462 寺から出てみよう
朝倉景恒視点です。
越前国吉田郡志比村永平寺 朝倉家家臣 朝倉中務大輔景恒
「中務大輔様!何時まで鬱いでおられますか!御父上は中務大輔様に代わり近江へ出向いておられますのに!」
今日も当家の家老であった上田兵部丞(紀勝)に小言を言われる。
はぁ…
もう、儂の事など放っておいてくれれば良いものを。
「儂は武家に向いておらなんだのだ…」
儂は元々僧籍にあったのだが、兄が孫三郎(朝倉景鏡)との諍いで自刃した後、兄の子がまだ幼かった為に還俗して家督を継いだ。
その後は敦賀郡司として一所懸命務めてきたのだが、それがあの日一変した。
織田家の大軍が金ヶ崎城へ攻め寄せて来たあの日…
敵は大軍なうえに、来る筈の味方の後詰めも来ず、このままでは城を支えきれぬと仕方なく開城を申し出たのだが、その結果待っていたのは味方からの心無い暴言の数々であった。
「何を弱気な事を!」
「己等が内輪揉めで後詰めを送らなんだ事を棚に上げ、儂の事をやれ『不甲斐無し』だの『恥辱』だの好き放題言われ、挙げ句の果てには『天下のあざけりを塞ぐによんどころなし』等と言われては、最早何もする気にはなれぬ」
何時も気に掛けてくれる兵部丞には悪いが、もう世俗の事に関わりたくない。
人との交わりを断ち、寺に篭ってそのまま朽ちていこう。
「中務大輔様!」
「もう其方と話す事など無い。其方も帰るが…」
「中務大輔様は居られるか!」
兵部丞を追い返そうとした時、新たな来客が現れる。
「弥七、如何した?確かお主は、父上と共に近江へ向かった筈ではなかったか?父上に何ぞあったか?」
父上と共に近江へ向かった筈の三段崎弥七が現れる。
「いえ、九郎左衛門様は御無事に御座います」
父上は無事だと言う弥七の言葉に一先ず安堵する。
「驚かすな。父上に何かあったのかと思い肝が冷えたぞ」
父上に何かあれば家は取り潰しになろう。
寺に篭っておる儂の言う事ではないが、流石にその様な事態は本意でない。
「しかし、堅田での戦に大敗。朝倉右兵衛尉(景隆)殿、山崎長門守(吉家)殿等多くの者が討ち取られております」
なんと!長門守殿が!
しかし、式部大輔(朝倉景鏡)は生き残ったか…
「して、父上は如何される御積もりか?」
「小谷城の浅井備前守と合流し、もう一戦をと」
であろうな。
兄は自刃し、儂もこの様だ。
その上、父上までも破れたとあっては、改易されたとしても仕方ない。
父上は勝つしかないのだ。
「それで、弥七は何故此処へ?」
まあ、聞くまでもないのだがな。
「九郎左衛門様の命に御座る。中務大輔様は、後詰めを率いて敦賀へ向かえと」
やはり、後詰めの要請か。
「兵部丞、お主が敦賀へ向かえ」
後詰めを送るだけであれば、儂が向かう必要はあるまい。
兵部丞が敦賀へ向かえば、その間は小言も言われぬしな。
「いえ!必ず中務大輔様が兵を率いて敦賀まで御越し下されとの事に御座います!」
はっ?何故だ?
父は儂に手柄を立てさせたいと思うておる訳でもあるまい。
縦しんば手柄を立てられたとて、彼奴等は何らかの理由を付けて、儂等親子に責を負わせよう。
それに彼奴等の為に働くなど真っ平御免だ。
「断る。今更儂が出張ったとて何になろうか」
「中務大輔様…」
兵部丞が悲し気に囁く。
今更どうにもならぬと、兵部丞も分かっておるのだろうな。
弥七も諦めてくれようと顔を見ると、何か決意した様な真剣な表情をしている。
「中務大輔様、御耳を…」
「何?」
何だ?何ぞ密命でもあったか?
「九郎左衛門様は、敦賀を手土産に織田家へ降る御積もりに御座います」
「何だと!」
父が織田家へ降る積もりだと聞いて、思わず大声で驚きの声を上げる。
「声が大きゅう御座います!」
弥七の声が大きいとの言葉に、慌てて声を抑える。
「朝倉家を裏切ると申すか」
「九郎左衛門様も朝倉家では先がないと御分かりに御座います」
「然りとて朝倉家を裏切れば、更に儂等は嘲りを受けよう」
事を起こそうが、起こさざろうが、嘲りを受けるならば何もせぬ方が良い。
況してや裏切り者の汚名を被るとならば余計にな。
「確かに朝倉家の者は評価しますまい。しかし、中務大輔様の事を高く評価しておる方もいらっしゃいまする!」
「何処にその様な者がおるのか」
そんな変わり者が居るなら会ってみたいものよ。
「織田家の森兵部少輔殿に御座います。兵部少輔殿は中務大輔様の事を良将と。寡兵を以て足止めし、仕方なく城を明け渡した判断は天晴れ見事と。責められるべきは、内輪揉めを起こし後詰めを遅らせた者共だと仰っておられました」
弥七の言葉に涙が頬を伝う。
兵部少輔殿といえば、大樹の上洛戦や先の金ヶ崎でも活躍した勇将。
まさか味方の筈の朝倉家の者ではなく、敵である織田家の者に誉められようとは…
「兵部少輔殿が…左様か…」
兵部少輔殿が本当に本心からその様な事を言ったのかは分からぬが、どうせ先は無いのだ。
儂の事を評価して下さる方が居ると言うのであれば、その言葉を信じてもう一働きしてみるのも良いか…




