マカンに弟弟子ができた①
◇
さて久しぶりのマカンの教育の時間だ。
今日からエステルとカルナールも含めて3人に指導を行うことにする。
「自分もですか?」
「ついでだ。どのみちおまえさんはエステルに付いていなきゃならんのだろう? ならじっと見ているだけより参加しろ。一緒に鍛えてやる」
「はっ。よろしくお願いします!」
いわゆるお貴族様やその付き人というのは非常に態度がでかくこちらを見下してくることが多いのだが、幸いエステルとカルナールは腰が低く俺に敬意を持って接してくれる。嫌いな相手でも無視する訳にはいかない俺からすると付き合いやすい相手で非常に助かる。
貴族から居丈高に振る舞われるのにはある程度は慣れているが、それでも当然ながら気分がいいものではないからな。もしこの2人の態度が悪かったならカルナール少年をこうやって誘うこともなかっただろう。
「というわけでマカン。今日からこの2人を俺の弟子として鍛えることになった」
「今日よりよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いいたしますっ」
マカンが俺の弟子であるというのは最初に伝えてあるので2人は特に余計なことを言うこと無く礼儀正しく挨拶した。
それに対して反応が悪かったのはマカンの方だ。
「……でし……?」
「おいマカン。ちゃんと挨拶を返せ。何度も注意したろう?」
「……ビィせんせのでしはマカンで……え? なじぇ?」
「なんだ?」
「マカンは……すてられ……た? なんでぇっ……ビィせんせ、なんでぇっ!?」
呆然とした顔が一変して、うわああんと泣きながらマカンがすがりついてきた。
突然でちょっと驚いたがなんで俺がマカンを捨てなければならないのだ。
「落ち着け。勘違いするな」
「だってぇっ。ビィせんせ、でしはマカンじゃないってぇっ」
「そんなこと言ってないだろ。おまえ以外にも弟子が増えたって言っただけだ。弟子は何人いてもいいんだよ」
「…………ほんとう……?」
「本当ですよ。マカンちゃんは私たち2人の先輩ですね。これから一緒によろしくお願いしますね、マカン先輩」
横からエステルが助け舟を出してくれた。
先輩なんて聞き慣れない呼ばれ方をしたマカンがはっとエステルを振り返る。反応の良さからしてどうやら興味が惹かれたようだ。
「も、もいっかい」
「よろしくお願いします、マカン先輩」
ううん、マカン相手にあしらうでもなく笑顔で真面目に対応してくれている。良い子だなあ。これでこんな格好していなければなあ。もう少し体の下地ができていたなら希望通り屈強な戦士に鍛えてやれるのに。
「…………」
気をよくしたのか、マカンは俺に抱きついたまま今度はカルナールの方に顔を向けた。どうやら彼にも先輩呼びを求めているようだ。
「カル君」
エステルがその要望に応えてあげろと催促し、カルナールはそれに頷く。
「エステル様ともどもお世話になります。これからよろしくお願いします、マカン先輩」
こちらも本当にできた対応だった。どこかの魔王少女にも見習ってもらいたい。
「もいっかい――」
「――調子にのんなっ」
「あうちっ」
少し強めにゲンコツを落としたので俺の拳も痛くなった。この子は強靭なので軽く叩いた程度ではまったく苦にならないし困ったものだ。
「2人とも、マカンを先輩呼びはしなくていい、というかするな図に乗るから。名前を呼ぶなら呼び捨てかせいぜいちゃん付けぐらいにしてくれ」
「は、はい。わかりました」
多分だが、こうやって言っておかないと「マカンさん」とか呼ぶ気がしたんだ。
「……なじぇ。マカンはせんぱいなのにぃ」
「先輩面すんのは早いって言ってんだよ。どうしても偉ぶりたいなら、この2人よりも算術と読み書きがうまくなってからにしろ」
「…………お、おけ」
ああ、まあ恐らく無理だと思うががんばってくれ。さすがにこの2人はそこらの平民とは違ってそういった学業はすでに履修済みだと思う。
こんな感じでマカンの弟弟子が2人増えたことになったが、はたから見ていてどっちが先輩に見えることやら。
◇
「とりあえず今日のところは2人の現在のレベルを測るのと、マカンは通常の戦闘訓練をしようと思う」
現状どれだけ動けるのかを知っておかないと、訓練でどれだけ追い込んでいいのかがわからない。限界一杯までひたすら叩き込むのが最も成長を促せるんだが、加減がわからんと下手をすると潰してしまうからな。
「エステルは戦闘訓練は未経験なのは聞いたが、カルナールはどうだ?」
「はい、自分は4年前から父にミシェン流の剣術を習ってきました」
ミシェン流か。
ううむ。
「ちょっと型を見せてくれ」
「はい」
そう言って俺は用意してあった木剣を渡した。カルナール少年は木剣を受け取ると、一度大きく深呼吸して気持ちを切り替えて木剣を構えて10通りぐらいの剣の振り、体捌きといった型を披露してくれた。
「なるほど。わかった」
「……いかがでしょうか?」
