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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
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ジルユードの見解

  ◇


「様子を見ながらということになるが許可しよう」


「ホンマでっか!?」


「いいのか?」


 少々予想外だったが、わりとすんなりとジルユードはセイジロウの作ったキュウリを食用の野菜として認めた。

 俺としてはこんな怪しい物を食べることも食べさせることもできる訳がないと全て廃棄しろと言ってくるのではないかと思っていたのだが。

 セイジロウもまったく無条件という訳でもないがとりあえず認めてもらえたことで安心顔だ。


 俺とマカンがエンゾキュウリを実食した翌日の早朝。

 採れたてのキュウリを持ったセイジロウと一緒にジルユードを呼び出し、切り分けたキュウリを見せながら昨日のやりとりを説明した。

 ジルユードはすぐにはキュウリに手を出さなかったが、まずは一緒についてきたアルマリスがキュウリを口にした。この女は味覚が鋭くかつ毒物に強い体質だとかで、時にジルユードの毒味役もこなす。

 そのアルマリスが食べて悪質な毒ではないということを確認してからジルユードもキュウリを食べた。その上での許可発言だった。


「味は悪くないからね。これが食べるに値しないぐらいに不味い物なら廃棄処分を命じるところだが、そうでないのなら惜しい気もする。中毒性という点は確かにひっかかるが……」


「まあこいつの話を聞く限りやばい物である可能性はあるが、人間には無害である可能性もあるからな」


 正直言えばセイジロウが中毒性について黙っていればなんの問題もなく普通に受け入れられたかもしれない。もっとも後から発覚した方がセイジロウの立場が悪くなるのも確かだし、マカンがひどい中毒にならないようにとの親切心からでた警告だったのだから誠実な対応と言えなくもない、か。


「そこら辺は調べていく必要があるね。誰か試しに多量に食べさせてみて経過を観察したいところだよ」


「さすがに奴隷だからといって人体実験はしてもらいたくないな」


「僕だってそうは思うがね。ただ必要なことではないか? そもそもこうして僕やアルマリスがこのキュウリを食べてみたことだって人体実験と言えなくもない」


「ジル様。いっそのこと志願者を募ってはみませんか? 危険はありますが何もおこらないかもしれないのですし、報奨次第では乗り気になって応じるかもしれません」


「それもありか。ビィ、本人が志願するのであれば構わんだろう?」


「無理強いするのでないなら駄目とは言わんが」


 危険を承知で獣の巣に乗り込まなければならないことだってある。俺だって絶対に危険を犯すなと言うつもりはない。

 まあ、最良の結果ならただたんに腹いっぱい美味いキュウリを食べまくったという結果だけが残ることになる。当人にとってなんのデメリットもなく実験終了になるかもしれない。ただ悪くするとセイジロウが言ったような禁断症状が出るかもしれないし、最悪は体に異常をきたして死ぬかもしれん。

 やはりその危険に見合った報奨だけは約束してもらいたいところだ。


「いざという時のことを考えればグラムスたちがひどい中毒になるのは避けたいところだね。そう考えると奴隷の女たちの中から募るべきだろう」


「それはそうなるな」


 ひどい中毒症状が出たなら戦力として使い物にならなくなるケースも考えられる。ただでさえ少ない男手を失うことはできない。それに最悪の場合は幻覚に苛まされてキュウリ欲しさに暴れるかもしれないのだ。非力な女ならともかくグラムスさんが暴れるのは周囲への被害も大きくなるから許容できんわな。


「報奨か。奴隷身分からの開放は報奨になると思うかい?」


「……どうだろう? それだけだと弱いかもな」


「彼女たちは奴隷であることで生活の保証を得ている立場ですからね。たとえ奴隷となったことで得た給金を返さなくてもよいとしたところで、その後の生活がままならなくなるのであれば喜ばないかもしれません」


「そういうことなら普通にお金払ろうた方が良かない? あ、ワイが言うのもなんやけど……」


「いや、意見は言ってくれて構わないよ。しかし金を払ったところで奴隷の身では使いみちもないだろう?」


「奴隷身分の開放と報奨金を合わせて、次にオージが来た時に王都に戻してやるか?」


「それがいいかもしれないね」


「……ジル様、差し出がましいようですが、人を減らすことを前提にしてしまって良いのですか? 正直言って私にはそこまでの価値はないかと思うのですが」


「あー、ワイもちょっとそこまでいくと悪い気もするわ」


 確かにアルマリスとセイジロウが気にすることもわかる。この報奨を打ち出せばほぼ確実に奴隷のうちから一人いなくなってしまうことになるのだから。

 しかしジルユードの奴は意外にもセイジロウのキュウリにそれだけの価値があると見出しているようなのだ。


「奴隷ならまた増やせば良い。こちらの事情もあるからそう多くは無理だが一人二人なら可能だし、次回オージが来る時にも良い人材がいれば連れてくる筈だからその時点で考えれば人手が減りはしないだろうね」


「左様でございますか」


「ああ。だからセイジロウも気にすることはないよ。結果としてやはり食用にするには危険すぎるという判断を下すかもしれないが、それでも冬に採れる新種の野菜が手に入るかもしれないというのなら安い投資だ」


 なるほど。為政者としての視点で考えると、絶対にうまくいく保証がなくともこの程度の金なら出す価値は十分あるという判断になるのか。

 確かに新しい道具や魔術の開発費などに王国はかなりの資金を費やしていたとも聞く。多くの失敗があったろうが、その中から優れた物が生み出されたならそれは失策とはならないということだ。


