんな、有海菜。あたしはやっぱり、本物の正義の味方にはなれなかったよーー




