468 他の者には頼めぬ
遠藤直経視点です。
近江国浅井郡浅井須賀谷村小谷城 浅井家家臣 遠藤喜右衛門直経
「井口備前守(経親)殿、御討ち死に!下野守(浅井久政)様は御自害!浅井福寿庵(浅井惟安)様、脇坂久右衛門殿等は追腹を切られました!」
小丸に居られた下野守様の訃報に肩を落とす。
本丸と小丸を繋ぐ京極丸が織田家によって落とされた時から…いや、この戦が始まった時から、死は覚悟してはいたのだが。
「左様か…」
覚悟はしていたとはいえ、下野守様の訃報には、さぞかし殿も気を落とされておられよう。
「此処が落ちるのも時間の問題か…」
赤尾美作守(清綱)殿が溜め息を吐く。
美作守殿が申される通り、織田家の軍勢が此処本丸へ押し寄せてくるのも時間の問題であろう。
そして其れを阻む術は持ち合わせておらぬ。
我等に最期が迫っておる。
「おお何だ?今更怖じ気付いた訳でもあるまい、美作守殿」
雨森弥兵衛尉(清貞)殿が溜め息を吐いた美作守を揶揄する。
「馬鹿な事を申すな!その様な訳があるまい。何れだけ織田家の兵を道連れに出来ようかと考えておっただけよ」
まあ、美作守殿が申される通り、今更命を惜しむ様な者が此処に残っておるとは思えぬ。
「分かった分かった。とは言え、どうせ戦うのであれば、尾張守(織田信長)ではなく大樹と戦いたかったがな」
「正しく」
弥兵衛尉殿と美作守殿が申される通り大樹と戦い、叶うならば討ち取りたかったが無理な話であろう。
殿が最後まで戦わねばならぬのも、大樹が殿の降伏を認めず族滅を命じたからだ。
もし、万福丸様の家督を認めて頂けたならば、我等も意地を通す必要もなかったのだがな。
例え大樹が城へ来ておったとしても、討ち取れるとは思わぬが、我等の意地を見せたかったという思いはある。
「まあ、万福丸様が越前へ逃れる時を稼ぐ為にも、今少し時を稼いで欲しいがな」
海北善右衛門殿が、今暫く時間を掛けて戦えと注文をつけてくる。
木村喜内之介が万福丸様を連れて越前へ逃れた。
敵の目を此方に集中させた方が、多少は万福丸様も逃げやすくはなるだろう。
小谷城が落ちねば、例え江北の者達が万福丸様を見つけたとしても見逃してくれよう。
「万福丸様は無事に逃れたであろうか…」
美作守殿が呟くが、そうであって欲しいものだ。
無事に落ち延び、浅井家を復興していただける事を願いたい。
「では、そろそろ参ろうか」
善右衛門殿の言葉に皆頷き、殿へ向き直り頭を下げると、各々持ち場へと散っていく。
皆が織田軍への備えの為に散り、儂も殿の前を辞しようと腰を上げると、殿に呼び止められる。
「喜右衛門、話がある」
殿の真剣な表情に身が引き締まる。
今更何の話であろうか?
「はっ」
「喜右衛門、お主は落ち延びよ」
「は?」
殿は儂に落ち延びよと仰られた様に聞こえたが、聞き間違えたか?
「喜右衛門、お主は落ち延びよ」
どうやら聞き間違いではなさそうだ。
そう思った瞬間に頭に血が上り殿に詰め寄る。
「何を仰られるか!某が命を惜しむとでも御思いか!」
殿の後見として幼き頃より御仕えしてきたが、この様な事を言われるとはな!
「お主の忠心を疑う事など有り得ぬ。お主に頼みたい事があるのだ」
儂に頼みたい事とは何だ?
「それは如何なる事に御座いましょう?」
「お主には儂の子等の事を頼みたいのだ」
殿の御子とは、万福丸様の事であろうか?
他にも茶々姫がおられるが、北の方(織田市)と共に尾張守殿の庇護を受けておられる故、そうそう悪い事にはなるまい。
「万福丸様は喜内之介が越前へ御連れいたしております。今更儂に出来る事は御座いますまい」
「いや、恐らく万福丸は助かるまい。逃げ延びたとしても、あの執念深い大樹は其れを許すまい。それよりも、まだ生まれてはおらぬが北の方と手を付けた女中の腹に子がおる。女中は七郎(浅井井規)に託したが、もし二人の子のどちらかが男児であれば、その子の行く末をお主に託したい」
まだ浅井家復興の目がある事は喜ばしいが、まだ男児かも分からぬ子の為に生き延びよとは…
「某ではなく、他の者でも良いのでは御座いませぬか?」
しかし、殿はゆるゆると首を振り、儂の言葉を否定される。
「他の者には頼めぬ。堀、磯野、宮部、阿閉等が寝返り、東野家も参陣せぬ。最早信じられる者は後見のお主しかおらぬ」
儂しか居らぬ訳ではあるまいが、誰を信じられるかと言えば難しい。
此処に残っておる者達ならば信用も出来ようが、彼奴等ならば儂が殿の後見である事を理由に、儂にその役目を押し付けてこような。
「…承知致しました」
追腹を切る外に儂にしか出来ぬ役目があると言われれば仕方あるまい。
願わくは二人の内どちらかが男児である事と、万福丸様の無事を願うとしよう。