「ただジル様、ふと思ったのですが、やはりその条件では喜ばない者もいるかと思います」


「それは金額次第ではないのか?」


「いえ、例えばリールたち姉妹です。誰か一人の奴隷開放と王都への帰還は望まないでしょう」


「ん。彼女たちが奴隷になった経緯を聞くにそれはそうか」


「最初から対象から外すというのも手だが」


「貴様がリールを手放したくないというのであればそれも良い。ただ報奨を得る機会を奪うのもどうかとは思う」


「奴隷に対してそこまで気を使う必要もないかもしれませんが、当人たちは良い気をしないかもしれませんね」


 確かにな。今後の付き合いを考えればその場合は何か埋め合わせをするべきだろう。


「どのみち応募者が複数になったら誰か一人選ばなあかん訳やろ? だったらいっそのこと最初から選択材料として本人たちにどんな報酬を望むか言うてもろて、その中から妥当なんを選んだらええんやない?」


「面白い」


 ジルユードはセイジロウの案にそう呟き思案顔になった。真面目に検討しているようだ。

 確かに俺としても悪くない案だと感じた。


「もっとも手軽な報奨を要求した者を選ぶということですね。良いのではないでしょうか」


「いや。手軽とか安い報奨を求めさせるのは良くないのだよ。彼女たちの立場を考えれば不当に安すぎる要求を提出してくる者が出てくるかもしれない。もしその者を採用してしまえば、今後同じようなことを求める時にも正当な報酬が求めにくくなってしまう」


「そうだな。最初から先に言っていたような奴隷開放と報奨金を持たせて王都に送り返すぐらいのことには応じるつもりがあるとしておいて、その上で最低基準を下回った要求をした者は選ばないとでもするか」


「基準が曖昧になるが、もともと金額だけを決めるという内容でもなくなっているからね。それぐらいが妥当か。本音を言えば対象は複数にするべきだが、懸念がどの程度残るかで判断しよう」


 一応はキュウリに関してはそんな形で話がまとまった。


「なんにしても良い結果が出て欲しいものだな」


「そやね。ワイも自分が作った物がええもんやってみんなに認めてもらいたいわ」


「もしこれで本当に悪い影響が出ることがわかったらセイジロウの立場は本当にゴミクズのようになりかねないからな」


「あわわわわわ……」


 が、このキュウリが掛け値なしに良い物であるという評価が下されたならセイジロウの立場も向上するのは間違いない。俺もこいつの飼い主みたいなものだから、ぜひそうなってもらいたいとは思っている。



  ◇


「で、次は調味料の話だ」


 やはりジルユードはそこにも食いついたな。


「味噌と醤油、に関してはまあ良い」


「ん? いいのか? おまえには興味がわかなかったということか?」


「ビィ、馬鹿にするな。これらが価値あるものだということぐらいはわかっている。ただそう簡単な話ではないのだよ。この2つが豆から作られるというのを聞いて思い出したのだが、確か勇者殿が欲しがっていた調味料とやらがこれらではないのか?」


「……そういえばそんな話もあったな」


 勇者は食事に関しては非常に文句の多い奴だった。王国の食糧事情など知ったことかとばかりに文句を垂れ流していたため、関係者がその度に謝罪の言葉を口にさせられていたほどだ。

 さすがに詳しくは知らないが、勇者にへそを曲げられることを恐れていた国は勇者が満足する味付けだとかの研究もしていたらしい。

 その話からジルユードは豆から作った調味料である味噌と醤油が勇者が求めていたものなのではないかと思ったのか。だとすると未だに研究が続けられているのかもしれない。


「その上で成果があがってこないというのであれば難しいということだ。僕たちが軽々しく手を出してもうまくいくことはそうないだろう。研究が途中で止まっており、それを引き継ぐことができるのであれば挑戦してみてもよい、ぐらいだね」


「……ただそれを聞いて思うのは、勇者がいた当時にセイジロウがいれば勇者のご機嫌取りもできたかもしれんのだな。案外おまえたちは仲良くなれたかもな」


 まったくタイミングが悪い。俺を悩ませる時期と場所に現れずに勇者とセットになっていればよかったものを。残念な河童だ。


「いやそないなこと言われても」


「ビィ様、恐らくその当時に王都に河童なるものが現れたとしても殺されるだけだったと思いますよ?」


「それはそうか」


 こいつを殺さず追い払うことなく受け入れる場所など当時どころか今だってそうある筈もない。俺だってマカンがいなければ受け入れることはなかっただろう。


「この国怖すぎるわぁ……。もっと妖怪にも懐広く持ってや」


 妖怪じゃなくて魔物と言え。


「話を戻すが、味噌と醤油に関してはどうこうできると思わないから手を出す気はない。だがマヨネーズとやらならなんとかできるかもしれない」


「食用の油はともかく、鳥の卵の入手にあてがあるのか?」


「ある。恐らく……というよりも確実にセイジロウの言う鶏ではないがね。だが鳥を家畜として飼い、その肉と卵を得る習慣のある者たちがいる場所なら知っている。そこから鳥をここまで運ぶか、それが難しいなら現地で作らせるかなら可能かもしれない」


「どこだ?」


「カモル領だ。エステルの実家だよ。そこでは少し大きめの犬ほどのサイズの鳥を飼っているらしいぞ」


 大陸北部に生息する鳥か。南部のここで飼うにはそれだけで厳しいかもしれないが、とにかく現地の者がそこにいるのだから話は早そうだ。

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