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魔王ちゃれんじ  作者: 大谷融
第三章 冬の出来事
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見つけたもの

◇◇◇◇◇◇



  ◇


 今日は小屋でマカンと夕食をとりながらブレから定例の報告を受けていた。

 最初は期待していた朗報だった。葉や木の実が薬になるカルタボだと思わしき木が見つかったというのだ。

 だがブレの報告には続きがった。


「木の近くに赤角がいただと?」


「ああ。驚いた」


「群れか?」


「群れだ。っていってもなぜか鹿の群れだったけどな」


「鹿? 黒角は?」


「見てない。普通の鹿の群れの中に一匹だけ赤角がいたよ」


「妙な光景だが、そういうこともあるのか……」


 赤角も黒角も双方ともに人間がメイルズホースと呼んでいる灰色の馬型の魔物である。見た目上の違いは頭に生えた長く弧を描いて曲がった双角の色ぐらいだ。


 種族としての大きな特徴はその分厚く硬い皮膚だろう。名前の由来となったぐらいにまさに甲冑を着込んでいるかの如く攻撃を防ぐ頑強さを持っている。遠間からの矢など傷一つつけられないし、魔術による攻撃だって弾いてしまう。

 ただその反面体重は重く足は太く馬としてみれば鈍重で走る速度は遅い。俺たち人間でも鎧を着込んでいなければなんとか逃げられるかもしれないぐらいの速力しか出せない魔物だ。

 性格は比較的温厚で好戦的な魔物ではないが、魔族に率いられていた時には何度も集団で突撃をかましてきて王国軍を押しつぶしていったのを目にした。戦うとなるとかなり手強く油断できない。そしてその中でも赤角はいっそう手強い。

 メイルズホースのほとんどは黒角だが、その集団の中にちょこちょこと点在するのが赤角である。黒角よりも警戒心が強く、群れに危機が訪れる時には真っ先に行動を開始する。敵と戦う時には赤角が群れを率いることが多いのでリーダーか用心棒みたいな存在なのだろう。

 単純な脅威度的にも黒角より上で、力や頑強さだけでなく魔法まで使ってくるため単独でも油断できない相手だ。


 その赤角がなぜか普通の動物である鹿の群れの中にいるという。不思議な話に思えるが魔物の生体など詳しく知っている訳でもない。それに人間だって魔族に率いられていない魔物なら使役し共に生活することもあるのだから、動物の群れに魔物が混ざることがあってもいいのかもしれない。


「最初は鹿の群れがいるのがわかって、1匹2匹群れから引き離して村に誘導して狩ろうかと思ったんだけどさ、赤角がいるの見てやめた。あれに襲われると僕じゃ手に余るから」


「ああ、それでいい」


 なにせブレの得意とする弓ではほぼメイルズホースに傷をつけることはできない。襲われたら逃げるしかなくなるので交戦を避けるのは当然だ。

 ブレは慎重な男で危険に飛びこむことを何より嫌う。その上で調査、索敵に関しては抜群の成果をあげるので重宝する。狩りの成果などにこだわる必要などない。


 カルタボの近くにいるというが、この時期に現れたのならその鹿は渡りだろう。冬が過ぎればいなくなる可能性が高い。カルタボの葉は春に、木の実は秋が採れ頃だからこの時期に無理に採りに行く必要はなかった。枝が肥料になるから欲しいとグーブール爺さんが言っていたが、それだって急がないとも言っていた。


「でも鹿肉は欲しいよね?」


「欲しいな」


「ほしい!」


 だから理由としてはこっちになるのだ。

 それにはここまでもくもくと食事を続けていたマカンも賛同した。ブレの報告自体には興味なさげだったが、肉の確保の話になると食いつきが違う。


「驚異になるのは赤角1匹だけだし、こちらから先制して鹿の1匹も殺れればあちらから襲ってくるだろうから、ビィさんかグラムスさんが引き受けてくれるんであれば狩れるけど?」


 赤角相手なら実力的にドリットでも問題ないんだが、あいつはガタイの大きさもあって隠密行動には向いていない。鹿などの警戒心が強く敵に気づくと逃げてしまう動物に接近するのは苦手なので省いたのだろう。

