セイジロウのキュウリ
◇
マカンの魔力による威圧訓練を初めて数日。
実験台にされていたセイジロウが妙な物を持ってきた。緑色した丸々とした物体だ。
「なんだそれは?」
当然聞いてみる。
するとセイジロウはニヤリと不気味な笑みを浮かべて言った。
「キュウリや。これがワイが作ってたエンゾキュウリや! ようやくええのができたから持ってきたわ」
「ああ、あの水田で作っていた……。しかしそれがキュウリなのか?」
忘れていたわけではないが期待していなかったので予想外ではあった。
そしてセイジロウが持っている物は色はともかく形状は俺の知っているキュウリとは大きく違っている。マカンの頭ほどのサイズの球状のキュウリなど見たことがない。
「エンゾキュウリはこういうもんなんや。掛け合わせたもんの中にスイカも入っとるとか聞いたわ。若干甘みもあるし、この形になんのもたぶんその影響なんやろうな」
掛け合わせるとかはよくわからんが、けったいなキュウリであることはわかった。
「で、それを持ってきたってことは……」
「食べてや!」
だよな……。
「やっぱ最初にビィさんとマカンちゃんに食べてもろて美味い言うてもらわんと。ジルユードさんにも食べてもろたいんやけど、いきなりは無理そうやしな」
「だろうな」
俺もあんまり食いたくはないが。
「マカンちゃん食べるやろ?」
「たべる!」
「せやろ!」
マカンもキュウリを育ててるのを見ていた時には水の出どころに引いていたんだがなあ。まあ食い物に罪はない。毒が入っている訳でもないのであれば、食える物を食いたくないというような贅沢な事を言う子でもないな。それは良いことだ。
「ほなさっそく切ってくるわ」
そうやって離れていくセイジロウ。この後起こることに若干の不安を覚えたのは失礼な話なのだろうか。
炊事場でエンゾキュウリを切り分け、それを盛り付けた皿を持ってセイジロウは戻ってきた。
「……なんや女の子に逃げられたわ」
俺の両親はなんだかんだで受け入れられているのに、こいつの場合はまだ逃げられるのか。
以前ならここで「何か変なことをしでかさなかっただろうな?」と言ってやるところだが、わりと真面目に傷つくようなのでこの件に関しては触れないでやった。
「おっちゃん、ぶきみだから」
「マカンちゃ~んっ」
だからといってマカンの口に戸は立てられぬ。
で、気を取り直して実食だ。
横から見ると半月状の形状に薄くスライスされたキュウリを名乗る謎の野菜を前に、これをどうやって食べるのかと少しだけ考えた。
外の皮部分は緑色だが中は白が強めの薄紅色とでも言おうか。かなり柔らかそうだ。どこからかぶりつくべきなのだろうか。
「あ、そのまま食べてもええけど、調味料を用意したからつこうてや。ごっつ美味いで」
とセイジロウが言う。せっかくなのでその調味料とやらも試してみるか。毒喰らわば皿までというしな。
「調味料は、塩、醤油、味噌、それにマヨネーズや。全部試したって」
「塩以外聞いたこともない名前だな?」
「ワイの故郷で作られとったもんやからな。醤油と味噌は豆を原料にしたもんで、ワイの故郷じゃこれらがないと料理なんてできるかい言われるぐらいに代表的な調味料なんや。マヨネーズは食用の油と卵と塩を混ぜたもんや。個人的にはキュウリに一番あうのはこれやな」
「そんな物まで持っていたのか」
こいつの背負っているのが甲羅ではなく実は背嚢で、しかも見た目以上に物が詰め込める魔導具の類であることは聞いていた。中にはなかなか怪しい品が入っているようだとも。
だからといって調味料まで持ち歩いているとは思わなかった。
「匂いは悪くはないな」
セイジロウの取り出した3つの壺の中身の匂いを嗅いでみるも、特に悪臭は感じない。別に毒かもと思っている訳ではないが、人の好みによっては受け入れられない風味の調味料というのもあるから警戒しているのだ。
というか夏頃に現れたセイジロウの所持品だから腐っていてもおかしくない。匂いからはそんな感じはしないが。
「ええ匂いやろ。あ、マカンちゃん醤油は飲み物ちゃうから! 指先につけて舐めるぐらいにしとき」
「…………っ」
