436 他には洩らせぬがな
柴田勝家視点です。
摂津国西成郡堀村 織田家家老 柴田修理亮勝家
突如、摂津池田家の池田久左衛門(知正)が、主君の池田筑後守(勝正)を放逐し、四国より三好家を領内へ引き入れた。
それに対処する為に織田家は、一部の者を除き摂津へとやって来たのだが…
どうやら摂津での三好家との戦は、織田家優勢のまま方が付きそうだ。
それもこれも後詰めに来る筈であった讃岐衆が領地へ戻ってしまったからだ。
何でも傳兵衛(森可隆)が小豆島へ攻め込んだ為に、引き返さざるを得なかったらしい。
傳兵衛も遠方に居りながら、織田家の為に良く働くわ!
全く三左衛門(森可成)も良い子を持ったわ。
羨ましい限りよ。
三左衛門も嘸かし鼻が高かろう。
傳兵衛の援護もあって摂津の状況は、三好家の香西越後守(長信)と三好為三は織田家に降伏し、残るは裏切った摂津池田家のみ。
此方の勝ちが見えた事で、三好左京大夫(義継)殿の所へ逃れた池田筑後守は家を取り戻すべく気合い十分なのは兎も角、大樹も妙にやる気を見せているのが気に掛かるが…
さて、もう一踏ん張りか。
「殿!森兵部少輔様の家臣である母里雅楽助殿が参られました!火急の用であると!」
家臣の中村文荷斎が慌ててやってくる。
母里雅楽助が?
傳兵衛の京屋敷にて紹介された事はあるが。
その雅楽助が火急の用だと?
「直ぐに通せ」
「はっ!」
間も無く文荷斎に連れられて雅楽助がやって来る。
「何があった、雅楽助」
「はっ!朝倉家が南侵!数は凡そ二万!至急後詰めを!」
「何だと!真か!」
「間違い御座いませぬ!」
朝倉家が動いただと?
これは三好家と繋がっておったか。
我等が摂津で三好家と戦っておる間に、一気に湖西を南侵して京へ抜ける気であろう。
「殿に知らせは?」
「別の者が既に」
流石は傳兵衛の家臣。
殿へ知らせを送ると共に、恐らく後詰めに向かわされるであろう儂にも知らせを送るとは。
「三左衛門は如何すると?」
「知らせを受け、直ぐに京を立ちました故、某には分かりかねます」
まあ、直ぐに京を出たのであれば仕方なしか。
直ぐに次報が来よう。
「文荷斎、後詰めの支度を」
「はっ、直ぐに取り掛かりまする!」
近江への後詰めの支度を文荷斎に命じる。
殿の事だ、一番京に近い所におる儂に、近江へ引き返せと仰有られる事だろう。
殿からの遣いも直ぐに来よう。
その後、殿から後詰めに向かう様に命を受け、急ぎ京へ戻る。
日暮れ前に京へ辿り着くと、何やら京は騒然とした雰囲気に包まれていた。
朝倉家が京へ向かっているのを知り、皆不安となっているのであろうか?
詳しい情報を聞く為に、京で政務を取り仕切っておる村井民部少輔(貞勝)を訪ねる。
「延暦寺に火が掛けられたのだ」
「はっ?」
民部少輔の言葉に耳を疑う。
「園城寺が坂本へ攻め入り、山門派の寺に火を掛けてまわっておる。既に坂本は火の海となっておる」
なんと!
確かに延暦寺と園城寺は長年争ってはおるが…
「しかし、坂本には延暦寺の僧兵が居ろう?そう易々と火の海に出来るとは思えぬが」
忌々しい事に坂本には多くの僧兵が居る。多少寺に火を掛けられる事はあろうが、火の海となるまではいくまい。
「それが…。延暦寺は朝倉方へ味方し、和邇におる織田軍へと攻め込んだのだ」
「何だと!延暦寺が敵に回ったと申すか!」
確かに織田家と延暦寺の仲は決して良好とは言えぬが、まさか敵に回るとは…
「左様。そして僧兵の出払った坂本へ、園城寺が攻め入り火を掛けて回ったのだ」
「それでこの騒ぎか」
「うむ。まあ、園城寺が坂本へ攻め入った御陰で、延暦寺の僧兵共は慌てて坂本へ引き返す羽目になったのだがな」
「成る程…園城寺様々か」
園城寺が延暦寺へ攻め入るとは思いもよらぬ事であったが、その御陰で僧兵が退いたのであれば有り難い。
「いや、そうとも言い切れぬ」
しかし、民部少輔は声を潜め、話を続ける。
「何?」
どういう事だ?
「森兵部少輔殿の仕業ではないかと疑っておる」
は?
「森兵部少輔とは播磨に居る傳兵衛の事か?しかし奴は…」
「いや、兵部少輔殿は昨日京へ戻って来られた。その後、直ぐに延暦寺へと向かわれたがな」
「は?」
何故、播磨に居る筈の傳兵衛が京に居るのだ?
「兵部少輔殿が園城寺と通じておるのは知っておった。故に園城寺を唆し延暦寺へ攻め入らせたのは兵部少輔殿ではないかと…。他には洩らせぬがな」
「は?」




