420 奇襲はしてみたが
中川重政視点です。
近江国滋賀郡大物村 織田家家臣 中川八郎右衛門重政
朝倉家の大軍を見て勝ち目なしと判断し、小松城を捨てて兵庫頭の守る和邇城へと退く。
無傷の小松城を奪われる事になるが、敵が安全に休養を取れる事で侵攻の足を緩めてくれれば御の字だが…
だが、策の為とはいえ、任された城を易々と奪われた責を問われぬとは限らぬ。
敵に奇襲を掛ける事を提案し、少勢を率いて山中に身を潜める。
「兄上、朝倉の兵に奇襲を仕掛けるのか?やはり無謀ではないか?」
怖じ気づいたのか、弟の善右衛門が翻意を促してくる。
「馬鹿を申すな!寡兵とはいえ、越前の腰抜け共に後れなどを取るものか!」
この期に及んで逃げ出そうなどとは、全く善右衛門は何を考えておるのだ!
「しかし!此方も殆どが近江の国人衆。烏合の衆も良いところに御座る」
彼方に付いたり此方に味方したりと頻繁に従う者を変える近江衆に対して、殿一筋に仕えてきた善右衛門は思うところがあるのやも知れぬが、それは致し方なき事であろう。
国人衆には国人衆の生き方というものがある。
六角家が力を持っておった頃とは違い、目紛るしく強者が入れ替わる近江で一勢力に仕え続けるのは難しかろう。
「九郎様だけでなく、左衛門佐殿に兵庫頭殿も居られる。簡単には敗けはせぬ」
「しかし、左馬允の兄上を殺したのは左衛門佐殿の…」
「馬鹿な事を申すな!兵部少輔殿が左馬允を見殺しにしたなどと言うておったのは出奔しおった弥三郎くらいのものであろう。恐らくは彼奴が兵部少輔殿の出世に嫉妬し、陥れようとしたのであろう。その様な戯れ言など信じるに値せぬわ!」
一時は疑いもしたが、よくよく考えればあり得ぬことだ。
左馬允が兵部少輔を討つのなら兎も角、兵部少輔が左馬允を討つ理由などあるまい。
だいたい、あの頃から兵部少輔の方が左馬允よりも殿の覚えは良かったのだ。
「…左様であろうか?」
「馬鹿な事を申しておらずに眼前の敵に集中せよ」
善右衛門の戯言の相手をしておる間に、敵は川を越えて左衛門佐殿の兵に襲いかかろうとしている。
「よし、行くぞ!」
織田家の兵を襲おうとしておる背後から敵の本陣に奇襲を掛け混乱を誘う。
大将の首を取れれば最上だが、流石にそこまでは望めまい。
敵の不意を突いて敵大将目掛けて駆ける。
「おっと、大将首なぞ取らせはせぬぞ!」
大将の前に届く前に何者かに阻まれる。
やはり大将首は欲張り過ぎであったな。
しかし、この者を倒さず退けば敵の混乱を招けまい。
「兄上!ここは儂に任せよ!」
善右衛門が敵に向かって打ちかかる。
「はっ!威勢は良いが儂には及ばぬ!この前波藤右衛門尉が返り討ちにしてくれよう!」
前波藤右衛門尉は斬りかかってくる善右衛門と槍を合わせ、数合打ち合うとあっさりと斬り捨てる。
「おのれ!」
「殿!一大事に御座る!突如戦場に叡山の僧兵が現れ、左衛門佐殿の背後より襲いかかっております!」
弟を討たれた怒りに藤右衛門尉に切りかかろうとするが、家臣の言葉に足が留まる。
「何だと!」
「かかっ、どうした斬りかかって来ぬのか?まあ、儂を討てたとて其方等に勝ち目は無いがな!」
藤右衛門尉の嘲笑に頭がカッとなるが、勝ち目が無いならばこのまま攻めても無駄死にとなろう。
退くしかあるまい…