指先、というよりも手の平についた各種調味料を口に含んだマカンが眉間に皺をよせる微妙な顔をした。ただこれに関してはマカンが悪い。調味料というのは料理の味付けに使うのだから薄めた状態で口に入れるのが普通だ。塩だってそうだが、そのまま多量に口に入れるべきものではないことぐらいはわかっていてほしかった。
ま、そんな微妙な顔をしつつも3種類とも試しに口に入れているということは、マカン判断で不味いとは思わなかったということだろう。
「これらは小皿に分けるわ。でもって、こう、ちょんちょんってキュウリにつけてやな、ほんでガブリと食べるんや。エンゾキュウリの白いとこは柔らかいけど外は硬めでカリコリした歯ごたえがええよね。この歯ごたえがないとキュウリ食べてる気にならへんわ」
「ふむ……」
まずセイジロウが食べるのを確認してから、同じように実食してみた。
なるほど、悪くない。
「うまー」
マカンの評価も好評だ。いやマカンに関しては評価基準がよく分からないところもあるので参考にするのは危険だが、自分で食べてみた感想もなかなか美味いと評して良いだろう。
「醤油とやらは不味くはないが、キュウリに合うというほどではないな。他の料理で使ってみたくは感じるから調味料としては魅力はあるが。味噌とマヨネーズとやらは見た目はあれだが、両方キュウリとは良く合う」
「うまー」
「せやろ!」
エンゾキュウリか。期待していなかったがその分驚いた。セイジロウを見直したと言っても良い。酒のツマミにも良さそうだからグラムスさんも欲しがりそうだ。
それにキュウリだけじゃなくてこの調味料だ。たぶんリーン王国にはないものだ。これは量を確保できるのなら良い売り物になるに違いない。
「この調味料は大量にあるのか? 製法は知っているのか?」
「いやさすがにこの壺に入っとる分だけやわ。製法もなあ、こういうんは専門の職人さんの秘伝やからよう知らへんねん」
「そうか。まあそうだよな」
作れるのなら自分たちの食事の味付けが広がるだけでなく村の大きな産業になるかもしれないと思ったのだが、やはり残念な河童だ。
「あ、マヨネーズはわかるで。自分でも作ったことあるからな。でも塩はともかく食用の油と鳥の卵って手に入らんのとちゃう?」
「……油はオージを頼ればなんとかなるかもしれんが、卵は目処が立たんだろうな。たまに手に入れば幸運な代物だ。おまえの故郷ではどうやって入手するんだ?」
「鶏をようけ飼ってる家が近くにあってな、そこで貰とった」
「鶏?」
「こっちの世界にはおらへんのかな? トサカのあるこんくらいのサイズの飛ばれへん鳥なんやけど」
「……たぶんいないと思うが、一応オージに聞いてみるか」
もっと簡単に入手できるものが材料ならよかったのに。まったく残念な河童だ。
◇
カリコリシャクシャク。
しばらく3人でセイジロウの持ってきたキュウリを食べ続ける。
キュウリ一玉が大きいので一人分の分量もけっこうな量だった筈だが、簡単に食いきれてしまいそうだ。
「……ふむ。調理した訳でもないのにこれだけの量を飽きずに食べ切れるのか。これで腹持ちがよければ言うこともないが」
「残念ながらエンゾキュウリの成分のほとんどは水分やから、一時的に腹が膨れてもたいして保たんわ。主食には向かへんねん。あくまで副菜として楽しむ野菜、それがキュウリってもんやで」
「…………」
水分と言われると水の出どころが気になってしまって少々食欲が失せた。ま、そこそこ腹に溜まって満足してきたっていうのが本当のところだとは思う。
「おかわり!」
最後の一切れはマカンが食べた。俺としてはもう十分に思えたがマカンはまだ食い足りないようだ。こいつはすでに俺と違って水に関しての葛藤はないのだろう。
「ふっ。マカンちゃんもどうやらワイのキュウリの魅力にとりつかれてもうたようやな」
セイジロウはここぞとばかりにドヤ顔だ。ただこの成果に関しては誇っても良いだろう。実食してみた感想を踏まえれば、これなら村の皆にも勧めてやれる。塩以外の調味料は量に限りがあるのでさすがに皆に振る舞えとは言えないが、ただ塩を振っただけでも十分美味い。なんなら何もつけずそのままでも良いぐらいだ。
