君に決めた!
◇
「候補は3人。レレン、アリフォン、ラビオラだ」
エンゾキュウリの実験に付き合っても良いと言ってくれた候補者である。
すでにそれぞれがジルユードと面談し、報酬として何を望むのかを告げた後だ。
男の俺がいては言いにくい内容があるかもしれないということで報奨の内容を聞くのはジルユードとアルマリスの2人だけで行った。なので俺は各人がどんな要求をしたのかは知らない。
話しても構わないのならジルユードが話すだろうし、そうでないのならジルユードが一人で誰を生贄にするのか決めるだろう。
そして今は誰を被験者にするのか決める場だ。俺の小屋の中にいるのは俺とジルユード、アルマリス、そしてリールだった。
セイジロウはこれに関しては発言権を持たせるつもりがないのとマカンはあてにならないので最初から除け者にしていたからいいのだが、リールまで連れてきたのはなぜか気になった。
「一応言っておくとリールも立候補したが僕が却下した。もし被験者に何かあった時に薬師であるリールが健在であった方が助けになるかもしれないからね。今この場にいるのも予めの備えのためだよ」
「そういうことか。妥当な判断だな」
「あ、えっと……あたしはその、中毒とかに効く薬はちょっと心当たりがなくてお力になれないかなって思うんですけど……。だったら実験そのものに付き合った方がいいんじゃないかって」
「リール、理由は先程述べた。例え中毒症状の緩和に役立たなかったとしても、お前の知識は他の場面で役に立つだろう。僕はおまえが替えのきかない人材だと思っているのだよ。納得せよ」
「は、はいぃ……」
気弱なイメージの強いリールにしてはジルユードにこうまで言われたのに歯切れが悪いな。それほど自分がやるべきだと思っているのか?
「ビィ様。候補の中に妹のレレンが入っておりますので」
「ああ、そういうことか」
妹が被験者になる危険を犯すぐらいなら自分が、という意識が強く出たということか。見るとリールは辛そうな表情でうつむいている。きっとレレンを選んで欲しくはないのだろう。
「それで誰にするんだ?」
だからと言って本人が立候補している以上は公平に判断すべきだ。確実に被害がでるような案件ならともかく、万が一は考えているがそこまでのリスクがあるとも思っていない訳だしな。あくまで安全を確認するための被験者を求めているのだ。
「……まあ、ラビオラだね。要求は単純に金銭だったし、額も適正な方だろう」
「奴隷からの開放付きで?」
「いや、そっちは良いそうだ。新しい奴隷を購入する分も報奨金に含んで欲しいと言われたよ」
「ふうん?」
だとするとあと10年近くこの村で働き続けることになるんだがな。任期が過ぎてからの生活費を欲しているのだろうか。まあもっとも本当にひどい中毒になってしまったのなら下手に王都に戻るよりもこの村での看病を要求した方が良いという判断かもしれないが。
「他2人は何を要求したのか聞いてもいいか?」
すでにジルユードがラビオラに決めたのであれば意味のない質問ではある。だから聞いたのはあくまで興味本位だ。
「かまわないとも。2人とも言い方は少々違ったが同じような要求だったよ」
「ほう」
「ビィ。貴様の妾になりたいとさ」
「……ほう」
「貴様が乗り気であればどちらかに選んでも良いぞ?」
「いらん。というかそういう前例も作ってもらいたくはない」
「ま、僕も同意見だ。貴様の妾や愛人は今後増やすにしても選考はきちんとしたい。報酬としての要求としては受け入れられないね」
俺には妾を増やすつもり自体が無いんだから同じじゃないんだが。ただそれを報酬として受け入れると後々面倒になるのも目に見えていたので却下するというのは当然だった。というかそれを受け入れるとどっかの女魔術士とかがおかしな事をしだすだろうし。
「ただ、おもしろかったのはアリフォンだね。実験に付き合った結果満足に働けなくなったらぜひともビィの小屋で飼って欲しいとさ。鎖でつないでやれば喜ぶかもな。貴様の趣味にはあっているのではないか?」
「俺にそんな趣味はねえ」
だからリールもジルユードの発言に驚いたみたいな表情しないでくれ。
俺が過去にジルユードに対して乱暴を働いたのは事実だが、それは趣味とか性癖って訳じゃない。というかそんなことを真顔で言ってきたらしいアリフォンも怖いな。それだけそうなるかもしれないという危惧が強いのかもしれないから、一概に馬鹿にもできないんだが。
本当に働けなくなってしまう可能性はあるのだし、そうなった時にいかに生きていくかを考えることは馬鹿ではない証拠とも言える。が、受け入れられる内容ではなかった。
「というわけで選考というより消去法でラビオラにせざるをえない。正直言えば他の2人よりも農作業は優秀だから僕としては別の者が良かったんだが。全員に機会を与えた上での当人の希望とこちらの公募が合致した以上は仕方ないね」
「そうだな」
「だから早速明日から試す」
「明日から? その言い方だと一日で終わらない言い方だな」
