父ちゃんの人生相談
◇
「……ってことなんだよ、旦那様」
『なるほどねえ』
少女にあれこれ聞かされて、骨だけの腕を組んで頷くスケルトン。
ルシーが相談相手に選んだのはスケルトン父ちゃんだった。
『それで、君は私にどうしてほしいんだい?』
「あたしやレレン姉ちゃんの目の届かないところでリール姉ちゃんが何か嫌がらせ受けてないかとか、ちょっとでいいから気にかけて欲しいんだ」
『うん。まあそれぐらいなら』
奴隷同士、同じ立場の者同士のいざこざに強引に介入できるとしたらそれはより上位の者だ。最上位はジルユードであるが、さすがに身分が違いすぎてルシーが相談する相手としては不適切だった。一般的な地位であれば次はエステルだが、彼とはあまりに接点がないし頼りになりそうとも思えなかった。
奴隷を実質的に雇っているのはビィであるし、今回の件にも無関係とは言えないのでビィに相談するのが本来なら筋なのかもしれない。しかしビィをこういったことで煩わせて良いのか、姉リールのことを面倒くさい女などと思われてはいけないと思いとどまった。
実のところルシーの中で権力者にすがるという行為自体に後ろめたくなったり自分を情けなく感じてしまう思いがあったため、こういった上位者には相談できなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが父ちゃんである。
スケルトンという不気味極まりないアンデッドであるが、ビィの父親である以上はそれなりの立場といえる。権力者といえるかというとそれはまた違うのだが、少なくとも奴隷身分の者よりかは強い発言力があるような気もする。そんなかなり曖昧な立場だからこそ、誰もが迂闊な対応をとれないのだ。
だから頼る相手としては適切なのではないか、そうルシーは考えた。
「あとできればそんな場面を見つけたら相手に厳しく注意というか、ガツンと言ってやってほしいかな。あたしやレレン姉ちゃんが言っても聞く耳もたない奴でも旦那様に言われたら堪えると思うんだ」
『それは難しいね』
「なんで?」
『なんでって言われてもねえ。だって女同士の諍いって怖いじゃないか』
「いや怖いって……」
『怖いんだよ! 君はまだ知らないかもしれないけどね、女性の口論を横で聞いてても訳わかんないんだよ、結局何が言いたいのかとかさあ! ……以前、妻と近所の奥さんの口論に割って入ったことがあるんだけど、もうどっちの話にもついていけなくて。とりあえず立場的に妻の味方しようと話を合わせようとしたのに気がついたらどっちからも私が攻撃対象になっててね。地獄を見たよ』
「…………」
スケルトンの見た地獄とは微妙にリアルな表現だと思ったが、話の内容はいやに庶民的でルシーも反応に困った。
『それ以来、女同士の諍いには関与しないって決めたんだ。もちろん暴力沙汰とかになるなら別なんだけど』
「……相談する相手間違えたかな」
『そう言われると辛いねえ……』
2人して肩を落とした。
「じゃあ奥様に相談してみるよ」
『いやあ、それは止めといた方がいいかな』
相談相手としては相応しくなさそうだと見切りをつけられた父ちゃんだったが、母ちゃんはそれ以上に相応しくないと思っていたのでそう言った。
『妻は、夫婦っていうのは生涯に渡って一夫一妻であるべきだって考えだからねえ。実のところジルユードさんと婚約してるビィが他の女性に手を出してることに少々憤りを感じているんだよ』
「え、でもそれは……」
『まあ別に気持ちの問題以外に大きな問題がある訳じゃないんだけど。ジルユードさんも認めてるらしいし、国としてもなんでも一夫多妻を推奨しだしてるって話だしね。妻もだから大きな声で批判とかはしてないでしょ? でも気持ちの上では別なんだよ』
これはスケルトン母ちゃんが特別という訳ではなく、旦那を独占したいという考えをもつ女性自体は珍しくはない。それは男の立場からしても一妻多夫という形式を認めるべきだと考える男の方が少数なのだから責められるべき思想でもない。一夫一妻というのはお互いを対等のパートナーであると認めあった夫婦としては当然あるべき形であろう。
しかし現状の国の状況はそれを良しとはしなかった。
年頃の女性に比べて男の数が圧倒的に少なく、かつ長い戦役によって身体になんらかの障害を負った者も少なくない。
ビィのような5体満足でさらに多くの女性を娶っても養っていけるだけの力を持っている男に対しての期待は大きく、法の上でもそれを後押ししていた。それは立場的に夫婦といっても男女対等とはならず、男を上位として立てて傅かせようというものでもある。
もちろん全く反発を覚えない女性ばかりではなかったが、元々立場の弱い者からすればそこに活路が見いだせる場合もある。奴隷として身を売っている者たちからすれば特にそうだ。
だから昨今においては夫の独占派と共用派の2つの思想から対立が生まれることも珍しくなかった。
法的に問題ないからといって、夫婦・家族の関係に全く影響がない訳ではないのである。そしてスケルトン父ちゃんはこの手の諍いに関わるのは怖いので嫌だった。
『だから妻に相談してしまうとね、ビィとリールさんの関係が切れてしまえばいいんじゃないかって話になると思うんだよね。それはルシーちゃんも嫌だろう?』
「……うん」
確かにそれは困るとルシーは思った。
姉にはもっとビィと仲良くなってもらって、そのうち正式にビィの妾にしてもらいたいのだ。目の不自由な姉にとってそれ以上に幸せになれそうな道はない。