「でもマカンちゃん、今日はこれぐらいにしとき」
「ああ。あまり食べすぎて腹が膨れて飯が食えなくなったとかは困るしな。このキュウリで腹が膨れても水飲んで腹いっぱいになったのに近いようだし」
「だいじょぶ。みずでそだつ」
何がだよ。大丈夫じゃねえよ。
「ふふふ。マカンちゃんの気持ちはようわかるわ。ワイだっていつまでもキュウリ食いまくりたいもんな。でもなマカンちゃん、エンゾキュウリを一度にあんまり食べ過ぎるとな、その魅力に抗えんようになるで?」
「……どゆこと?」
「ワイの爺ちゃんがそうやった。一度エンゾキュウリ食べまくった後な、それから常にキュウリが食いたいキュウリが食いたいってうるさなってな。最初は家族もあんまり気にしてへんかったんやけど、そのうちなんや変な言動するようになるわ、なんか変なものでも見えてんのかいなみたいな挙動するようになるわで大変やった。キュウリ食わせたらしばらく落ち着くんやけどな。手がプルプル震えとったのがピタリと止まるんやもん。でもしばらく間があいたらまたおかしくなりおんねん。あれはちょっとした恐怖やったわ。だからワイらもあんまり食べまくらへんように注意しとるんやで。な、だからマカンちゃんも今日はこれだけにしとこな?」
どっかで聞いたような症状だなあと思うと同時に俺は無言でセイジロウを殴りとばした。
「ぐはぁっ! な、なんや!? 突然なにすんのやビィさん!」
「――おまえそれ、このキュウリ麻薬なんじゃねえのか!?」
「麻薬てそんな大げさな。ただちょっと中毒性があって病みつきになりやすくてかつ摂取量が増えすぎると洒落にならん禁断症状がでやすくなるくらいやんか」
「駄目だろうがそれ!?」
「酒やタバコとたいして変わらんわ! 法的にも規制されとらへんかった! この国だってそうやろ!?」
「……確かにこのキュウリに対して規制する法なんてある訳ないがなあ」
なにせリーン王国内じゃ未知の食材だ。しかも食糧難である現状、食べられるのであれば食べるなとは言い難いのも事実だった。
そもそも麻薬についての取締も曖昧なのだ。王家としては何種類かの薬を危険薬物として規制したことがあるが、戦時中に兵士の士気高揚や痛みを忘れさせるために配布したりしたこともある。王家手動で中毒患者を生み出してしまったのだ。
今でも規制自体は解除されていないが闇でいくらでも流れているらしいし、その販売に有力貴族がかかわっているなんて噂もあるぐらいに取締がうまくいっていないという実情もある。
「……だからといって……」
「言うたかて、これはホンマにええもんなんやで? さっき言うた中毒性の話かて、なんやしらんけど人間の方からは聞いたことないし。当時は気にしてへんかったけどワイみたいなイケメンの河童以外にはたいした影響ないかもしれへんよ?」
「…………」
種族固有の症状かもしれない、か。
そう言われてしまえば頭ごなしに否定はできん。
確かに種族によっては毒になるものが別の種族にとっては薬になるケースもある。人間が普通に食えるものを動物に与えてみたら死にかけたなんてこともある。
それを踏まえてみれば……といってももしそうでなかったなら……ううむ。
「マカンちゃんはもう食べたくならへんか?」
「たべる!」
「でもな、ビィさんが食わしたらあかんて言いおるんやで。ひどない?」
「ひどい! ビィせんせはおっぱいちいさい!」
「おまえもういいかげんそれやめろ、頭痛くなるから」
マカンは俺よりよっぽど毒物にも耐性がある筈だからすでに中毒になっているとは思えないが、こいつの食い意地を刺激されると色々面倒だな本当に。
「判断はジルユードに任せる」
そもそも領主で権力者なのはあいつだ。
「よっしゃ! ほな明日採れたての美味いキュウリをジルユードさんに食うてもらうで! セッティングはビィさんに任せるからな!」
「……仕方ない。そうしないと話が進まないだろうからな」
セイジロウが直接キュウリを売り込みにいってもアルマリスに追い返されるのがオチだろう。
こうしてこのキュウリの今後を賭けたプレゼンにセイジロウは挑むことになったのだった。