「ああ。これはリールと相談して決めたのだがね、一日毎にキュウリを食べさせる量を増やしていって影響が出始めるかどうかを調べた方が良いということになった」
「確かにな。いきなり多量に食わせるよりかは安全だ。最終的にはどうする?」
「午前午後にわけて1日に2玉食べて影響が出るか確認して終了ということにしよう。水気の多い野菜だから食えなくはないだろうし、それ以上に食おうとすることもまずあるまい」
「そうか。そうだな」
「あのう、ビィ様。ラビオラさんはキュウリの収穫を手伝っていると聞きました、です。実験期間中もそれを続けるんであれば、収穫中にラビオラさんの挙動に注意するように、その、お願いしますです。……中毒症状が出始めたなら、キュウリを手に取ると目つきが変わるとか、仕事中に食べちゃったりとかするかも、なので……」
「……わかった。セイジロウにも言っておくし俺も注意しておこう」
すでにマカンが畑で直接食っていたとは言い出せなかった。
「ところで例の調味料……マヨネーズと言ったか? あれはどうなりそうだ?」
キュウリ過食実験の被験者を募る前にセイジロウにエステルとカルナールを加えて何か話していたのは知っていた。おそらくその話題の筈だ。
「その件か。この村で作るのは難しいと言ったところだね。2点ほど問題がある」
「そうか。すんなり行かないだろうとは思っていたが」
セイジロウの持ち出してきた各種素材には希望が詰まっているが、なかなかうまくいかないものばかりだな。残念な河童だ。
「一点目は家畜として飼っている鳥だ。ウッグライという鳥なんだがね、この村に連れてきてもうまく飼育できる可能性が低い。なにせ気候がまったく違う」
「カモル領は寒冷地ということだからな。北部の生物を南部で飼うのは難しいというのはわかる。でも絶対じゃないだろ?」
「そうだな。だから試しに何羽か送ってもらえないかの交渉はするつもりだし断られはしないだろう。ただ道中で死んでしまうことまで想定しないといけないからあまり期待はしないほうが良いだろう」
「2点目は?」
そう尋ねるとおずおずと口を開いたのはリールだった。
「ビィ様……お話は伺っていたのですが、あの、そのマヨネーズというのは鳥の卵を生のままつかうらしいんです。卵は火を通さず食べると腹痛や嘔吐を引き起こしてしまうので、その……あまりお勧めできません、です」
「そうなのか?」
卵を食べるという機会自体がめったになかったので知らなかった。確かに今まで食べた卵は茹でてあったり汁の中の具材だったりで生ではなかった。たまに雛が孵化しかかってるのもあるから生って発想そのものがなかったのもあるが。
「僕も知らなかったけどね。リールが言うには生肉を食べるのと似たようなリスクがあるらしいよ」
「それだと根本的に不可能ということになるが……」
「ところがエステルが言うにはカモル領では冬の間だけはウッグライの卵を生で食べる習慣があるというんだ。その方が精がつき冬を乗り越える活力が得られるとか言ってね。反対に夏は絶対に生では食べないらしい」
「ああ、夏場は生で食べると腹を下すが冬はそうではなかったという経験の積み重ねがあったのかもしれないな」
その地域に根付いた経験則というやつだ。古くから伝わる言い伝えなどは、すでにその詳しい理由が忘れられていたとしても守っていた方が良いこともある。
今回の場合でいえば冬の間なら卵が傷みにくいだとかの理由があるのだろう。カモル領の冬はとくにこの村ではありえないぐらいの寒さになるようなので腐敗しにくくなるといってもわかりやすい。
「だとするとカモル領でなら作れる可能性がある訳だな?」
「そうなる。だから次にオージが来た時にはマヨネーズのレシピを渡して試しに作ってもらうよう提案するつもりだ。うまくいってもここまでは距離があるし運んではこれないだろうから村の利益にはならないが、カモル男爵に貸し一つ作れるなら悪くない」
うまく事が進めばマヨネーズがカモル領の特産品となるかもしれない。もうすぐ伯爵に陞爵が決まっている有力貴族に貸しが作れるのはジルユードとしては得難い一手となるのだろう。
「……なんとかセイジロウの立場も上向きそうになってきたな」
俺は小さくそう呟いた。
悪い男ではないとは思っていたが、なにせ魔族だ。それもマカンと違って見た目から誰もがわかる魔族だ。あれを近くに置くことには相応のリスクがある。役に立ってくれるならリスクを飲んだ甲斐があったといっていいだろう。
奴の存在を表に出せないのは今後ずっとのことではあるが、それでも村の中でぐらいは少々大きな顔をさせてやっても良いかもしれない。飼い主ということになっているマカンの立場も同時に向上するからそれもまた良い。
……そう思っていたのだが。
やはり魔族の立場の確立というのはそう簡単にはいってくれないものだ。
なにがあったかっていうと、翌日キュウリを半玉食べたラビオラがその日の晩から著しく体調を崩して寝込んでしまったのである。




