311 可哀そうな伊賀守
京へ戻ると、寄り道せず定宿にしている妙覚寺に入った途端、留守を任せていた平野右京進が直ぐ様駆け寄ってくる。
「殿、尾張守様より戻り次第、本能寺へ来るようにとの仰せに御座います」
おおう、休む暇も与えられぬとは、ここはブラック企業かよ…うん、ブラック企業だったわ。
「承知した。留守中何か変わった事はなかったか?」
「はっ、伊勢の前野将右衛門殿より書状が届いております」
それは北畠家攻めの報告だろうな。
「それは本能寺より戻ってから読むとしよう」
「はっ、後は…」
と、ここで右京進は声を潜める。
何かヤバい話なのか?
「摂津の和田伊賀守(惟政)殿が、甲賀と新たに備前で得る筈であった所領を没収の上、芥川城にて謹慎を言い渡されました」
「それは真の話か?何故か?」
俺は驚愕の表情を浮かべ、右京進に聞き返す。
「詳しくは存じませぬが、何やら殿の御不興を被ったとか。他に朝山日乗殿と公家の万里小路亜相殿が共謀し、伊賀守殿を陥れたとの噂も御座います」
万里小路亜相?万里小路惟房だったっけ?
何で公家が絡んでるんだろ?
「右京進、この話は此処までだ。今は伊賀守殿を擁護して厄介事に巻き込まれたくはない」
右京進も無言で頷く。
和田伊賀守殿には悪いが、備前三石の領地も没収されたらしいから、教会建設の話も流れただろう。
ただ、このまま謹慎されたままだと摂津の守りが弱くなるので、謹慎を解く為に口添えした方が良いかもな。
史実でも和田伊賀守殿は、領地を没収された後に赦されているから、放っておいても大丈夫なはずだけど、恩を売れるなら売った方が良い…はず?
「兎も角、先ずは殿の仰せに従い本能寺へ向かう」
深入りしたくない話題から話を逸らし、殿が呼んでいるらしいので、殿の宿である本能寺へ向かう事にする。
本能寺の殿の許へ人をやって、今から伺っても良いかと尋ねると、さっさと来いと言われたので、若干ビビりながら本能寺へ向かう。
「只今、備前より戻りました」
殿へ帰還の挨拶をしつつ室内をチラ見すると、殿の側には島田弥右衛門殿、村井民部少輔殿だけでなく、親父や他数人いる。
なんかこれから詰問される様な気分だな。
「よう戻った。備前播磨での話は弥右衛門より聞いておるが、其方からも話を聞こう」
「はっ!」
殿の求めに応じて、尼崎の話から順番に俺目線の話をしていく。
尼崎では到着前に篠原長房に逃げられたり、高砂城から篠原自遁を誘き出して討ち取ったり、官兵衛とグルになって赤松政秀と浦上宗景の領地を削ったり、宇喜多直家にしてやられたり…
「領地割りの草案だが、多少の変更をせねばならぬ。伊賀守は謹慎、領地を没収となった」
ああ、伊賀守殿の領地をどうするかという話ね。
「はっ、謹慎の話は聞き及んでおりますが、一体何故に御座いましょう?伊賀守殿とは先頃まで共に播磨にて戦っておりましたが、まさか京に戻ると謹慎となっておられるとは…」
訳が分からんといった様子で、殿に聞いてみる。
「伊賀守は私腹を肥やし、その銭を天主教に融通しておると、朝山日乗や万里小路亜相よりの訴えがあった。事実、伊賀守を始め幾人かは、天主教へ大金を布施として納めておる」
そりゃ、大金を納めているでしょうよ。
でも、同じ様に仏教に貢いでいる奴とか大勢いるんじゃない?
自分等の事を棚にあげた僧から敵視されて、難癖付けられたんだろうね。
「それ故、伊賀守は所司代の職を解き、本領である甲賀を取り上げ、新たに与える筈であった備前の地の話も立ち消えとなった」
何と可哀想な伊賀守殿!
朝山日乗のせいで、職も領地も奪われる事になるとは…
でも、頭を丸めて赦しを請えば、きっと殿は赦してくれるさ!
史実では赦してくれたし…たぶん大丈夫!
「其れはさて置き傳兵衛よ。お主には備前播磨で得た領地を任せる。彼の地にて新たに家を興せ。美濃尾張の領地は召し上げ、伊豆守に与える。伊勢の所領は残すが、森家より与えられた所領も伊豆守に返すように」
はっ?家を興せって何?
俺が織田家より与えられている知行地は、尾張の戸田と柳津、伊勢の水沢。
森家より与えられた所領は、伊勢の川尻、尾張の蓮台、美濃の久々利。
殿から与えられた伊勢の所領は残るそうなので、残るは茶畑のある水沢だけか…
他の領地はどうでも良いが、俺の久々利焼き物ランドが!!
「うん?まさか否とは申すまいな?」
「否は御座いませぬ…」
今さっき、謹慎させられた人の話をしてたのに、断るとか出来へんやん…
だがマズイ、このままじゃ遠方に追いやられてしまう。
せめて志賀の陣に間に合う距離にある領地を貰わないと、何の為に出世したのか分からん!
「何やら不満そうだな、傳兵衛」
マズイ!不満が声に出てしまった!
誤魔化せ!




