キュウリの収穫
一通りセイジロウの作ったエンゾキュウリと調味料に関しての今後の展望について話し合ったあと、俺たちはセイジロウの畑に来ていた。キュウリの生育状況を実際に目にするためだ。
俺は昨日の時点で目にしていたので知っていたが、冬になり実がついている今の時期はすでに水田ではなく畑と呼ぶべき場所になっていた。米も田に水をはっているのは夏の田植えからしばらくの時期だけで収穫時にはこんなものだから不思議な話ではない。まあ、水が不要になるわけではないので、今でも例の方法でセイジロウが水撒きをしている筈なのだが。それはあえて聞かれるまで口にすまい。
畑は一面、というと少々語弊があるが、概ね蔓や葉、そして大きな丸い身の緑色に覆われていた。
俺は農作業はよくわからんのでこの耕地が一人の耕す範囲として広いのか狭いのかは判断できないが、この村で消費するのならかなりの時間がかかるぐらいの収穫量にはなりそうだ。
「これらの適切な収穫時期はいつになる? もうけっこう育っているようだが、時期を逃すのはまずいのだろう?」
野菜は適切な収穫時期を逃すと筋が固くなったり熟れ過ぎて美味くなくなるものだ。だから毎日育ち具合を観察してその日収穫すべき野菜は収穫した方が良かった筈である。もっとも俺やジルユードよりかは農業というものをわかっているセイジロウがそんなことを知らない訳もない。
「このエンゾキュウリは水さえやっとけばまだ少しは大きゅうなりおるし、そうなっても味も落ちへんから日にちに関してはそこそこ融通きくわ。まあ日が経ちすぎて大きゅうなりすぎると破裂しおるから、あと10日以内には全部収穫したいところやけどな。ただ収穫するのは日が昇るか昇らないかぐらいの早朝がええ。そのタイミングで収穫すんのが一番美味しいんや。やから短い時間に集中してやる必要があるんよ。明日からがんばるわ」
「収穫してからどれくらい腐らず保つ?」
「保管状況によるけど、この辺温かいからなあ。そこら辺に放置しとったら段々としぼんでいきおって、30日もすれば筋だらけでちょっとあかんようなるやろな。冷暗所に置いとけば春過ぎぐらいまでやろか。でも雪の中とか川の中で保管するんやったら夏まで保つで」
「そうか。……うん、では明日からこちらにも人を回そう。その者たちと協力して収穫にあたってくれ」
「ええの?」
「農業は人間にとっても生命線だよ。僕がこのキュウリを受け入れるつもりになった時点ですでに貴様だけの問題ではなく村として動くべき仕事となった。気にすることはない」
「気にするのは仕事を割り振られた者だと思うがな」
昨日も炊事場で顔を合わせただけで怖がらせて逃げられたのだったか。なぜか俺の両親は村の皆にだいぶ受け入れられているようだが、セイジロウに関してはまだまだ不気味がられているんだよな。
「それはわかっている。だから明日の収穫はビィ、貴様も手伝え」
「俺が?」
「作業に2人ほど送る。手が足りないという訳ではないから貴様は明日だけで良い。セイジロウに指示をさせる下地を整えろ」
「わかった」
俺がそこでセイジロウの指示に従って作業に加わることで、奴隷たちは多少安心するだろうしセイジロウの言うことにも耳を傾け易くなるだろうことは理解できる。怪しげな畑でやらされるのがまっとうな仕事であることがわかれば2日目以降は俺がいなくても多少はマシな心境で仕事ができるに違いない。
明日の間に一言二言でも会話をさせるぐらいは誘導したい。マカンにも手伝わせるか。あいつがセイジロウと普通に接しているところを見せた方が警戒心を解きやすいかもしれん。
「ところで今更になるが、このキュウリを育てる水はどうやって確保したんだい?」
あ。
「水はワイの妖術――」「魔法だろ」「――魔法で出したんや。『河童放水』言うてな。タガッパ家に代々伝えられとる由緒正しい魔法なんやで」
「参考までに聞いておきたいが普通の水では駄目だという訳ではないのだろうね?」
「そりゃそうや。エンゾキュウリをようけ作とる農家の中でもこういう魔法使えるもんはほとんどおらん聞いとるし。ただ個人的な意見を言わせてもらえば『河童放水』で育てたキュウリの方が美味いで。なにせこの水は滋養強壮や疲労回復に加えて美肌効果も――」
「眉唾ものだぞ」
「そうか。ただこのキュウリを育てた水に秘密があるというのは興味深いね。特別な水であるというのなら一度飲んでみたい。セイジロウ、可能であるのなら一度水を生み出してみせてみよ」
あ。
「ええで!」
……これも避けられぬ運命か。
水を入れる木製のカップを用意したセイジロウは気合を入れて叫んだ。
「いくで。これがタガッパ家秘伝の妖術『河童放水』や!」
そして口から大量の水を吐き出し、その水でカップを満たして誇らしげな顔でジルユードに差し出す。
「……ふう。ほな飲んでみ。美味いで?」
「…………」
「…………」
「…………ジル様。無礼討ちをしてもよろしいでしょうか?」
「よせアルマリス」
うん、まあセイジロウが悪い訳ではないのだ。やれと言ったのはジルユードだし。たぶん水が悪い訳でもない。悪いのは絵面だろう。河童の口から吐き出された水など誰が飲みたがるというのか。
「……セイジロウ。つまりこのキュウリを育てた水は全て貴様が嘔吐した水ということでいいのだな?」
「嘔吐したっていうのはなんか感じ悪いなあ。口もとに水を生み出して放出しとるだけやで?」
「その言い方だと口から出さなくても可能なのかい?」
「え、まあできんこともないけど」
できんのかよ!
