431 放火魔義治
鯰江貞春視点です。
近江国高島郡河原市村 六角家家臣 鯰江備前守貞春
主君六角右衛門督(義治)様の行動に流されるまま堅田衆の船に乗り、南下を続ける朝倉軍の後方に回り込む。
目指すは、この戦であっさりと朝倉軍に降伏した佐々木越中守が治める清水山城。
とは言え、佐々木越中守自身は朝倉軍と共に和邇城へ向けて進軍中だ。
「敵と槍を交える事なく、早々に降伏する様な輩よ。目にもの見せてくれるわ!」
その自信は何処から出てくるのか、右衛門督様は、儂等に佐々木越中守討伐を命じられた。
確かに城主の佐々木越中守は、朝倉軍と共に堅田へ行軍中で、本城の清水山城は手薄となっておるのは間違いではないが、然りとて簡単に城を落とせる筈もない。
さて、どうやって右衛門督様を説得したものか…
「右衛門督様。城攻めに時は掛けられませぬぞ。清水山城を落とされれば朝倉軍は袋の鼠となります。直ぐに後詰めの兵を寄越して参りましょう」
朝倉軍が進軍している場所は、東西を山と湖に挟まれていて、南には織田軍の居る和邇城、北には佐々木越中守の清水山城がある。
朝倉軍は、この清水山城を落とされてしまうと越前への退路を塞がれてしまうので、直ぐに兵を返してくる筈だ。
そうなると儂等に勝ち目はない。
その前に兵を退かねばならぬ。
若しくは右衛門督様に清水山城を攻める事を諦めていただくか…
「儂も清水山城を落とせるなどとは思うてはおらぬ。此処になるべく多くの朝倉兵を引き付ける事が出来れば織田家も助かり、尾張守も儂に深く感謝しよう?そうなれば六角家も更に多くの所領が望めよう」
確かに右衛門督様が活躍出来れば更に所領を増やせようが、尾張守殿は決してそれを望んではおるまい。
それは大樹も同じ事。
大樹は、右衛門督様が上洛を邪魔した事を忘れられてはおられまい。
何せ、相当しつこい御方だからな。
「無理に城を攻めぬのは安堵致しましたが、ならばどうなさるので?」
「ふん、兵部少輔がやった事を真似すれば良いではないか。奴等にとって一番厄介なのは兵部少輔であろう?兵部少輔と同じ事をすれば、奴等も此処に居るのは兵部少輔だと勘違いしよう。ならば兵部少輔を討ち取る為にも多くの兵を差し向けてこよう」
「まあ、それは…」
まあ確かに、右衛門督様が居ると知られるよりは、兵部少輔殿が居るかもしれぬと思われた方が良い結果となろうが…
右衛門督様はそれで良いのか?
城の周りに火を掛け、一応清水山城の者に降伏を呼び掛ける。
まあ、降伏する事はなかろうが。
「殿!兄上!朝倉の兵が引き返して参りましたぞ!」
弟の九郎左衛門(高次)が朝倉軍の到来を知らせてくる。
しかし、想定よりかなり早いな。
「数は?」
「数は千程度に御座いますな」
ふむ、多いのか少ないのか分からぬな。
「右衛門督様、如何致しますか?」
相手に出来ぬ訳ではない数だが、右衛門督様は如何なさるか?
「このまま逃げては、越中守を馬鹿に出来まい。当然一当てする」
であろうな。
では、一旦城を離れて朝倉軍を迎え撃つ事にしよう。
「なんと!兵部少輔かと思えば、六角家のボンクラではないか!当てが外れたわ!」
敵軍から右衛門督様に対して罵声が飛ぶ。
あれは朝倉軍の大将の一人である朝倉右兵衛尉(景隆)か。
「おお、誰かと思えば一族の大半を兵部少輔に討ち取られた右兵衛尉ではないか。兵部少輔を探しに参ったという事は、お主も兵部少輔に討ち取られに参ったか?此処に兵部少輔は居らぬが、代わりに儂が手伝ってやっても良いぞ?」
右衛門督様は朝倉右兵衛尉を逆に煽り返す。
「六角家の恥さらしであるお主に出来るものか!」
朝倉右兵衛尉は嫡男を討たれて相当参っておるのか、右衛門督様の挑発に見事に掛かっておる。
「しかし、儂の相手をしている暇があるのかのう?兵部少輔は悪辣であるぞ?今この時にも何か仕掛けておるやもしれぬぞ?」
ひょっとして右衛門督様は、兵部少輔殿が今何をしておるのか知っておられるのか?
それ故の余裕であろうか?
そう考えておると再び九郎左衛門の叫びが木霊する。
「兄上!西より兵が!」
「何処の者が?!」
「あれは朽木の兵に御座いますぞ!」
今頃になって朽木だと!
どちらの味方だ!
「我等朽木家は裏切り者の佐々木越中守を討ち取りに参った!右衛門督殿に加勢致す!」
どうやら朽木家は此方の味方の様だが…まさかこれも兵部少輔殿の仕込みか!
「おのれ!今頃になって現れよって!しかも織田家に味方するとは!纏めて成敗してくれよう!」
しかし、この朽木家の参戦によって朝倉右兵衛尉は更に頭に血が昇った様だ。
槍を構えて此方へ突進してくる。
如何するか指示を仰ごうと右衛門督様の方を見ると、右衛門督様は大弓を構えて笑っておられた。
「ははっ!真っ直ぐ突っ込んでくるとは馬鹿な奴め!冥土の土産に儂の吉田流の妙技、受け取っておけ」
右衛門督様はそう言い放たれると同時に朝倉右兵衛尉目掛けて矢を射られる。
矢は寸分違わず右兵衛尉の額に刺さり、右兵衛尉はどっと倒れて動かなくなる。
「今だ!敵大将は右衛門督様が討ち取られた!」
大声で叫ぶと、朽木家と共に朝倉軍へと雪崩れ込んだ。