もしもビィが女を玩具のように扱う男であるのならまた別だったが、姉の様子からそういう心配はなさそうだと思えていたのでその理想像に変更はない。むしろいつかは自分やもう一人の姉レレンも加えて欲しいと思っているぐらいである。
それを快く思ってくれないスケルトン母ちゃんに相談するのは止した方が良いと言われれば納得せざるをえなかった。
『この件に関しては私も一応注意して見ておくよ。積極的に仲裁に入ったりとかはできないけど、それでも人の目があればあまりひどいことはできないだろうからね』
「でもそれだけじゃあ……」
ルシーとしてはもう少し強い抑止力が欲しかった。妬みや嫉妬といった感情が時に強い悪意に成長して暴走を引き起こすことを彼女は知っていた。そんなことに姉が巻き込まれるかもしれないと考えれば、打てるだけの手を打っておきたいのだ。
『うーん。私は他の女の子たちともそれなりに話すけど、あんまりひどいことをしそうな感じは受けないんだよねえ。みんな今は新しい環境での生活に色々と不安があったり不満があったりで、精神的に不安定になりがちだとは思う。だから時に妙なことでつっかかりを覚えたり憤りを感じたりもするんじゃないかな?』
「そりゃ旦那様相手じゃ誰も本性は見せないよ……」
『確かにそうかもしれないね。それにお姉さんのことを心配するのは当然だとは思う。ただ、それでも相手をやりこめることだけに囚われちゃいけないよ。これは、そうだね、ビィの父親としての立場からの言葉になるんだけど、できれば良き隣人になって欲しいんだ』
「…………」
それはルシーとしてもわからないでもない言葉だった。この小さな村の中で今後も何年も一緒に生活するのがほぼ確定している相手たちだ。仲良くやれるならそれにこしたことはないだろうし、上に立つ者からしてもそれが望ましいのは理解できる。奴隷たちの関係が険悪では雇った側としても思うところがあるだろう。
しかしそうは言っても幼少期から底辺の生活を強いられ、弱者の立場を押し付けられてきたルシーとしては素直に頷けないものもあった。相手から因縁をつけてきているも同然の状況でこちらから下手にでるのは弱みを見せるのと同義である。それは相手の軍門に屈するようなもので、今後は見下され搾取されていくことになる、そんな不安を覚えるのだ。
『……まあそうだね、どうしても心配で、もっと誰かに気にかけて欲しいというのならラビオラさんに相談してごらん』
「ラビオラ!? あのおばさんに!?」
『おばさんて。駄目だよそんなこといっちゃあ。彼女まだ若いんだし』
「っていや、そういうことはいいからっ」
『よくないよ。あれぐらいの年頃の女性は色々難しいんだ。下手なこというと恐ろしいことになるから気をつけなきゃ』
「……その物言いもどうかと思うけど。でもそれより、おば……ラビオラさんに相談ってどういうこと? あの人それこそ姉ちゃんのことやっかんで――」
『いや、ラビオラさんはリールさんだけじゃなくて誰にでもきつい物言いしてる筈だよ? さすがにビィやジルユードさんにはそうでもないようだけど、私や妻に対してだって平気で暴言吐いてくるから』
「旦那様や奥様にも?」
『そうだよ。この前もね、訓練している時にちょっと挨拶してね、なにやってるんですかって聞かれたから格好良い筋肉をつけようと思って筋トレしてるんだって答えたら「馬鹿なんですか?」って言われてさ。ひどくない?』
「…………」
主筋の相手に言うべきセリフではないが言っていることには同意のルシーだった。
『妻に対してもそうだよ。どういう流れかは知らないけど2人の会話が子供の話になったらしくてね、妻が自分もあと1人か2人は子供を産みたいって言ったら間髪入れずに「産める訳ないでしょ」って返されたらしくてね。妻もへこんじゃってさあ。そりゃ確かにもう若いとは言えない歳だけど、ひどくない?』
「え、そういう問題?」
『そりゃ確かに私も妻も普通の人間とはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ違ってしまっているけれど。それでも明るい未来を夢見て何が悪いんだ』
「もっと現実にも目を向けた方がいいんじゃないの?」
『もちろん現実から目を背けちゃいけない。苦しい今を乗り越えるには堅実に一歩を積み重ねていくのも必要なことだしね。でもね、まだ私の半分も生きていない君に金言を贈ろう。――人間、長く生きていれば驚くような出来事には何度も遭遇する。絶望もあれば奇跡と思うような救いもある。しかし希望に向かって自分から進んだ方が絶望を遠ざけ奇跡を近づけてくれるものなんだ。だったら生きている限り夢と希望を胸に抱いて過ごした方が絶対に良いのさ』
「人間、生きてればだよね?」
『そうだよ?』
「…………」
『…………』
「…………」
『……あ、しまった。私は今は魔物っていう設定だったか……」
違うそこじゃない、とルシーは思ったが口にはしなかった。
『……まあ、変な話に聞こえるかもしれないけど、あまり深刻に受け止めずにもう少し気楽にとらえてていいと思うよ。村の中のことにはなんだかんだ言ってビィやジルユードさんも気を配ってるからさ。大事になりそうな気配があれば事前に必ず何か対応するから』
「……うん。ありがとう旦那様」
結局なぜラビオラに頼れと言われたのかの真意については聞き逃してしまった。ルシーがそれほど関心を持たなかったからでもあるが、少しだけ気が楽になれたからでもある。
相談相手として適切だったかどうかはともかく、父ちゃんはこんな感じでビィが知らない間に村人たちとの交流の輪を広げていたのだった。