「でも『河童放水』は伝統的に口から出すもんや言われとる。それにワイは前々から考えとってん。水を出してる姿を写真に撮ってな、この野菜はこのイケメン河童の生み出した水で育てましたって広告作ったら売上倍増しそうやん?」
「貴様の美醜感覚は本来どうでも良いが、人間の国でそれをやっても売上は激減するから止めろ。口から出すのも禁止だ」
もっともだ。
「……なんやなあ。そこまで言われるとワイもちょっと傷つくわ。でも口から出さんかったら手の平とかから出す感じになるんやで? なんの面白みもあらへんがな。それでええのん?」
「いや最初っからそうやってろ」
流石に俺もそう言わざるをえなかった。……まあ、改善できるのであればもっと早く色々と聞いておくべきだったとは俺が反省すべき点だな。
◇
翌日の早朝には再びキュウリ畑にマカンを伴ってやってきて、そこで収穫の手伝いをした。ジルユードが派遣したのはリールの妹であるルシーという少女と、奴隷の中では年長組のラビオラという女だ。この2人がセイジロウの手伝いという仕事に対してもっとも抵抗感が少なく見えたからだという。
ただ2人の仲はあまり良くないようで少々険悪な空気が流れていた。セイジロウはずいぶんとやりにくそうだった。いつもの軽い調子で空気を和ませようと話しかけても気持ち悪い物を見る視線を受けていたからな。
仕事はきちんとこなしていたが、キュウリに関しては本当に食えるのかどうかということすら疑っている様子だった。まあ、マカンが収穫したキュウリにその場でかぶりついているのを見て若干は疑いが晴れたとは思う。
「農業っていいよね。自分で食べる物が作れるってサイコー!」
ただルシーに関しては俺にはずいぶんと積極的に話しかけてきた。
「今この村じゃ作ったら作っただけ自分の物だしな。そう思えるのなら今後も励んでくれ。食料の生産というのは本来軍事力なんかよりももっと大事なものなんだ」
戦時中は収穫された作物のほとんどを国が厳しく管理して、農家の者も自分で作った作物すらほとんど口にできないのが普通だった。その頃にはそんな感想は抱けなかっただろう。とはいえそんな事をわざわざ言ってやる気を削ぐ必要もない。
「……ねえねえビィ様、今度リール姉ちゃんを小屋に呼ぶ時あたしもご一緒していい? 姉ちゃんだいぶビィ様に気を遣ってもらってるようだしさ、たぶん満足できないっしょ?」
「そういう気遣いはいらん。あと子供に手を出す気もない」
「そっか。でもすぐに大きくなるから気が変わったらいつでも誘ってね?」
なんていう露骨なアプローチが目的であることはすぐに知れた。
ま、俺とリールとの関係というか付き合い方に探りを入れている感じでもある。姉妹仲は良いようなので気になるのはわからないでもない。
「ちょっとルシー! あんたサボってんじゃないよ! ビィ様もあんまりその娘を甘やかさないで下さいな!」
おっといかん。今は収穫に集中しなければな。ラビオラに怒られてしまった。
「ちっ。あのおばさんビィ様にまで失礼な……」
「いいんだよ。無駄話していた俺たちが悪い。というかあんまりくっついてやる仕事でもないから。ほら、おまえはあっちの方で収穫しろ。セイジロウの指示に従ってくれ」
収穫すべきタイミングが限られているというのだから無駄に時間を潰している方が悪い。ルシーはラビオラに良い感情を抱いていないようだが、俺はどちらかいえば彼女に好感を持った。
最近は恐縮されることが多くあまり俺に強くものを言える奴がいないのだが、俺だってミスもすれば思い違いをしていることもある。そういう時に物怖じせずに叱ってくれる相手というのは希少だ。
「マカンちゃ~ん、食べてばっかやのうて手を動かしてや~!」
「お(ゲフッ)……け」
そんな感じでキュウリの収穫初日を終えた。俺が手伝うのは今日だけだが、恐らく明日は俺がいなくても大丈夫だろう。ルシーもラビオラもセイジロウとは距離をあけたがっていたようには見えたが、それでも極端に恐れたりしているようには見えず、一応ながらも会話が成立していたからだ。
そして朝食時には切ったエンゾキュウリが村人全員に配られた。
評価は概ね好評。これを作ったセイジロウが改めて村人に紹介され、照れた河童が滑った発言をする場面もあったが割愛する。キュウリへの評価がそのままセイジロウへの評価になる訳ではなかったということをセイジロウは痛感したようだ。
ただこれは元から最初の一歩になれば良いぐらいに思っていたし、実際にそれぐらいの効果はあったと思う。今後の関係に改善の兆しぐらいは見えたと言って良いだろう。
もっとも、それはこれからエンゾキュウリの人体実験の結果次第で崩れ去るものではあるのだが。