 ただ俺としても赤角は面倒なんだ。勝てない相手ではないが硬すぎてなかなか一撃必殺が難しい。黒角ならまず足を潰して転倒させるのがセオリーだが赤角はその足を潰すのも簡単ではないし、魔法もやっかいだ。やるなら事前に罠を仕掛けてそこに誘導したいものだな。

 その点グラムスさんなら普通に堂々と正面から斬り伏せるだろう。あの人の実力に関しては俺から見ても化け物じみている。確実を期すならグラムスさんを同行させれば間違いない。


 だが、相手が魔物一匹だけだというのであれば不確実だが別の手段を考慮しても良いかもしれない。


「マカンにやらせてみるか」


「しかがり?」


「話聞いてろよ。鹿じゃなくて馬だ。メイルズホースの赤角」


「うまー?」


「いや、あれは不味い」


「いらぬ」


「食うためじゃねえ……」


 大抵の魔物の肉は大戦中に誰かが口にしてきた。肉の美味い魔物もいるがメイルズホースの肉は不味い。普通の馬の肉はそれなりに悪くないんだが、やっぱ別物なんだよな。


「マカンちゃんにっていうのはちょっと無謀じゃない?」


 ブレがそういって心配するのも当然だ。

 子供とは思えない力の強さを誇り俺が鍛えていることもあってそこそこの腕は持っているマカンではあるが、まっとうな戦い方では分が悪い相手だ。そもそもマカンの細腕では奴らの表皮を貫き傷を負わせることは難しい。俺やグラムスさんならともかく、マカンの体重では奴らの突進に合わせて攻撃しても踏ん張りきれずに自分ごと弾き飛ばされるのがオチだ。


「マカンには赤角を殺すんじゃなくて使役させてみようと思ってな」


「しえき?」


「できるのかい?」


「マカンにならできる」


 という設定だ。

 魔物を従えるのには相手にこちらが格上であることを教えてやらなければならないのだが、それは腕っぷしの強さなどではなくて魔力の圧が最も効果的だ。だから最初から人間よりも魔族の方が魔物の使役に向いている。

 ただこれは一般的に知られている知識ではない。昔からたまに魔物の使役の上手い人間がいたが、おそらくたまたまそういう用途の魔力の使い方が上手かったのだろう。

 マカンは魔力の扱いの技量はそれほどでもないが、所持している魔力が膨大なので力押しが可能な筈。まだ魔物を従えたことは一度もないが、今後のためにもそういった実践経験を積ませる良い機会だと思った。


「マカン。おまえは魔物を屈服させて自分を主人だと認めさせろ。できるな?」


「……むりじゃね?」


「無理とか言うな。やれ」


「かっぱはやだ……」


「河童じゃねえよ。メイルズホースの赤角だって言ってんだろうが」


 それに一応あれも魔物扱いなんだから嫌がるなよ。俺ももう一人増えるとか言われたら頭を抱える自信があるが。


「マカンちゃん、魔物を屈服させるってどういうふうにやるんだい?」


「わかんね」


 一応実績あることになってるんだから分からないとか言うな。


「勘だよりみたいなもので当人もよくやり方を理解していないんだ。だから数をこなして感覚をつかませて確実性の向上や理論の確立を目指したい。そういう意味でこういう機会はありがたい」


「なるほどね」


「そういうことで当日は俺とマカンがブレに同行する。ただ今日明日の話じゃなくて日程の調整やもう少し細かい計画を立ててから行動に移そう。その間、ブレは赤角と鹿の群れの動向を気にかけておいてくれ。当然だがそれ以外でも何か異変を感じたら逐次報告を頼む」


「おけ」


「それはいいんだけど、赤角を使役するなら鹿を殺したら不味いんじゃないか? 怒らせちまうかもしれないし。実は一緒にいるだけで仲間意識なんてやっぱり無いって思ってる?」


「魔物との関係は力による上下関係だからな。まったく影響がないとは言わんが、まあ問題ない」


「だったらいいんだけど」


 赤角の捕獲と鹿狩りの両立は大変かもしれないが、うまくことが進めば鹿肉を盛大にみんなに振る舞ってやれるだろう。今から楽しみだ。



  ◇


 翌日はマカンに魔物を屈服させるやり方について改めて講義した。

 以前にももちろん教えたことだが、この子はわりとあれこれ抜け落ちてしまう子なので事前の指導がかかせない。


 魔力による圧力のかけ方は簡単なようで難しい。それにこれに関しては恐らくシスティもうまく指導できまい。魔力による威圧は魔力視能力を持たない相手に自らの魔力の大きさを感じさせるような意味合いなので、そもそも相手よりも大きな魔力を持っていることが大前提になる。一般人並みの魔力しかもっていないシスティには必要ない技能といえる。元々魔術士は自分の魔力量を隠したがる傾向にあるのでなおさらだ。

