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スピンオフ② 「白衣とスーツ」—若き日の校長と養護教諭

「折れなかった理由」—主幹教諭と養護教諭


雨の夜だった。


校舎は静まり返り、職員室の灯りだけが残っている。


「……まだ帰らないの?」


白衣の女が、入口にもたれている。


「ノブコか」


主幹教諭は顔も上げずに答える。


「あなたこそ」


「仕事じゃないわよ」


軽く肩をすくめる。


「なんか嫌な感じがしたから来ただけ」


 


その“勘”は、よく当たる。


主幹教諭はペンを置く。


「……来るかもしれないな」


「何が?」


「崩壊が」


 


ノブコの目が、わずかに細くなる。


「例の家庭?」


「ええ」


短く答える。


「限界が近い」


 


沈黙。


 


「……間に合うの?」


 


その問いに、主幹教諭は一瞬だけ言葉を止める。


 


「間に合わせる」


 


即答だった。


 


ノブコは、ため息をつく。


「ほんと、そういうとこ」


「嫌いでしょ?」


「ええ、大嫌い」


 


だが、その場を離れない。


 


その時だった。


 


――ガシャァァン!!


 


ガラスの割れる音。


 


二人は同時に動く。


 


 


教室の中は、地獄だった。


 


机が倒れ、窓は割れ、床には血。


 


そして中央に――


 


母親。


 


子ども。


 


そして、包丁。


 


 


「来るなぁぁ!!」


 


母親が叫ぶ。


目は焦点が合っていない。


 


「……遅かったか」


主幹教諭が小さく呟く。


 


ノブコは一瞬で状況を読む。


「完全に崩れてる」


 


子どもは壁際で震えている。


動けない。


 


「……どうする」


ノブコが低く問う。


 


主幹教諭は、前に出る。


 


「止める」


 


「違うでしょ」


即座に否定。


 


「あなた、それ“潰す”やり方になる」


 


「……」


 


一瞬、止まる。


 


 


その瞬間。


 


母親が動く。


 


 


「――ッ!!」


 


包丁が振り下ろされる。


 


 


――ドンッ!!


 


 


主幹教諭が、受ける。


 


 


「……っ」


 


血が滲む。


 


 


「……あなた」


 


ノブコの声が、少しだけ揺れる。


 


 


「いい」


 


 


低く、押さえる。


 


 


「まだ、間に合う」


 


 


母親を見据える。


 


 


「……全部、抱えたんですね」


 


 


その一言で、


 


 


空気が、止まる。


 


 


 


「……っ」


 


 


母親の手が、震える。


 


 


 


「誰にも言えなかった」


 


 


「助けてって言えなかった」


 


 


 


「だから――」


 


 


一歩、近づく。


 


 


「壊れた」


 


 


 


「……ぁ……」


 


 


声が漏れる。


 


 


 


「いいですよ」


 


 


 


「ここで止めましょう」


 


 


 


その言葉は、


 


 


責めでも、説得でもない。


 


 


 


ただの“受け止め”だった。


 


 


 


次の瞬間。


 


 


包丁が、落ちる。


 


 


 


カラン、と乾いた音。


 


 


 


母親が崩れる。


 


 


泣く。


 


 


 


子どもも、泣く。


 


 


 


 


静寂。


 


 


 


 


ノブコは、ゆっくり息を吐く。


 


 


 


「……ギリギリね」


 


 


 


「ええ」


 


 


 


主幹教諭は、壁にもたれる。


 


 


血が、床に落ちる。


 


 


 


「ほんと、バカ」


 


 


 


ノブコが近づく。


 


 


 


「死ぬつもり?」


 


 


 


「そのつもりはない」


 


 


 


「結果がそうなるのよ」


 


 


 


傷口を見る。


 


 


「……深いわね」


 


 


 


「大丈夫です」


 


 


 


「大丈夫じゃない」


 


 


 


ぴしゃりと言う。


 


 


 


そのまま、応急処置を始める。


 


 


 


「……」


 


 


 


少しの沈黙。


 


 


 


「……さっきの」


 


 


 


ノブコが、ぽつりと。


 


 


 


「なんで、ああいう言葉が出るの?」


 


 


 


主幹教諭は、少しだけ目を閉じる。


 


 


 


「分かるからです」


 


 


 


「何が?」


 


 


 


「壊れ方が」


 


 


 


 


ノブコの手が、一瞬止まる。


 


 


 


「……」


 


 


 


「私も、同じなので」


 


 


 


 


その言葉は、軽い。


 


 


だが――


 


 


 


重い。


 


 


 


 


ノブコは、ふっと笑う。


 


 


 


「……やっぱり嫌い」


 


 


 


 


そして。


 


 


 


 


「でも」


 


 


 


 


包帯を巻き終えながら言う。


 


 


 


 


「そのやり方じゃ、あなたは壊れる」


 


 


 


 


「だから」


 


 


 


 


視線を合わせる。


 


 


 


 


「私が止める」


 


 


 


 


 


主幹教諭は、少しだけ笑う。


 


 


 


 


「お願いします」


 


 


 


 


その関係は、


 


 


 


その日、決まった。


 


 


 


 


後に人は言う。


 


 


あの学校は強かったと。


 


 


 


違う。


 


 


 


ただ、


 


 


 


 


“壊れる前に止める者”と

“壊れても立つ者”がいた


 


 


それだけだ。

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