エステル・カモル
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季節は秋に移り変わり、今日は涼しいなと感じる日が増えだした。
急ピッチで進められた建築と畑作りもこの頃になってようやく一段落ついた。
ほとんどでっちあげたようなものだが、この人数で2軒もの家を形にしてしまったのには指示を出していたロットミル爺さんも驚いていた。
戦時中は魔物が押し寄せてくる前に防衛施設を少しでも充実させなければならなかったので頻繁に短期間で怒涛の仕事量をこなしてきたものだ。要点だけ抑えてそれ以外に関してはおざなりにする習慣がついてしまったが、今はそれでも十分だろう。
畑仕事に関しても女たちは文句も言わずに真面目に励んでくれているようで順調だと聞いている。長年放っておかれた畑だったが、そんな荒れた畑跡でも一から作るよりかは遥かにマシだ。畑にとっては益獣である黒ウサギの恩恵もあってすでに種まきまで終えた畑も多く、問題なければ年内にいくらかの野菜が収穫できるとの報告を受けている。
だからといって未だ安定した生活が確保できたとは言えないのだが、俺としても自分が本来すべき仕事をおざなりにする訳にもいかない。
俺はマカンへの教育を再開することに決めた。
その上で気にかけるべきことが一つある。
新たに俺に弟子入りしたエステル・カモルのことだ。彼についてもマカンと並行してなんらかの指導をしていく必要があった。
◇
ここでエステル・カモルについて詳しく説明しておこう。
カモル男爵家の次男で年齢は12歳。
見た目は非常になよっとした風貌で、なんというか覇気のようなものを感じさせることが一切なく、いつ見ても穏やかな表情をしている。体も細く身長も低めで、丁寧に手入れされているだろう綺麗な銀の長髪と相まって弱々しさが際立っており、およそ激しい訓練に耐えられるような印象がまるでない。
そして極めつけが服装だ。
庶民が着る物よりもずっと上等な品であることはかまわない。こんなところで普段着にしていてはダメになるのも早いだろうが本人が気にしないのであればそれはいい。
ただ大きなリボンが目立ったり、フリルというのかひらひらしたものがついていたり、ズボンではなくスカートをはいていたりとどう考えても女物を身にまとっているのが気になりすぎる。それが似合っているのがなんともまた言葉に困る。
「……カモル家の……次男? 失礼ですが、男ですよね?」
初顔合わせの時に思わずそう尋ねてしまったのは当然だと思う。
「はいっ。勿論です」
「……なんでそんな格好を?」
「お父様から、男装している女の子に間違われては困るからこういう服を着なさいと言われています。これなら、『こんなに可愛い子が女の子の訳がない!』とみんな納得してくれるらしいです」
色々ダメな父親のせいらしかった。
カモル男爵家は大陸西部のかなり北の方に領土を持つ貴族だ。
冬は雪に山道が閉ざされ陸路が封鎖されてしまうような辺鄙な場所だが、大戦時にはその立地によって魔物の大規模な襲撃を受けることがなかった。
大戦末期はリーン王国の生き残った民のほとんどが王都のある半島に逃げ込んで防衛線をしいていたのだが、半島には含まれていない地域でも北部の豪雪地帯などのように魔物の襲撃を受けずに戦火を免れた領土がいくらかある。カモル男爵領もその一つだ。
陸路に関しては不便としかいいようがないが、王都は大きな港を構えており、海路によっていくつかの都市とつながってもいた。そしてカモル男爵領にも中規模の港があるため王都との行き来が可能であった。
王都の人口が急増したおりには当然のように食糧難に陥ったが、それをギリギリのところで支えたのが海産資源とカモル領から海運によって届けられた農作物だったのである。
魔族との戦争が起きる以前、カモル家は領内に港があるといってもこれといった特産品があった訳でもないため船と商人の行き来も少なく、僻地の田舎貴族という立場でしかなかった。
しかし大戦後は戦火を免れた数少ない領土の領主であり、かつ王国の存続に大きく貢献した実績によってその評価が跳ね上がった。他の貴族の多くが力を失ったこともそれと関係しており、今では強い影響力をもっている。近いうちに伯爵に陞爵する予定だというし、今後益々力をつけていくのだろう。
そんな勢いのある貴族がどうして大事な息子を俺に弟子にしろといって届けてきたのか。正直理解に苦しむ。
ジルユードからは主に戦闘技術を叩き込めと言われている。
これがまだ将来性を感じさせる男だというのなら箔をつけさせるなりといった意味を見出すこともできるのだが、残念ながらとてもそうは思えない。
「お茶をいれるのは得意なんですよ。お湯加減や茶葉の量など厳しく指導されてきました。他にも私お花には少しうるさいです。綺麗に咲かせるには環境づくりがとても大切なのです」
手の平を見せてもらったがおよそ今まで武器を握って訓練した形跡は見当たらなかった。まあ調べるまでもないことだが。
それでも、
「剣や槍は持ったことないですが、実はナイフの扱いには少し自信があります」
と胸を張って言うので護身術ぐらいは習っていたのかと少し評価を改めた。
「リンゴの皮を一度も切らずに剥ききることができるようになったのがちょっとした自慢なんです。あ、でも最近はウサギさんにするのが好きなので、リンゴの皮は剥かなくなっちゃいましたけど」
そしてすぐ元に戻した。
料理は得意な方らしい。それはけっして悪いことではないのだが、教育内容が非常におかしい方向に偏っている気がしてならなかった。