カルナールの目は不安混じりだが自分の腕前に自信を持っている者特有の目の輝きが見える。
「実戦経験はないよな?」
「はい。さすがに当時はまだ小さかったですので」
今13歳だったな。カモル男爵領にもたまに群れからはぐれたのだろう少数の魔物が現れたらしいが、10歳前後、しかもエステルのそばに置いてる子供に戦わせる訳もなし。
「正直いえばよく鍛えている。が、今のままじゃ実戦じゃ役に立たない」
「…………そうなのですか?」
「ああ。ちょっとマカンと模擬戦してみようか」
「マカンちゃんとですか?」
少しだけ不満が顔に出たか。態度に出さないだけ大したものだと思うが。
だがな、こと戦闘面においてはおまえよりマカンの方がずっと上だぞ。まずはそこを知ってもらうのもいいかもしれない。
「マカン、おまえもこの木剣で相手しろ」
「おけ」
マカンには短剣や小剣に長剣、さらに斧の扱いも教えているし、最も得意とするのは槍だろう。実戦で最も活用する機会が多くなるのが槍だからだ。
しかし今回はカルナールにあわせて刃渡り50センチほどの片手剣を模した木剣を渡した。この方が勝敗に実力差がより明確にでるからだ。
お互いが数メートルほど離れて剣を構えた。
「始め!」
俺の合図とともにカルナールが動いた。前進しつつ小細工なしで正面から振りかぶった剣を打ち下ろす。
マカンはそれに合わせて剣を振るった。足や体はほとんど動かず、ただ腕の力だけでほとんど無造作に振るった一撃だ。
木剣同士がぶつかる鈍く乾いた音が一瞬響く。
そしてその一撃でカルナールの木剣は彼の手を離れて弾き飛ばされてしまった。
「えっ……?」
予想だにしなかったのか、カルナールは呆然と自分の手と飛ばされた木剣の方に視線が行き来していた。まだ模擬戦は終わっていないのにだ。
「えいっ」
「勝負あり」
マカンの木剣が軽くカルナールの体を叩いた。これで勝負あり。軽くだろうが一撃いれれば模擬戦は勝利となる。
一応相手を殺しかねないので顔面への攻撃は禁止。できれば攻撃が当たる瞬間には力を加減するか寸止めするのが望ましいが、よほど実力差がないとそこまで求めるのは無理だろうとは思っている。
「…………ま、参りました」
「マカンちゃん、すごいです」
ちゃんと負けを認められるのは褒めておこうか。
ただ納得はしていないだろう。今のは油断していただけだと本人は思っている筈だ。その通りではあるんだが、実戦ではそんな言い訳通用しない。油断するのも未熟な証拠といえる。
ただ未熟だからダメなのだと言ってしまえば指導者としてあまりにもいい加減すぎる。
「カルナール、今のじゃ納得できないだろうからもう一回やるか」
だから再度勝負させることにした。
ダメ出しするのはそれからだ。
マカンが見かけによらず力があるのは理解しただろう。
今度は先程のように木剣を打ち合わせただけで弾き飛ばされるようなことはなく、お互い何度も剣を振るい、かわし、受け流し、打ち交わす。
何年も修練をつんできたカルナールの動きはなめらかで迷いがない。一方でマカンの動きは不格好だ。危なげない場面も多く、なんとか反応しているように見える。
俺はマカンには基礎の基礎みたいなもの以外ほとんど剣技の型を教えていない。まだマカンの指導者となって日が浅いというのもあるし、剣以外にもあれこれ教えているからそこまでまだ本腰を入れられていないというのもある。
しかしそんなでもマカンがそうそうに敗北しないのは、この子には徹底して相手にくらいつくように指導してきたからだった。これは剣に限らず他の武器を使った訓練でもそう徹底している。今目の前の状況に適応して対処することこそを真っ先に叩き込んできたのだ。
だから不格好だろうとマカンはとにかく反応する。
実際のところカルナールの動きは洗練されてはいるが早すぎるということはない。マカンになら十分見てから対処できる速さだ。
カルナールが優勢に見えるのは、攻撃と攻撃のつなぎが綺麗で無駄が少ないからだ。そして逆に言えば一撃が軽い。相手を仕留めるのではなく当てていく剣だ。それではマカンの体勢を崩せない。だから徐々にカルナールの剣筋に慣れてマカンの対応速度が上がっていく。
「くっ……!」
カルナールの動きに焦りが見え始めた。
最初こそは隙を見つけて一撃叩き込めると思っていたのだろうが、それがだんだんと難しくなっていっているのを悟ったのだ。
そろそろ頃合いか。
俺は適当なサイズの石を両手に握れるだけ握ってマカンとカルナールの2人めがけて投じた。
「何を!?」
怪我をさせるのが目的ではないので狙ったのは腰から下ぐらいだ。勢いも弱くばらまいただけなので当たったところで少し痛みを感じるぐらいの筈だったろう。
しかしそれによって生じた反応は対極だった。
俺からくらった不意打ちに戸惑い動きを止めてこちらを睨んできたカルナール。
小石など意に介さず、自分から意識がそれたカルナールの腕を木剣で打ちこんだマカン。
「そこまでっ」
勝敗は決した。