 

 それにこれは飾らない言い方をすると恫喝手段の一つなので、魔術の勉強よりも戦場における経験の方がものを言う、とはダン爺さんも認めるところである。なのでシスティよりもまだ俺の方がうまく教えられる自信があった。まあいつも通り感覚的なものだから、マカンがうまく理解してくれるかどうかまでは保証できんがな。


「という訳でこいつが実験台だ。圧をかけてみて、恐怖か萎縮させることができたら合格だ」


「なんでワイが……」


 村の奴隷たちよりもセイジロウ相手の方が問題が少ないからだ。

 そもそもセイジロウはマカンによって使役されている魔物という設定なので――村の住人がどれだけ信じてくれているかはともかく――こいつがマカンから魔力の圧を感じたことがないというのもおかしい。だからこれも両者にとっての良い経験になると思ってセイジロウをマカンの前に座らせてみた。


「さあマカン。やってみろ」


「おけ」


 マカンは眉間に少しだけ皺を寄せて両手を握り拳にして「ふぬぬ」と言いながら何やら力を込めている素振りだ。魔力を扱うのに体に力を入れる必要性はないのだが、こうやってイメージを固めた方がやりやすい場合もあるので一概に間違っているとはいえない。

 ただ迫力はない。


「ふぬぬっ」


「なんていうか、ぜんぜん怖ないわ」


「そうだな」


 魔力量が膨大なマカンなら細かい技術が伴わなくとも力押しでなんとかいけると思っていたんだがなあ。事前に試していて良かったと思うべきなのだろう。


「ふぬぬぬっ」


「マカン。まったく成果が見込めないまま赤角と対峙させる訳にもいかん。なんとか多少なりともコツをつかんでくれ」


「あー、マカンちゃん。時間かかりそうならその間カノベ読んでてええかな?」


 セイジロウの奴、そうそうにこれはすぐに終わりそうにないと見切りをつけてきやがったな。しかも完全にマカンを舐めている。


「ビィせんせ、ひんとっ!」


「まずは相手を威圧するっていう意識を明確に持ってみろ。セイジロウを殺してやるってつもりで殺気を放て。そこに自分の魔力を乗せるんだ」


「……ぶっそうやなあ」


「さつい……」


「セイジロウを親の仇だとか、自分の大切な物を奪った相手だと思ってみろ。怒りと憎しみをぶつけてみればうまくいくかもしらん」


「……おっちゃんは、マカンのごはんをとったわるいひと……」


 なんていうか、程度が低いな。まあ憎悪に駆られたマカンなんてみたくはない訳だが。


「…………とにかく頑張れマカン」


「ふぬぬっ」


 時間がかかりそうだ。




 それからもマカンの魔力による威圧訓練は難航した。


 そもそもの話だが、マカンには相手を威圧するという意識自体が希薄なのだろう。マカンにとっての戦いとは必要に応じてすべきことであって、相手の強弱に関わらないし憎いから殺すというものではないからだ。それに俺が教えてきた戦術というのも、どちらかというと相手を威圧するより自分の存在や実力を察知される前に倒してしまうことに比重が傾いている。油断してくれていた方がありがたいのだ。もちろんそれだけでは戦場では生き残れないし、将来魔王となった時に威厳もへったくれもないからまっとうな正面から叩き伏せる戦い方も教えてはいるが。


「……おっちゃんは、どうやったらこわくなる?」


 あまりにうまくいかないせいでマカンはセイジロウにそんな質問すらし始めてしまった。


「そうやなあ。ワイは饅頭が目の前に置かれてたら怖なりそうやな」


「まんじゅう?」


「甘いお菓子のことや。それがたくさん置かれとったら恐怖でガクガク震えるかもしれへんな」


「……よういする」


「しなくていい」


 駄目だ時間がかかりそうだ。仕方ない。もう少し気長にやるか。

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