戦時中に生まれた子供で王国が存亡の危機にさらされていた時期だっていうのに、なんでこんな子供に育てたんだ。カモル男爵は阿呆かと問い詰めたい気分だ。……まあその男爵様が王国の中でも成功者の上位にあげられる訳だが。
「あー、エステル。君は名目上だけ俺の弟子として修行をつんだ実績が欲しい、ということでいいのかな? それならばこちらとしても無理はさせない方針で、軽く怪我しない程度に体力づくりだけさせようと思うが」
貴族であるエステルを呼び捨ては本当は不味いんだが、初顔合わせの折りに師弟になるのだから呼び捨てにして欲しい敬語も不要と言われたのでそれに従っている。より高位貴族であるジルユードと婚姻して彼女を呼び捨てにしているのにエステルに畏まるというのも、俺がジルユードをエステルより低く見ているということになりかねないという理由もある。
もちろん厳密にはどちらに対しても不敬になってしまうんだが、この村の中でぐらいは融通をきかせてもいいのだろう。
「いえ、厳しくご指導ください! 私、ビィ先生に男らしくなれるように鍛えてもらいたいんです!」
「ううむ、そうか」
そう言われてもなあ。
箔が欲しいだけと言われた方が楽なんだ。後々「ビィの弟子といえどこの程度か」などと言われて俺の評価が落ちるかもしれないが、そもそもが評価が無理やり上げられて俺の行動の足を引っ張ることになっているのだから落ちた方がいいくらいだと思っている。
俺はチラリとエステルの横に立つ少年に目を向けた。彼の反応からエステルの希望にそうべきかどうか見極めようと思ったのだ。
「エステル様の希望通りにお願いします。もちろん体を壊されないように気を遣っていただかなければ困りますが、エステル様には家を背負って立つお方になってもらわないといけないのです」
少年の顔は苦渋に満ちていた。
こんなことは言いたくないが言わなければいけない、そんな気持ちが表れている。
この少年はエステルの護衛として常に近くにいる。名をカルナール・ロデ。歳はエステルより一つ上で、物心ついた時からエステルと一緒に育ってきたらしい。
ロデ家は貴族ではないがカモル家に代々仕えてきた従士の名家で、カルナール少年も幼少の頃よりカモル家の重鎮となれるよう文武ともに教育を受けてきている。2人は主従であるが幼馴染の友人でもあり気安い仲のようだ。
「失礼だが……エステルが家を背負って立つ必要があるのか?」
なんといっても貴族の次男だ。
次男といえば長男のスペアなどとも言われるらしいが、エステルの場合は少々事情が異なる。
カモル家の長男はすでに30歳手前で息子も2人いるとか。すでにエステルが家督を次ぐ可能性はほとんどないと言っていい筈だ。むしろだからこそカモル男爵もエステルをこのように育てたのだろう。たぶんだが。
「あのですね……お父様が言うには、私は新興の男爵家を興すことになるらしいんです……」
「どういうことだ?」
「えっと……詳しい話は……」
「それについては自分が説明します」
エステル自身もあまり事態を正確に飲み込めていないのだろうか。代わってカルナール少年が詳しく説明してくれた。
まあ簡単に言ってしまうと、既存の貴族連中が落ちぶれまくって領地の再建とか厳しいのが大勢いるからカモル男爵がその一部を引き継ぐことになったと。で、領地の拡大と共に伯爵に陞爵するが、そのままでは全領土を治めきれないのが目に見えているのである程度分割せざるをえなくなった。カモル男爵やその跡取りも特別野心の塊のような男たちではなく、領地経営に自信があるわけでもないのだ。
その分家の候補としてあがるのは当然ながら肉親であるエステルとなる。
男爵がなぜエステルをこのように育てたのかについてはカルナール少年も言葉を濁してしまったので正確なところはわからないが、どうにも戦争が無事終わるとはあまり思っていなかったのではないだろうか。
つまりエステルが貴族として上流階級の集いに顔を出したりとか、そういう機会が訪れることなんてないに違いないと想定していたのだ。
ところがである。
戦争が終結した。
そして多くの貴族が力を失った中、相対的に力を伸ばしてしまったカモル男爵は上流階級の世界では一躍注目される立場になった。すでに伯爵への陞爵まで決まっている勢いに乗った家だ。なんとか懇意になりたいと考える困窮貴族は少なくなかった。
男爵自体はすでに老齢にさしかかっているし嫁の尻に敷かれているので側室を娶るつもりがない。家を継ぐ長男の人気は当然として、未だ未婚、しかも新興の家を興すことになるのがほぼ内定している次男も放っておかれる筈もない。相応の縁談が申し込まれてきたのは必然といえただろう。
そしてこれにはカモル男爵大変困った。
次男は超カワイイが世間の目にさらさせるのが不味いくらいの自覚はあったのだ。
「おまえ、説明うまいな」
マカンにも見習わせたい、この話術。
「恐縮です」
だから適当な名目で姿をくらまし、その間に人前に出せるぐらいには男前に鍛えてくれという話のようだ。
「加えて言うならば、エステル様が婚姻された後に妻となった方に家が乗っ取られるようなことになるのも旦那様方は危惧されていまして……」
ありそうな話だなあ。
自己主張が乏しく人の言いなりになるのが当然のような育て方をされていたなら、高い確率で起こりうる未来というやつだろうか。
「ビィ先生、今後よろしくご指導ご鞭撻お願いしますっ」
礼儀正しいし悪い子じゃないのだろう。ただの知人ですむのなら付き合いをもつのは何も問題ないのだが。
正直言えば面倒ごとにしか思えなかった。




